実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 (2007)

若松孝二が内部から描いてみせた連合赤軍のあさま山荘へと至った道

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(2008/04/20にUPした記事に加筆、修正したもの)


ドキュメントを撮るようにして撮られたこの映画を、
私はとてもじゃないが客観的に観ることはできない。

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「大学紛争の中での遠山美枝子(坂井真紀)と
重信房子(伴杏里)の出会い」

あれからすでに35年以上も経つのに、
事件(?)も、ここに登場する人物たちもすべてがまだ
私の脳裏では生々しく息づいているからだ。

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「第二次羽田闘争」

事実、リンチ(総括)と
銃撃戦に関わった者たちの名前がテロップされるたびに、
私の胸は言いようもなく締め付けられた。

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「赤軍派の誕生」

断っておくが私は連合赤軍と直接的な関係は何もない。
ただ同じ時代を呼吸した、
同じ世代の連中が描かれているようなことをしたというだけで。

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「福ちゃん荘事件」

ただそれだけのことなのだが、
たとえ妄想だと言われようと、彼らがやったことに
私はどうしようもなく自責の念に駆られるのだ。

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「よど号ハイジャック事件」

理由は自分でもわかっている。
彼らが「戦争」へ駆り立てられたのは当時、
いまにも革命が起こりそうな機運が醸成されていた。
同時にその機運が当時、波が引くように引き始めた。
だから彼らは性急に銃をもって戦わねばと追い込まれていったのだ。

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もちろんその機運を作り出したのも、
その機運からいっせいに引き始めたのも彼らと同じ世代の
私たちだった。

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「革命軍左派による真岡市銃砲店襲撃事件」

世界的に同時に起きた学生運動の波は、
革命の始まりではなくマルクス主義の終焉だった…、
ということはそれから10年以上経過しないとわからなかったことだ。

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「重信房子との別れ。重信はレバノンへ脱出」

そのことの決着をつけたいと思ってじつは私も「連合赤軍」を
舞台化した。
「砂の女」で、事件から10年後の1981年秋のことだ。

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だが私が書いたのは山岳ベースでの出来事ではない。
浅間山荘事件後、山陰の実家に戻って逮捕された元連合赤軍の
女性の話だ。

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正面から連合赤軍を書くにはまだ力量的にも無理だ、
と思ったのだ。

そしてそのころから実は若松孝二がいずれ映画で撮るだろうと
私は確信していた。
いや、若松さんに撮ってもらわないと困る、と。

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その理由もはっきりしていた。
連合赤軍を外側から描いてもしょうがない、内側から描かないと。
そしてそれができるのは若松孝二のほかにいなかったからだ。

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「赤軍派+革命左派=連合赤軍の誕生。」

あれから30年近く…、事件からだと40年近くになるが、
若松孝二がようやくその連合赤軍を撮った。
監督、ありがとうございます。
と私はただただ頭を深く垂れるしかない。

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「山岳ベースに籠り軍事訓練を始める」

それだけでは何書いてんだと怒られそうなので、
ひとつだけ書いておきたい。

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「総括という名のリンチが始まる」

この映画の半分はたぶん
若松孝二の遠山美枝子さんにたいするオマージュだ。
監督と遠山さんにどんな関係があったのか、まったく知らないのだが。

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「永田洋子(並木愛枝)」

知人の話だと、監督がある映画を撮ったとき、
遠山さんが献身的に協力してくれたらしいということだったが。

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「遠山美枝子」

言いかえると監督は
遠山美枝子さんを通して連合赤軍を「総括」しているということだ。

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「反革命分子として処刑されていく仲間たち」

遠山さんへのリンチ(総括)は、
「あなた、なんで化粧してるの?
なんで髪の毛伸ばしてるの? いまは革命の時なのに」
ということから始まった。

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「遠山美枝子もついに処刑死」

当時、私もそのことを知ったとき愕然とした。

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「榛名ベースが警察に発見され、山越えを開始」

戦争中なのになんでスカート履いてんの?
モンペにしなさい。
戦争中なのにピアノを弾くなんて非国民だ…、
という戦時中の大多数の国民の理屈と同じだったからだ。

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性幻想と共同幻想は逆立する。
そう言ったのは吉本隆明だったが、
逆立するがゆえに永田洋子や森恒夫らは性幻想を徹底して
抹殺しようとしたのだ。
共同幻想(革命)を何事においても最優先させようとした訳だ。

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これも吉本の言葉を借りれば、
彼らの体質は徹底して「アジア的」だったのだ。

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そのことにたいして遠山さんは答えられない。
「なぜ…? なぜそんなことが問題になるの?
総括? 総括って何をどうすればいいの…?
私には…、わからない…。」

