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help リーダーに追加 RSS 巫としてのイ・ビョンホン____カリスマの秘密

<<   作成日時 : 2008/05/12 04:24   >>

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1・演技と憑依

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3ヶ月前の2月17日、
イ・ビョンホン主演の「甘い人生」を観た。
それが私のイ・ビョンホンとの出会い……。

柏のツタヤへ行ったとき韓国映画コーナーで見て、
謳い文句はラブ・ストーリーだったが、
ジャケットが私の好きなアクション映画のようだったので借りたのだ。

  ただし初めてイ・ビョンホンの映画を観たのは「JSA」。
   3、4年前のことで、そのときは映画全体に感動して、
   ことさらイ・ビョンホンに注目するということはなかった。


物語は多少荒唐無稽なところもあったが、
静謐さの中に暴力を秘めたイ・ビョンホンの演技にすっかり魅了された。

好きになると徹底して観ないと気がすまない性質なので、
わりと短期間の間にとりあえず手に入る作品は観て短文を書いてきた。
といっても新鮮さを保つため、間にほかの映画を観たりしながらだが……。

  おかげで、イ・ビョンホン・ファンからブログのカウントを稼ぐためだろう、なんてコメントもあったりして、
   「はあ?」とマジ目が丸くなったりしたが……(笑)。


キム・ギドクは徹底して芸術を志向する監督である。

それに比してイ・ビョンホン出演の映画は
どちらかというとエンターテイメント系の作品が多く、
うまくいっているとは思えないものも中にはあったが、
俳優イ・ビョンホンに関するかぎりいつも堪能できた。

改めて私が言う必要などないだろうが、
ほんとうにすばらしい俳優だとおもう。

私の俳優にたいする最大の賞賛は「きれいだ」という言葉だが、
スクリーンの中に立つ(イタの上に立つ)イ・ビョンホンの姿は
ほんとうにきれいなのである。

一点の打算も曇りもない……。
つねに全身全霊で物語を、映画を生きている……。

映画、演劇、俳優が好きな私は
なによりもかれのそうした姿にひどくこころうたれ、こころ洗われるのだ。

  イ・ビョンホン・ファンの多くが私と似た想いではないかと思っているが……。

そこでイ・ビョンホンへの返礼の意を込めて、
その演技とカリスマ性の秘密について私なりにすこし書き留めておきたい。

急がば回れなので、俳優とはなにかについてすこし触れる。

俳優の起源は「巫」(みこ)にあるといわれている。

  ミコとは巫女のことだが、男性のミコもいるので、ここでは「巫」と書く。

巫とは、折口信夫的な言い方をすれば、
神への諮問者であり、どうじに託神者である。
「二重身」者である……。

村が災いにあったとする。
と、村人たちは、村の外にいる異装した巫を村に招き、
災いにあった理由を知ろうとする。

招かれた巫は村人に代わって「祭壇」へ、神の降りる場所へと上がり、
神(自然神)にお伺いをたて、神の声を聞く(諮問者)。

  あとで述べる「イタコ」の例でいえば、神を祭壇に「口寄せ」するのだ。

そして自分が聞いた神の声を、
こんどは神に代わって祭壇の上からじかに村人たちに伝える。
「神語」を、災いにあった理由を村人たちに物語ってきかせるのである。

その場合、巫は神に憑依され、神の声を発したと考えられている。
つまり神そのものとして語りはじめたのだ(託神者)。

これはいまふうに言えば神に憑依された状態……、
「狐憑き」あるいは「神がかり」的な状態ということになる。

   折口信夫によれば、その神のことばは、「村人が平穏無事に暮らせるように」とか、
   「農作物が豊かであるように」とか、村人の願いをそのまま表したお決まりのことばだったという。
   そうなるのは、神はとうぜん村人の願いを知っていなければならないからだと考えられる。
   巫のそうしたあり方はいまの俳優にも痕跡を残している。
   観客は俳優にこうあってほしいとこころの片隅で願っている。
   そう願うのは村人同様、自分がそうあることができないからだが、
   そのため現在でも俳優は、観客(村人)の願いを実現せざるをえないところがある。
   観客の願望や期待の実現を完全に切り捨てることはできないのだ。
   また俳優がそれを実現してくれるので、観客はそうあることができない自分を
   「補償」することができるのだ。
   お決まりの物語なのに、「水戸黄門」などが好まれたりするのはそのせいである。


