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zoom RSS イル・ポスティーノ_2 (1994) イタリア

<<   作成日時 : 2016/01/13 16:48   >>

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[1192]村の青年は言った、この島の海と山を知らない者はこの惑星を知らないと

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マリオは翌日から、
郵便局長で同志のジョルジョに助けを借りながら
島の自然の音を録音しはじめた。
あの日、「この島で美しいものを彼らに伝えてくれ」と言った
ネルーダに応えるために(^^♪

カラ・ディ・ソットのさざ波。
カラ・ディ・ソットの大波。
カラ・ディ・ソットの茂みの風。

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カラ・ディ・ソットの岸壁の風。

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わが父の悲しい網。
聖母教会の嘆きの鐘と司祭の声。
島の星空。

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パブリートの心音などを。
その一つ一つに作品番号を書き込みながら。
そうしているうちに彼は、その一つ一つの素晴らしさに
気づかされて行った(^^♪

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数年後、ネルーダは妻と一緒に
懐かしい小島の村カラ・ディ・ソットを訪れた。

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食堂に入ると少年が一人いた。
パブリートだった。

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ベアトリーチェはネルーダ夫妻の姿に驚き、そうして伝えた。
マリオは共産党の集会へ参加し、暴動に巻き込まれて死んだ。
私は止めたのだが、彼はネルーダが喜んでくれると思って参加した。
マリオが死んだ数日後、パブリートが生まれたの、と。

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彼女は、マリオが
ネルーダのために録音したテープを聞かせた。
「親愛なるドン・パブロ」 マリオの声が流れた。

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「マリオです。忘れていないといいけど。
以前、あなたの友達に島の美しいものを言えと言われた。
俺は言えなかった。だけど今は俺にもわかった。
だからこのテープを送る。よかったら友達と聞いてくれ。
ドン・パブロただけでもいい。
あなたは忘れない、俺とこの島のことを」

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「あなたが帰った時、
素敵なものはみんな持って帰ったと思った。
でも本当は色んなものを残してくれたんだ」

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「俺は詩を書いた。でも恥ずかしいから読まない。
タイトルは『パブロ・ネルーダへの歌』だ。
海の詩だけれどあなたへ捧げた。
あなたがいなかったら詩など書かなかった。
集会に出て朗読する。
声が震えるのはわかっている。でも嬉しい。
ネルーダの名前を聞いたら拍手が起こる」

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だがマリオは檀上での朗読に向かう途中に死んだのだった。
ネルーダは友達で同志の詩人マリオの死を悼み、
彼に想いを馳せた(^^♪


ネルーダにこの島の美しいものを言えと言われて、
マリオは後年なぜ波や風、教会の鐘、星空、
わが子の心音などを録音し、ネルーダに送ろうとしたのか。
この物語のポイントはほとんどその一つと言っていいかもね。

私なりに一言で言えば、
この島には美しいものが無数にある。
この島はドン・パブロ、あなたの故郷チリの森と同じように
リゾーム(地下茎、根茎)だ、と伝えたかったからである(^^♪

ネルーダの有名な言葉に
「チリの森を知らない者はこの惑星を知らない」
というのがあるけど、アレだよね。
「この島の森や海を知らない者はこの惑星を知らない」
と言いたかった。
あるいは島の波や風や金の音などを録音していくうちに
彼はその事に気づかされたんだよね。
その事をネルーダに伝えたかった。

マリオがこの村の人たちは無知だと言ったのは、
村人が島の森や海を知らないと思ったから。
彼が共産党員になって集会に参加したのも、
祖国イタリアはツリー型の文明じゃない、
まさにリゾーム型の文明なんだあ〜! ツリー型の
政治文化を信奉する北アメリカやヨーロッパと戦え〜!
と言いたかったから(^^♪

ホントだよ。
そう考えると私が何故10代の頃からイタリアを
我が故郷のように感じてきたのかよく分かるじゃないか(笑)。

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ちなみに幼い頃からチリの密林の雨を友として生きて来た
パブロ・ネルーダもこう言ってるんだよ。

「アメリカ合衆国よ
もしもおまえが追随者に武器をもたせて
汚れない国境を破壊し シカゴの牛殺しを連れてきて
おれたちの愛する音楽と秩序を支配しようとするならば
おれたちは石から 空気から飛び出して おまえに噛みついてやる
後部の窓から飛び出して おまえに火を放ってやる
最も深い波から飛び出して おまえを刺で突き刺してやる」(^^♪

