山の音 (1954)

[039] 「山の音」が聞こえない……?

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北鎌倉を舞台に、
1枚1枚、とても美しい写真が撮れてる。
懐かしい昭和を観たいひとにはおすすめだ。

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尾形信吾(山村聡)には、
修一(上原謙)、 房子(中北千枝子)という息子と娘がいる。

修一は菊子(原節子)と結婚し、父・信吾の会社で働いている。
房子は信州に嫁ぎ、二人の子を産み育てている。

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その房子が夫と喧嘩し、子供二人を連れて実家へ帰ってきた。
右、房子。中央、信吾の妻・保子(長岡輝子)。

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まだ厄介がある。
息子・修一には愛人がいるらしく、たびたび家を空けるのだ。

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信吾は修一の妻・菊子が不憫に思えてならない。

その心にはちょっとウラがある。
少年だった頃、彼は妻・保子の姉に想いがあった。
その人はもうこの世にはいないのだが、菊子にその人の面影を見ていたからだ。

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修一に愛人がいると何気に教えてくれたのは
この会社の事務員・谷崎英子(杉葉子)だった。
愛人の名は絹子、戦争未亡人で友人の女性と二人で暮らしているという。

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信吾は谷崎と一緒にその絹子の友人女性に会いに行く。
その友人・池田、演じているのは若き日の丹阿弥谷津子さん。(^^♪
信吾は彼女の口から意外な話を聞かされる。
修一は、酔うと「おれの女房は子供だ、だから親爺の気に入ってるんだ」
などと放言し、絹子や池田に乱暴をはたらくらしいのだ。

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信吾は娘・房子さんにも非難される。
どうしてあんなだらしない信州の男の所へ私を嫁入りさせたのかと。
修一も房子もどうやら父・信吾が
嫁の菊子を可愛がり過ぎているのが気に喰わないらしいのだ。(^^♪

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その菊子が妊娠したことがわかる。
が、菊子は夫にいる限り産めないと、ひそかに医師を訪ね堕胎する。

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信吾はついに意を決して修一の愛人・絹子(角梨枝子)を訪ねる。

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口を切る前に信吾は彼女に聞かされる、
修一とはすでに別れたことを。
だが彼女はお腹に修一の子を宿していた…。

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そして酔って帰ると妻に、
嫁・菊子が東京の実家へ帰り、伏していることを知らされる。

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その菊子から連絡があり、信吾は東京へ会いに行く。

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菊子はその信吾へ伝える、修一と別れる決心をした、と…。


相変わらず俳優陣がいいからそれなりに観れるんだけど、
物語のレベルで言うと、もうひとつ心に届いてこない。

川端康成の原作にそって言えば、
「山の音」が聞こえてこないからじゃないかと思う。

山の音…。自然の音…。つまりは死の音が…。

老いた尾形信吾は、
聞こえてくる山の音に死期をかんじ、
自分の越し方(生)を息子の嫁菊子を通して見るはずなんだけど、
その山の音があまり聞こえてこないんだよね。
家族の出来事の生々しさのほうが少し勝ちすぎてる嫌いがあって。

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実際、学生時代に読んだ川端の小説は、
もっと孤独で、もっと寂しかった記憶がある。
小津映画と違って、俳優がセリフを歌いすぎてるせいもあるのかも。

でも、まあ、
好きな原節子、杉葉子、長岡輝子らがを観れたので
私は満足だったけどさ。(^^♪


●てっせんさん
山村聡より宇野重吉ですか。なるほど。考えつきませんでした。
川端小説で山村聡というのはあまりにも当たり前すぎて?
面白みに欠けますよね(笑)。
その点、原節子は川端小説のイメージをはみ出すところがあって、
そのあたりは面白かったです…。

●てっせんさん
てっせんさんにおだてられると面映いのですが…(笑)。
原作にたいする監督の視線(ひねり?意地悪?)がないと
見てて面白くないなあと思っちゃいます。

ありがとうございました。


■95分 東宝 ドラマ

監督: 成瀬巳喜男
製作: 藤本真澄
原作: 川端康成
脚本: 水木洋子
撮影: 玉井正夫
美術: 中古智
編集: 大井英史
音楽: 斎藤一郎
出演
原節子  尾形菊子
上原謙  夫・修一
山村聡  尾形信吾
長岡輝子  妻・保子
杉葉子  谷崎英子
丹阿弥谷津子  池田
中北千枝子  相原房子
金子信雄  夫・相原
角梨枝子  絹子
十朱久雄  信吾の友人
木暮実千代