巫のそうした名残りはいまも
たとえば下北半島・恐山の「イタコ」等にみられる。

イタコはまず客(村人)に誰を、どの死者を、
あるいはどの行方不明者を呼び寄せたいのかと尋ねる。

そしてその死者や行方不明者についての情報を客から得たのち、
呪文(祭文)を唱える。
死者や行方不明者を「口寄せ」するのだ。

と、やがてそのイタコに死者や行方不明者の霊が降りる。
死者や行方不明者の霊に憑依されるのだ。

そして自らが口寄せした死者・行方不明者となり、
客とじかに話をはじめる……。

   「憑依」に疑いをもつひとも多いかもしれない。実際、私も以前は半信半疑だったが、
   知り合いの女性が目の前で突然、男性に憑依され、うわごとのように、低い、震えるような唸り声で
   喋りはじめたのを目撃したことがある。それも数回にわたって。
   憑依が解けたあと彼女に聞くと……、
   憑依されていても自分の意識はある、別の人間(魂、霊)に憑依されていることもわかっている、
   でも自分ではどうすることもできない、
   憑依した人間が自分の口を通してしゃべったことばも覚えている、姿形も見えて覚えている、
   ということだった。
   そこで私は、そのことばを思い出させ、メモさせ、憑依した男性の顔・姿形をスケッチさせた。
   はじめ彼女はその人物にはまるで覚えがない、と言っていたが、数回の憑依と、
   メモ・スケッチを繰り返したのち、彼女に憑依した男性がだれか判明した。
   二十数年会っていない、彼女の小学校時代の友人だった。
   この現象をどう考えたらよいのか、私なりの考えはあるが、
   以来、人間には時としてこうした「憑依」現象が起こりうると私は確信している。
  

巫のそうしたありようが、
そのまま俳優のありようであることは誰もが容易に想像がつく。

俳優はまず台本を読む。
作者のことばを聞くのである。
ちょうど巫が神のことばを聞いたように……。

そしてそのことばに、書かれた物語に憑依され、
客(村人)たちの前で自らが(物語の人物として)語りはじめるのだ。
ちょうど巫が村人に神語を自ら語りはじめたように……。

   「イタコ」が呼び出してほしい人間の情報を客から聞き出すのは、
   得た情報によってその人物の物語を自分でまず書き(台本を書き)、
   その書かれた物語、あるいは人物に憑依され、自らがその人物として客とじかに話をするためだ。
   その意味ではイタコは作家であり、演出家であり、同時に俳優なのである。


イ・ビョンホンは間違いなく、
こうした巫的な資質を誰よりも深く秘めた稀有な俳優のひとりである。

すこし言いかえると、
憑依とは、書かれた物語(フィクション)を、
この現実を生きるのと同じように、リアルに生きるということである。

そしてその能力は人間なら誰だって備えている……。

たとえば、いい映画を観ると私たちは
それは創りもの(フィクション)であるにもかかわらず、
いまほんとうに眼前で出来事が起きているかのように、
その出来事をいま目撃しているかのように観ている。

あるいは俳優をやったことがあるひとは、
自分たちがやっているのは物語(フィクション)であるにもかかわらず、
稽古を重ねるにしたがって、その物語を
この現実を生きるのとおなじように生きはじめていることを
多少なりとも体験したはずだ。

それが憑依現象だと考えるとわかりやすい。

  人間にはほんらいそうした憑依能力が備わっている。
  ふだんは忘れているが、この現実もじつは創りもの(虚構)である。
  その虚構を人間はたしかなものであるかのように生きているのだ。
  そこが人間と動物の決定的な違いである。動物は自然の中でそのまま生きることができる。
  しかし人間は自然に手を加えることでしか、自然を加工する(フィクション化する)ことでしか
  生きていけないのだ。
  人間が文化を生きるとはそのことを指している。


