17歳の風景 (2005)

[023] 少年は何を見たのか……。

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佑くんが中学生のころ。
おやじの柄本明が、
「あまり成績いくないし、勉強もしないし、
大変だぞ、おまえ、将来どうするつもりなんだ?」
と聞いたら、佑くん、
「いいもん、おれには映画があるもん」
とボソッと答えたらしい。

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これ、柄本に直接聞かされた話。
柄本、「しょうがねえやつだ…」なんて感じで苦笑してたけど。
佑くん…、といっても佑くんは
私のことなんか知らないだろうし覚えてもいないだろうが、
念願の?俳優になれてよかったな。
しかもおれの大好きな
若松孝二の映画なんかに出ちゃって、
もうおやじより全然かっこいいわ。

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「少年は何を見たのか」というのはサブタイトル。
こういうサブタイトルがついていると、
観るものはついあれこれ考えたくなるものだが、解釈は一切不要。
(監督自身、解釈や説明を徹底して嫌うひとだもの)

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観るものはただ、
カメラが映し出すものを理屈抜きに観ていくだけでいい。
そして観終わったとき、そこになにか感じたとすれば、
それが観るものの中の「少年」が見た「何か」なのだ。

言いかえると、
若松孝二は、少年が見た「何か」を撮ろうと思って
この映画を撮ってるわけじゃなくて、
それを伝えたいと思って撮ってるわけじゃなくて、
ただ少年が自転車で通った道と、
そこに広がる風景を撮って、観るものに、
「あなたはここに何を見ますか」と問うているにすぎない。

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そして、あなたがこの風景になにかを感じたとすれば、
少年もきっとあなたが感じたように、
この風景に「何か」をかんじたでしょう、
ということを伝えようとしているにすぎない。
基本的にはそういう映画。
だと思う、私の勘が狂っていなければ…。

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じゃ若松監督は何を感じたんだろう。
何を見たんだろう、少年が通った道を辿ってみて。

これも私の勘が狂っていなければだが、
自分を隔てる風景だ。
日本の「現在」が映しだされた「風景」。

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「風景」=この社会、この世界、そしてそこに阻隔感を感じない人々。
そして、とたんに若松監督の底にある怒りが噴出する。
どんな?
こんな日本の風景なんかこっちから阻隔してやるぅ、という怒り。

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そう。
この映画は少年が通った風景を撮りながら、
じつはその風景を監督自らが阻隔してみせた映画なのだ。
その代理が、海辺の駅の待合室で戦争体験を語る老人であり、
強制連行されてきた在日朝鮮人の老婆であり、
焚き火をしながらボソボソと何事か語っている漁師たちである。

だって、この人たちはいまの日本の風景とは、
少年が見てきた風景とは、
まるで無縁の場所で生きている人たちなのだから…。

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途中、ラーメン屋に入り、少年が
自分の起こした事件のことを喋っている高校生たちを
みかけるシーンにもそれは端的に現れてる。
そのシーン(風景)に少年はなんの感慨も催さない。

それはその風景が、少年になんの感慨も与えないから。
自分とはまったく切り離された、
じつになんの関係ない光景(世界)だからだ。

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むろん少年が母親を撲殺したのも、
母親が阻隔すべき「風景」そのものだったから…、
というのがこの映画の物語。
じゃないかなあと思う、私の勘が狂っていなければ。
いや、私の勘は狂ってない、たぶん…。

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若松監督が描きたかったのは、
すでに血を失った、死んでしまった、日本の風景。
監督自身が、少年が?阻隔してみせた風景。
そこで確かめられるものがあるとすれば、ただひとつ。
「息」。生の証としてある「息遣い」。
いまここで間違いなく「息」をしている自分。少年。

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友川かずきの歌がそうなってるもの。
「ゼツ、ゼツ、ボウボウ、絶、望、ボウ……」

絶望だ、絶望だなんて言いながら
もうめちゃくちゃ怒りまくってるが、あれは、
「ほら、息をしろ。ゼー、ゼー、ハー、ハー。
もっと激しく。ほら、ゼッ、ゼッ、ハッ、ハッ。
自転車が壊れたからってなんだ。
ほら、息をしろ。ゼッ、ゼッ、ハッ、ハッ」
と語りかけてるのだ。

死んだ風景の中に「息」を置く。
「息」を撮り、観るものに、その「息」を聞かせる。
ポツリポツリと語る老人の息…。
閉ざされた家で静かに故国の歌をうたう老女の息…。
火を囲みながらボソボソ喋っている漁師たちの息…。
そして自転車をこぎ続ける少年の息、息…、息遣い。
それがこの映画だ。

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しかし、聞いた瞬間
てっきり三上寛だと思ってたら友川だった。
とてもいい歌だ。

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どっちにしろ、やっぱ若松監督は凄げえ。
たまに会えるんだからやっぱりサイン貰っとこ。
でも、なんて切り出そう…、恥ずかしいよなあ。
佑くん、おれの代わりに貰ってよ。
頼む。マジだよ(笑)。

※このレビューは監督が亡くなられる前に書いたものです。

■90分 2005年 ドラマ
監督: 若松孝二
プロデューサー: 志摩敏樹
脚本: 山田孝之 出口出 志摩敏樹
撮影: 辻智彦
編集: 板部浩章
音楽: 友川かずき
ラインプロデューサー: 大日方教史
照明: 大久保礼司
録音: 川嶋一義
助監督: 白石和彌
出演
柄本佑 少年
針生一郎 老人
関えつ子 老婆
小林かおり
井端珠里
不破万作
田中要次
鳥山昌克
丸山厚人

常に時代と向き合いながら根元的なテーマに挑む問題作、衝撃作を世に送り続ける鬼才、若松孝二監督が、2000年に岡山県で起きた17歳の少年による母殺しの事件にインスパイアされ撮り上げた異色ドラマ。母親を殺した後、ひたすら北へと自転車を走らせる少年の姿に密着、少年が何を見、何を感じていたのかを探るように描いていく。主演は「美しい夏キリシマ」の柄本佑。
北へ向かって自転車をこぎ出した一人の少年。若者たちが群れる渋谷の繁華街を抜け、なおも北へ進んでいく少年。新聞には彼や彼と同世代が起こした事件が報じられ、ラーメンを食べながら母親を殺した少年について語り合う高校生たちがいる。三国峠から六日町、柏崎から象潟、男鹿半島へと北上していく少年。やがて彼は、海辺の青海川駅の待合室で一人の老人と出会う。老人の語る戦争体験に、少年はじっと耳を傾ける。その後少年は、戦時中に強制連行されてきた在日朝鮮人だという老婆に出会い雪深い里山の家に迎え入れられる。

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