六十二という齢のせいか、尾形信吾は夜半、よく目がさめる。鎌倉の谷の奥--満月のしずかな夜など、海の音にも似た深い山の音を聴いて、彼はじぶんの死期を告げられたような寂しさをかんじた。信吾は少年のころ、妻保子のわかく死んだ姉にあこがれて、成らなかった。
息子修一にむかえた嫁菊子に、かつての人の面影を見いだした彼が、やさしい舅だったのは当然である。修一は信吾が専務をつとめる会社の社員、結婚生活わずか数年というのに、もう他に女をつくり、家をたびたび開けた。社の女事務員谷崎からそれと聴いて、信吾はいっそう菊子への不憫さを加える。
ある日、修一の妹房子が夫といさかって二人の子供ともども家出してきた。信吾はむかし修一を可愛がるように房子を可愛がらなかった。それが今、菊子へのなにくれとない心遣いを見て、房子はいよいよひがむ。子供たちまで暗くいじけていた。ひがみが増して房子は、またとびだし、信州の実家に帰ってしまった。
修一をその迎えにやった留守に、信吾は谷崎に案内させ、修一の女絹子の家を訪ねる。谷崎の口から絹子が戦争未亡人で、同じ境遇の池田という三十女と一緒に自活していること、修一は酔うと「おれの女房は子供だ、だから親爺の気に入ってるんだ」などと放言し、女たちに狼籍をはたらくこと、などをきき、激しい憤りをおぼえるが、それもやがて寂しさみたいなものに変っていった。
女の家は見ただけで素通りした。帰ってきた房子の愚痴、修一の焦燥、家事に追われながらも夫の行跡をうすうすは感づいているらしい菊子の苦しみ--尾形家には鬱陶しい、気まずい空気が充ちる。
菊子は修一の子を身ごもったが、夫に女のあるかぎり生みたくない気持のままに、ひそかに医師を訪ねて流産した。大人しい彼女の必死の抗議なのである。と知った信吾は、今は思いきって絹子の家をたずねるが、絹子はすでに修一と訣れたあとだった。しかも彼女は修一の子を宿していた。
めずらしく相当に酔って帰った信吾は、菊子が実家にかえったことをきく。菊子のいない尾形家は、信吾には廃虚のように感じられた。二、三日あと、会社への電話で新宿御苑に呼びだされた信吾は、修一と別れるという彼女の決心をきいた。菊子はむろんのこと信吾も涙をかんじた。房子は婚家にもどるらしい。
信吾も老妻とともに信州に帰る決心をした。...

この記事へのコメント

てっせん
2009年01月22日 00:30
昨年の年の瀬に、本の整理をしていたら、この原作文庫本が出てきまして、そのまま何十年ぶりかで、読み耽ることになってしまいました(笑)。

そして思ったことは、この「山の音」と「サザエさん」とを、比較して論じたら面白いんじゃないかなということでした(笑)。「サザエさん」のお父さんと、「山の音」のお父さんは印象があまりにも違いますが、同じ時代の、同じニッポンのお父さんだったんですよねえ(笑)。

それはともかく、山村聡の尾形信吾は、ミスキャストのような気がしますねえ。ちょっと健康的すぎます。例えば、宇野重吉とかのほうが合ってるんじゃないかななんて・・・こうやって、勝手にあれこれ自分でキャスティングをしてみるのも、広い意味での映画の愉しみの一つですね。

失礼しました。
てっせん
2009年01月24日 00:31
今晩は
「イメージをはみ出すところ」・・・
うーん、なるほど。さり気ないお言葉ながら、またまた勉強させていただきました。ここらへんが、素人とプロの方の違いですねえ。私なんぞは、原作とぴったりイメージが合う俳優を捜してそれでこと足れリなんですが・・・原作と乳離れさせて、一個の自立した映画作品にするためには、その程度で満足してちゃいけないんですねえ。

将来、演出を志すほどの若い方は、ぜひ山崎さんのこのブログを訪れて、コメントするべきですねえ。そうすると、思ってもなかったようなおご言葉が返されてきて、ぜったいに勉強になります・・・(笑)。
ありがとうございました。

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