ただイ・ビョンホンの場合、
その憑依能力が私たちと違い、格段に秀でているのである。

  私の知っている俳優で、その憑依能力が並外れていたのは木内みどりさんだ。
  ほとんどの俳優は書かれた物語に憑依するのに、それ相当の稽古期間を要する。
  稽古を重ねるにしたがって少しずつ劇世界にからだが入っていくのである。
  しかし木内みどりさんはほんとうに短時間に、ほとんど瞬時にと言っていいほど、
  書かれた人物や物語に憑依できる女優なのである。少なくとも私とやる時はそうだった。
  ただその代償として、と言うべきなのだろうか、
  こちら側の現実へ戻るのに相当時間もかかったように思う。


かれは「BRAVE L.B.H 」の中で示唆的なことを語っている。

「(時々)自分は誰だろうと考えてしまう」
「自分の性格を聞かれたら、昔は答えられたが、
いまは素の自分に戻っているときに聞かれたら答えに詰まってしまう」
「自意識がありすぎると他の人物になりきるのがむつかしくなる」

これらのことばは言うまでもなく、
かれが新しい物語を演じるたびに、その物語や
自分の役(人物)に憑依されていることを物語っている。

俳優にとってシナリオを読む時間はとても大切だ、
ほかの仕事の片手間に読むのはやめたほうがいい、とも語っているが、
かれがシナリオを読む時間を徹底して大切にするのは、
その物語や自分の役(人物)に憑依するためである。

そのことばから想像すると、たぶん
部屋に閉じこもったり、自分に閉じこもったりしながら、
いいかえるとこの現実をシャットアウトすることによって、
シナリオの物語世界や人物に自分の心身を、全身を入れていっているのだ。

この現実を生きるのと同じように、その劇世界や人物を生きようとしているのだ。

結果、「素」に戻った時の自分がいったい何者なのか、
自分でも混乱してよくわからなくなる……。

すこし言いかえると、
フィクションであるシナリオの物語世界のほうが、
かれにとってはすでにより生々しい現実となってしまい、
「素」に戻ったときに取り囲んでいる現実のほうが
色褪せてかんじられてしまっているのである……。

かれはその戸惑いを伝えようとしているのだ。

   いい俳優、憑依能力の強い俳優ほど、こうしたことはよく起こる。
   仕事が終わり日常生活に戻ると、そうした俳優はしばしば魂の抜け殻のようになる。


そしてそのことが図らずも
かれの憑依の深度を物語っているようにおもう……。

イ・ビョンホン・ファンが、
「千の顔」をもつ男だとかれに驚嘆するのもそのせいだ。

つねに演じる物語や人物、場面に即して憑依している状態なのだから、
物語の数だけ、人物や場面の数だけ、かれは「顔」をもつことになる……。

しかし、ここまでは誰にでもわかる。
問題はたぶんその先だ。

  (2に続く)

----------------------------------------------------------

●みやさん
お読みいただいてありがとうございます。

●アマポーラ
「俳優になる方法」をお読みいただいたそうですが、
ブログでしょうか? それとも単行本でしょうか……?
「巫論」は単行本のほうに書いていることなのですが……。

●yorumuさん
よい俳優が仕事が終わったとたん、しばらく魂の抜け殻になってしまうのは
仕方がないとおもいます。ということは、それほど仕事をしているときは
充実感があったということですが……。
映画と写真集の撮影はまったく別物だと考えたほうがいいと思うのですが……。

●cyogori33さん
お読みいただいてありがとうございます。

●ゆう
お読みいただいてありがとうございます。

●ライラック
お読みいただいてありがとうございます。

●うすゆき草さん
岩下志麻さんが? そうですか。私のほうが遅かったですね……(笑)。

●youkoさん
仕事をしているときは俳優に限らず誰もが辛いんじゃないでしょうか(笑)。
ただいい仕事をすればそのぶん喜びは100倍にも1000倍にもなって
返ってくるわけで……(笑)

●つばきさん
イ・ビョンホン映画のファンはけっこう目が高いんじゃないでしょうかね(笑)。

●アジアの瞳さん
きれいというのは見える姿形のことじゃありません。
心がきれいだということです。その心が舞台(映画)の立ち姿に
よく表れている……、ということです。

●スクリーンさん
いつもコメントありがとうございます。

●lee_milkyさん
エドはるみですか(笑)。
この際ですから「そうよ」とお答えになるのも……(笑)。

●risamarieさん
サロンでは、音楽の話をお聞きするの忘れてました。

●ポプラさん
キム・ジウン監督、理詰めの面白さがわかってないのかな……?(笑)