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「浅間山荘銃撃戦」

化粧したり誰かを好きになったりすることと、
革命をやろうとすることとは本来何の関係もない。
化粧したり誰かを好きになったりすることは、
革命をやろうとすることに抵触するわけではない。

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抵触するとすれば、
性幻想が共同幻想のもとに封殺されたときだけだ。

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「森恒夫、獄中自死する」

連合赤軍が総括という名のもとになぜリンチを続けたのか、
答えは遠山さんへのリンチ殺害にもっとも鋭く表れている。
それで若松監督は遠山さん事件を通して連合赤軍の過ちを
描こうとしたのだとおもう。

にしても連合赤軍も当時の状況も知らない世代の俳優たちが
よくぞここまでやったものだといたく感動する。
とくに山岳ベースに入ってからが成長著しい。

監督が俳優たちを山の中に閉じ込めて、
命を賭けてしごいた?様子が手に取るようにわかる。

この映画は私にとってはぜひ観てほしい映画である。


●Leeさん
ごらんいただいて本当にありがとうございました。
と私が言うのも変かも知れませんが、
若松孝二は私が偏愛する監督なものですから…(笑)。
そうですか、Leeさん、当時、高校生だったんですか。
私も事件当日の記憶がひどく鮮明に残っています。
渋谷に寺山修司さんがやってらした天井桟敷館という劇場があって、
そこでちょうど公演の最中でした。
二階には天井桟敷の事務所があって、
寺山修司さんと二人でずっとテレビ中継を見ていたんです。
同世代の連中であり、私も学生運動の末端にいた人間なので、
どうしてこんなことになったのかと、頭が真っ白になって、
呆然と見ていました。
時々、よど号ハイジャク事件を起こした連中のことが
脳裏を駆け巡るばかりで…。
寺山さんとの会話もまったくありませんでしたね。
この映画で私がもっともひかれたシーンは、ラスト近く、
数人の若者たちが銃を手に雪の山中を歩くところでした。
自分たちが何をしたのか、何をしようとしているのか、
どこへ行けばいいのか、何もわからず彷徨している…。
そんな感じがあって他人事でなくつらかったです。
「もっと別の選択をしていたら、志かなわず殺されてしまった
若者達の熱い思いは、今の日本にきっと活かされていたのに」
ほんとうにそうですよね。
この事件以降、日本の若者は社会への意義申し立ての方法も
なんだか見失ったような気がしています…。

●Leeさん
「こんなの…革命なんかじゃないよ!」(加藤弟)
あの呟きは、そのまま私たちの呟きだったように思います…。
日本はいまとても長い長い停滞期にありますね。
社会を次の段階へと推し進めていくのは
いつの時代も若い新しいチカラなのですけど、
日本ではいまその若者のちからが生まれてこないから、
結集できないからだとおもいます。
そのことがとても大きい…?

(映画「突入せよ!あさま山荘事件」みたいな事件の
見方だけでは、時代は前へ進まない?)

そしてそうなってしまった遠因に、この連合赤軍事件が
あるような気がしてしかたないですね…。
かれらは軍事教練と称して山中に引き篭った。
自分たちを密室に閉じた。
そして外の世界(社会)に開く術を失った。
90年ころから日本の若者たちは次第に引き篭り、
いまは何百万にも達してしまいましたが、
この「社会的ひきこもり」は、どこか連赤に似ているし、
私には、かれらの「失敗」が作用しているような
気がしてしようがないんですよね…。

ありがとうございました。


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■190分 若松プロダクション ドラマ
監督: 若松孝二
製作: 若松孝二
プロデューサー: 尾崎宗子 大友麻子
企画: 若松孝二
原作: 掛川正幸
脚本: 若松孝二 掛川正幸 大友麻子
撮影: 辻智彦 戸田義久
美術: 伊藤ゲン
音楽: ジム・オルーク
照明: 大久保礼司
録音: 久保田幸雄
ナレーション: 原田芳雄
出演
坂井真紀 遠山美枝子
ARATA 坂口弘
並木愛枝 永田洋子
地曵豪 森恒夫
伴杏里 重信房子
大西信満 坂東國男
中泉英雄 植垣康博
伊達建士 青砥幹夫
日下部千太郎 山田孝
椋田涼 山崎順
粕谷佳五 進藤隆三郎
川淳平 行方正時
桃生亜希子 持原好子
本多章一 田宮高磨
笠原紳司 高原浩之
渋川清彦 梅内恒夫
RIKIYA 金廣志
坂口拓 塩見孝也
玉一敦也 奥沢修一
菟田高城 吉野雅邦
佐生有語 寺岡恒一
奥田恵梨華 杉崎ミサ子
高野八誠 加藤能敬
小木戸利光 加藤倫教
タモト清嵐 加藤元久
佐野史郎 さらぎ徳二
倉崎青児 松本礼二
奥貫薫 あさま山荘管理人