ついでに言っておくと、
マリオが共産党の集会に参加し、暴動に巻き込まれて死ぬ
という結末は、そのまま実在のパブロ・ネルーダの死を
彷彿させるかのように作られている。

パブロ・ネルーダは、チリ・クーデターが起きた1973年9月11日の
12日後、9月23日に前立腺癌で他界。
救急車で病院に搬送される途中、軍の検問に引っかかり、
病院に到着した時はすでに死亡していたと言われているが、
おらは毒殺されたに違いないと妄想してるわな。

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しかしおらがフィリップ・ノワレ、すっかり良いおじいちゃん。
初めて観たのは「地下鉄のザジ」(1960)だったんだけど、
いやあ、いつ観てもホントにいいなあ。何となく笑えるし(^^♪
亡くなってもう10年経つんだよな。
ノワレ、天国でも女にモテてるかあ〜!💛

もう一つ。
この映画を企画したのは
実はマリオを演じたマッシモ・トロイージで、
予定していた心臓移植の手術を延期して撮影に臨んだんだって。
で、撮影が始まると日に日に体力が衰えて行って、
何とクランク・アップの12時間後の95年6月4日、
41歳の若さで亡くなったんだって。
調べて知ってほんと涙だよなあ。合掌。
素晴らしい作品をホントにありがとう(^^♪

ただなあ、途中で私が頭を抱え込んだのも事実。
マリオが波や風の音を収録するシーン、
実は私も同様のシナリオを書こうとすでに構想イメージしてたのよ。
観てホント吃驚だよねえ。
録音の動機も違うし、いまの構想のまま行くかあ
とは思ってるんだけどさあ。

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この映画のロケに使われたイタリア・サリーナ島の
ポッラーラ地区。

お薦めの作品だよ(^^♪


※「イル・ポスティーノ_1」
※「イル・ポスティーノ_2」


■107分 イタリア/フランス ドラマ
監督: マイケル・ラドフォード
製作: マリオ・チェッキ・ゴーリ
ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ ガエタノ・ダニエレ
原作: アントニオ・スカルメタ
脚本: アンナ・パヴィニャーノ
マイケル・ラドフォード フリオ・スカルペッリ
ジャコモ・スカルペッリ マッシモ・トロイージ
撮影: フランコ・ディ・ジャコモ
音楽: ルイス・エンリケス・バカロフ
出演
マッシモ・トロイージ
フィリップ・ノワレ
マリア・グラツィア・クチノッタ
リンダ・モレッティ
アンナ・ボナルート
レナート・スカルパ
アンナ・ボナイウート

実在した詩人パブロ・ネルーダに材を取ったA・スカルメタの原作を基に、イタリアの喜劇俳優M・トロイージが病に蝕まれた体で映画化にこぎつけた執念の作品。1950年代のイタリアを舞台に、ひとりの素朴な青年の成長をあたたかい眼差しで描き出している。
ナポリの沖合いに浮かぶ小さな島。そこへチリからイタリアに亡命してきた詩人パブロ・ネルーダが滞在する事になった。老いた父と暮らし、漁師になるのを望んでいない青年マリオは、世界中から送られてくるパブロへの郵便を届けるためだけの配達人の職につく。配達を続ける内に、年の差も越えて次第に友情を育んでいく二人。詩の素晴らしさを知ったマリオは、詩の隠喩についても教わる。やがてマリオは食堂で働くベアトリーチェという娘に一目惚れし、彼女に詩を送ろうとするのだが…。
異邦人との触れ合いによって、自分の故郷をもう一度見つめ直す主人公の姿が静かな感動を呼ぶ。逮捕命令が撤回されてパブロはやがて母国へと帰っていくが、それ以降の展開こそが重要な物語だ。パブロに届けようとマリオが島の様々な音を集めていくシーンなど一番の見せ場と言ってもいいだろう(もちろん美しい撮影と情緒豊かな音楽も忘れてはならない)。友を、女を、故郷を愛する事の素晴らしさが淡々とした演出の根底に確かに息づいている。P・ノワレの笑顔とそれに負けないくらいのM・トロイージの表情。惜しくも彼はこの作品のクランクアップ直後に他界してしまったが、ここにその足跡はしかと刻まれた。

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