●スクリーンさん
ブログでも、読んでいただければとりあえずいいのではないかと……(笑)。

●hisuさん
二つとも今年公開されるんですね?
公開日が決まったら教えていただけるとありがたいのですが……(笑)。
本業と仕事が忙しくてなかなか映画情報を見る時間もなくて……。

ありがとうございました。







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コメント(21件)

内 容 ニックネーム/日時
山崎様おはようございます。
はじめてのコメントで手が震えています。
ビョンホンさんファンのみやと言います。
よろしくお願いします。
いつも楽しませて頂いています。
今日はあまりに素敵なお話でしたので、
何度も何度も読み返しています。
お礼を一言言いたくて出てきてしまいました^^。
文章が苦手なので記事に対する思いは胸いっぱいあふれていますが・・・お礼のみで申し訳ございません。
続きたのしみにしています。
みや
2008/05/12 07:54
山崎さん、おはようございます。
はからずも昨日「俳優になる方法」を読んだ感想をコメントしたばかりだったので今朝これを読んでびっくりしました。
ビョンホンさんがテレビや本のインタビューで答えていることと照合すると、とても興味深いですね。
ありがとうございます。
また続きにのめりこんでいきそうです(笑)
アマポーラ
2008/05/12 09:11
山崎 哲様
はじめまして。

イ・ビョンホンさんが演技に入る時に憑依する話を先日、偶然にも友達と話していました。
映画の中の人になっている時には、その時に撮影された写真の表情もまったく違う人に見えます。
ふと思うと・・彼はすべてをさらけ出して生きているんじゃないかと?
役者の彼は本来の彼に自由など何も与える事が無いくらいに。
この彼はカリスマ的?
でも一方では無邪気に「演技」というおもちゃを与えられて、一生懸命遊んでいるような感じにも思えてしまうので・・
不思議な人です。
yorumu
2008/05/12 09:59
すみません、続きです。

友達と彼を語る時のキーワードがあります。
「やっぱり、普通の感覚?」
彼の作品のメイキングビデオなど観ていると、仕事に入る時より、後半の方が段々と生き生きとしているように見えるのです。
写真集「パリィ」のDVDもその一つ。
はじめは気乗りしない表情で、足の怪我もあって本当に体調がよくなかったのかもしれないけれど、無愛想です。
でも撮影も後半になると、子どものように嬉しそうなんですね・・
早く解放されたくてうずうずしているように見えるんです。
したくない仕事だったのかな?とも思いますが、完璧を看板に掲げるだけの俳優ではないようにも思っています。

山崎さんのいうように、憑依したあと、魂の抜け殻のようにはなって欲しくないけど、俳優を選んだ彼にそれも必要なプロセスぐらいに受け取ると、観ているこちら側の気持ちも穏やかでいられるのでしょう。
yorumu
2008/05/12 10:00
山崎様
お邪魔致します。
先日は、山崎さんのたくさんの記事を読ませて頂き、とても共感できる事が多くて、おもわず、書き込みをさせて頂き、又今回も、イ・ビョンホンさんの事、とても、理解できる、ビョンホン像です。
私も間違いなく、ビョンホンさんのファンです、山崎さんの書かれた言葉のほとんど、私自身が、感じているビョンホンシ像でした。
そして、キム・ギドク監督の作品に私も、とても、影響されている者です。

http://hisa33712.exblog.jp/
今回の記事、ギドク監督の「弓」を観て、書いてみました、私のブログを、もし、よろしかったら、およも頂ければ嬉しいです。

「巫としてのイ・ビョンホン」の2を楽しみにお待ちしています。

cyogori33
2008/05/12 10:23
山崎さん こんにちは
巫としての イ・ビョンホン・・山崎さん凄い凄いです・・読んでて涙が溢れて感激 山崎さん甘い人生から 僅かの期間にここまでビョンホンさんを判って下さって、改めて山崎さんは只者でないと(笑)スクリーンの彼はため息が出るほどきれいなんです・・徹底してシナリオを読んで役の中に完全に入りこんだら 台詞を覚えなくても 状況におおじて台詞はでて来るがビョンホンさんの 持論です・・写真撮影でさえも シナリオがあるといつも感じます。写真も一つとして同じ表情がないのです。一つの役が終わって魂の抜け殻のようになって 素のビョンホンさんは また可愛くて お茶目なとこが良いんですょ。何度も読んでビョンホンさんのファンで良かったと・・・ 山崎さん本当にありがとうございます♪
続が楽しみです。
ゆう
2008/05/12 12:24
山崎さん、こんにちは。
私は全くの素人ですが、演劇、芝居に精通されている方からのビョンホンさんの見方にうなりました。
ルックスがいい、韓国のトップスターでありながら常に謙虚、誠実、思慮深い、抜群のユーモアのセンス、知性、度胸の良さ、抜きん出た身体能力・・・ビョンホンさんの魅力を挙げたらキリがないのですが、これは追々わかったことです。
どうしてファンになったかというと、ビョンホンさんの演技。
韓国の数々の作品を見ました。他の俳優さんの作品も多数見て、ビョンホンさんに辿り着きました。
インタビューで、役になりきる、セリフも感情をがあってのこと、とおっしゃていましたね。
長いセリフを意識して覚える、という作業は無いようです。作品を撮り終わると、むかしの友達に会ったり、
旅行に行き、自分を取り戻す、というのも聞いたことがあります。意識してアクションを起こさないと自分に戻れないんですね。
俳優イ・ビョンホンを「憑依」と考え合わせる山崎さん、今回は本当に真剣に考えさせていただきました。「憑依」は『純愛中毒』の中だけの言葉でしたので。
  (続きます)
ライラック
2008/05/12 13:38
 (続きです)
日常生活でも、人間観察して性格を掴み取るトレーニングが習慣で、キャラクターを性格に分析することが俳優にとってなくてはならない事だと雑誌で読みました。
プロとして極めると、こうなるのかと思っていましたが、神がかり的な力との見方を読むとさらにビョンホンさんを知りたくなり、加熱しそうです。
「2」も楽しみにしております。ありがとうございました。
ライラック
2008/05/12 13:39
山崎さんこんにちは!!

役にとことんはいりこむビョンホン、ジウン監督は納得するまで、聞いてくる彼をまたうるさいビョンホンといってますが、巫とは思いもよりませんでした、
以前岩下志麻さんがそのようなことをいわれてましたが、志麻さんはビョンホンさんがお好きなので、
共鳴するところがおありなのかしらとおもいました。
スクリーンさんもいわれてましたが、ビョンホンさんに
山崎さんの文章を読んでいただきたいですわ。
bQを期待しています。
うすゆき草
2008/05/12 14:05
山崎さん こんにちは

待ちに待ったイ・ビョンホン評、プロの山崎さんならではの視点に感心しつつ、自分も同じ様に思っていた点には、まさに感謝感激雨あられ状態で読みました。

彼が憑依能力の優れた俳優であることは、ファンなら誰しも感じていることですが、それがあまりにも深すぎて、これって俳優にとっては素晴らしいことかも知れないけれど、彼自身にとって辛いと感じることはないのだろうかと心配になる程ですが、そんなことはないのでしょうか?
彼が全身全霊をかけて役になりきればなりきる程、素晴らしい感動を与えてくれる反面切な過ぎる程愛しく感じてしまいます。

まだ続きがあるのに待ちきれずコメントしてしまいました。たぶんその先、なにが語られるのか、楽しみにしています。



youko
2008/05/12 16:33
山崎様
首を長くして待ってた山崎さんのイ・ビョンホン評・・・専門の方に誉められるとビョンホンファンも(お目がたかい!!)と誉められてるようでとっても嬉しいです。
どの作品観てもイ・ビョンホンがいるという感じでなく映画、ドラマが現実的に思えて物語にひきこまれていた感覚が山崎さんの憑依という言葉で納得しました。
国は違えどこんなにすばらしい俳優が存在することと、山崎さんの心に響くビョンホン評に逢えたことに感謝してます。
ありがとうございました!!



つばき
2008/05/12 17:29
山崎さん、こんばんは。
ようやくビョンホン評、のっけてくれましたね。
ありがとう!!ありがとう!!。いつのことか・・・と
首を長くして待ってた甲斐がありました。
ところで、山崎さんの俳優への最大の賞賛は「きれい」だとのこと。もちろん姿形の問題ではなく・・・ですよね。その辺をもう少し詳しく聞かせてもらいたいなあ。大変興味深い言葉ですね。山崎さんは、イ・ビョンホンのTVドラマには興味がありますか。「美しき日々」のビョンホンさんは、とてつもなく「きれい」なんですよ。いろんな感情をエレガントに表現するんです。疑惑・驚き・母への思慕などすべてが美しいんです。特に朝霧の中、母の命日の日に語る息子の母親への思慕はもう何ともいえず、ズシ〜ンときますよ。まさに芸術品です。以前、このドラマの撮影中、今まで経験したことのない「鬱状態」を経験し、とても苦しまれたと語っていたことがあります。これも「憑依」ゆえの苦しみなのでしょうか。一度「美しき日々」をご覧になっていただけたらなあ・・・。
アジアの瞳
2008/05/12 23:48
山崎様 
感動です。どう私の気持ちを伝えて良いのか、旨く 伝えられません。PC打つ手が まだ震えてます。
【巫女としてのイ・ビョンホン_カリスマの秘密】
私の想いがこの中に凝縮 素晴らしい表現に嬉しくて涙が流れます。さすがプロの物書きさんですね。脱帽。

またこの後 じっくり読ませて頂きます。続きも気になりますが、6月の舞台を控えて 無理なさらないようね願います。
私所有のビョンホンさんお宝、書物 映像 また時間がある時にゆっくりお見せしたいです。
素適なイ・ビョンホン論 ありがとうございます。


また
スクリーン
2008/05/13 00:04
キャ〜、山崎さん♪
私も、山崎さんの「俳優になる方法」と、ビョンホンシの「BRAVE L.B.H 」を比較して、近々ブログに書こうとしていたところでした。
「(時々)自分は誰だろうと考えてしまう」
「自分の性格を聞かれたら、昔は答えられたが、
いまは素の自分に戻っているときに聞かれたら答えに詰まってしまう」
「自意識がありすぎると他の人物になりきるのがむつかしくなる」
そうです。そうです。私もここに注目したんです。
はは。ご本人を前に。不遜ですね^^;

「BRAVE L.B.H 」のことは、山崎さん御自身がお書きになったので、私は、また違った切り口で「俳優になる方法」Part2を書くことにしますね^^
最近、職場でも、マーカー片手に読んでいるので、「そんな本読んで、エドはるみを目指してるの?」なんて言われています^^;

冗談はさておき、続きを楽しみにしております。
lee_milky
2008/05/13 00:07
山崎さん、遅ればせながら、今晩は。
「夏物語」の時には有難うございました。

一転の打算も曇りもない、、、、。
つねに全身全霊で物語を、映画を生きている、、、、。

おっしゃるように、私がイ・ビョンホンに魅かれるのも
まさにこれに尽きる気が致します。
私自身”演奏”に携わる者ですが、”自分はここまで
音楽に没入しているか?”と、いつも自問自答し、そして反省させられます。
その他の事でも同じ”表現者”として教わる事の多い人だと思っています。

常々、周囲の人間に”ビョンホンは天才だ!!”と公言
している私にとって、「巫」「憑依」、、、のお話はとても
とても興味深く読ませていただきました。
次回を楽しみにしております。

risamarie
2008/05/13 20:46
山崎様 はじめまして。
味わい深く読ませていただきながら、彼のインタビューをいくつか思い出していました。
演技について「内面にその人物の情緒を持っていれば、目付きでも、顔の筋肉でも、アクションでも、自然に外に飛び出すものだと信じています」と。そして、「だから僕は映画が好きなんです。クローズアップは非現実的な大きさ、震えを見せてくれるから。ある感情を持っているだけで、クローズアップではっきりあらわれる」と。
また「最初の演技と、散々考えて練習した後の演技の差が少ないのが、才能のある俳優で、自分はそのタイプ」と言いつつ、彼は、その人物がどこで生まれ、どんな環境に育ったかすべてを細かく構築しないと演技できないのだそうです。キム・ジウン監督が、「あんなに理詰めで分析したら、つまらなくなりそうなのに、それを見事に感性豊かに演じる」と舌を巻いているのも読んだことがあります。最初の演技と努力して達する演技のわずかの差を埋める努力を惜しまない精神力の持ち主でもあるのですね。そんな彼が魅力的な容姿も持って生まれ、それをリアルタイムで見ていられる私達は幸せです。
ポプラ
2008/05/14 01:24
山崎様 こんばんは
まずは 一言お詫び申し上げます。前コメントで【巫】≫【巫女】と表記。大切な題名を間違え申し訳ありません。震える手で打ち 変換間違い。申し訳ありませんでした。
あれからプリントアウトして、毎日読んで かみ締めてます。【巫】【イタコ】【憑依】興味深い表現です。
ビョンホンさんは役を演じるのではなく、その役の人そのものになって 私たちの前に現れてると、常日頃思いながら作品を観ていました。だからこそ、同じ作品の中でも、年齢にあった主人公に逢えるのでしょう(バンジージャンプがその典型的な物(夏物語は少し無理がありましたが、敢えて追及しません。物語の感性を優先させたいので。)また純愛中毒は歳の流れはなかったけど、二人の人物(テジンとホジン)を見事に演じ。
すっかりその世界に入りこみました。
先日 【夏物語】語ろう会で「どのビョンホン作品が好きですか?」と問われ、「その日の気分で、観たい作品が違い、観たい作品と、好きな作品は違うけど、ひとつに決める事は出来ない」とお答えしましたが、本当に決めれません。
スクリーン
2008/05/16 23:24
続きです。
落ち込んでいる時は笑顔と力を頂く為に、テブン(ハッピィートゥギャザー)に逢いに、ゆったりと偽装恋愛したい時は、ヒロインになって テジン(純愛中毒)ミンチョル(美日々) 素適なアクション、スーツ姿のビョンホンに逢いたい時は イナ(オールイン)そして、思いっきり泣きたいけど家族の手前泣けない時は ジュンホ(美しい彼女)を観て大泣き。etc...
一人の役者で こんな楽しみ方をしたことはかつてありません。きっと 彼の役者としての完成度のおかげでしょう。次はどんな俳優イ・ビョンホンを見せてくれるか楽しみでなりません。山崎様の第二弾もとても楽しみです。書き溜めて一冊の本には出来ないのでしょうか。
個人のブログだけで終わらせるには勿体無いと思います。ぜひぜひビョンホンさんの目にも留まる事を願います。きっと 彼にも励みになるのではないでしょうか。
スクリーン
2008/05/16 23:26
山崎さん、初めまして。

ビョンホンさんの、解釈興味深く読ませていただきました。
ビョンホンさん自身どれ程感じられているか分かりませんが、演技に対するコメント読ませていただいていましたら、
山崎さんの、言われている事に行き当たるように思います。

映画の人物を、生きることはとても精神的、体力の要ることなんですね。
私は、この「甘い人生」が、ビョンホンさんの作品の中で、一番好きなんですが、映画館に30回以上通いました。
そのたびに、オンオン泣いてしまうんです。
自信満々の人生から、奈落の底へと転げ落ちるソヌを、
実に見事に演じられました。
ソヌは分かっていないが、村人(観客)は、恋に落ちたソヌが分かっていて、それは、せつなくなるんですね。

hisu
2009/01/07 00:20
続き・・・
私の持論ですが、
映画で、主役(スター)は美しく撮らなければいけない。
ジウン監督、ラストの撃たれて崩れ落ちるソヌさえため息が出るほど美しかった・・・ジウン監督の映像、音楽、美術皆好きです。
好きなシーンは、洗面所で、自分に言い聞かせますね「大丈夫」と・・・あそこいいですね。もう一つ
カン社長に最後の決着つけるため、細い通路ソヌの後姿捉えますね。
ビョンホンさんの、独特の肩をゆすりながら、・・大きな音楽流れて、思わず映画館で拍手したくなるんです。
もう、本当に村人状態です^^



hisu
2009/01/07 01:03
続き・・・
「甘い人生」ビョンホンさんにとってターニングポイントになりましたね。
この映画で認められ、ハリウッドからオファーがあり、
トラン・アン・ユン監督の[rain・・・」
「GI,joe」今年公開されます。

山崎さん、是非映画館でご覧になってくださいね。
映画は、映画館で観るのが一番ですね。
hisu
2009/01/07 01:10

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