1960年6月15日、国会前は日米安保条約に反対する10万人のデモ隊で埋め尽くされた。ベトナム戦争、パリの5月革命、文化大革命、日米安保反対闘争、世界がうねりを上げていた1960年代。学費値上げ反対運動に端を発した日本の学生運動も、安田講堂封鎖、神田解放区闘争、三里塚闘争、沖縄返還闘争など農民や労働者と共に社会変革を目指し、勢いを増していった。活動家の逮捕が相次ぐ中、若者たちは先鋭化していく。ブントの内部対立によって組織された赤軍派と、中国の文化大革命に同調する神奈川の組織から分離独立した革命左派が、1971年7月、統一赤軍を結成。その一ヶ月後に名称を連合赤軍とした。同年8月、連合赤軍最高幹部である永田洋子(並木愛枝)の命令により、逃亡した早岐やす子(田島寧子)と向山茂徳(黒井元次)が処刑される。数ヶ月後、革命に全てを賭け、山へと入っていった連合赤軍メンバーは、次第に総括、自己批判という名で同志たちを追いつめていく。まず、指導部らに自己批判を求めた加藤能敬(高野八誠)と恋人の小嶋和子(宮原真琴)へ暴力による総括が始まり、1972年1月ふたりは死亡。永田に目をつけられていた遠山美恵子(坂井真紀)も総括によって死亡する。その後も、次々と同志を死に至らしめていくが、2月16日、榛名ベースが警察に見つかり、山越えを開始。坂口弘(ARATA)、加藤倫教(小木戸利光)、加藤元久(タモト清嵐)、吉野雅邦(菟田高城)、坂東國男(大西信満)の5人は軽井沢のあさま山荘に立てこもる。そして2月28日、山荘の周囲を警察や機動隊に囲まれてメンバーが達観したように言葉を交わす中、16歳の加藤元久が激昂して「僕たちは勇気がなかっただけじゃないか!」と叫ぶのだった……。
鬼才・若松孝二監督が、改めて連合赤軍と向き合い、若者たちが何に突き動かされ、どのような葛藤を経て“あさま山荘”へと至ったかを、視点を内部に置き、徹底検証していく実録ドラマ。出演は、坂井真紀、ARATA、並木愛枝。第58回ベルリン国際映画祭にて最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)と国際芸術映画評論連盟賞(CICAE賞)をダブル受賞。



実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
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出演:坂井真紀(SAKAI MAKI)/ARATA(ARATA)監督:若松孝二(WAKAMATSU

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この記事へのコメント

Lee
2009年08月19日 01:20
山崎さん、こんにちは。

山崎さんの記事を読んでから、早く観たかった
「実録連合赤軍 あさま山荘への道程 」を
やっと見終わりました。。。
そして今、私の胸にもあの巨大な鉄球が
打ち込まれたように苦しいです。

あの頃高校生だった私は、学校から家に帰り
TVの中継を見ていました。
その当時の私の受け取り方は、何か悪いことを
した人たちが山荘に人質をとって篭城している。。。
早く人質の人を助けないとかわいそう。。。
そんなことを考えながら見ていたのだと思います。

何年か前「突入せよ!あさま山荘事件」を
観たときも頭の中は、
連合赤軍=悪  警察=正義  
という図式 でした。
連合赤軍からの視点がなかったように
記憶しています。


日本の行く末を真剣に憂いて、
よりよい国にしようと考えていた若者達が
なぜ? どうしてこんな結末に・・・
もっと別の選択をしていたら、志かなわず
殺されてしまった若者達の熱い思いは、
今の日本にきっと活かされていたのにと、
残念でたまりません。  
                   続く

Lee
2009年08月19日 01:21
遠山さんの「総括ってどうやるの?
総括って何?」という言葉は映画を
観ている間中、私の頭の中で渦まいていました。

結局、あの状態では森と永田が納得しうる
総括はありえなかったのではないかと思います。

事実を描いた映画だというのに、私はいつのまにか
「誰か!森を永田をとめて!目を覚まさせて
ください。」と願いながら観ていました。

山岳ベースでの隔離された集団のなかでは
おそらく私も何もできず身の保身を考えて
行動していたでしょう。
「勇気がなかったんだ!」
本当にその一言に尽きます!

山崎さん「実録連合赤軍 あさま山荘への道程」を
観てよかったです<(_ _)>

光のあたらない闇の部分を知ることができました。
森と永田の罪はとてもとても大きいです。
でも映画の題名のように「あさま山荘への道程」が
よくわかりました。
つたない文章ですが、私の気持ちが
伝わりましたでしょうか?・・・

最後に、俳優さんたち皆さんすごく
よかったです!名演技に引き込まれました。

とくに、森 恒夫役の「地曵 豪」さん
素晴らしい役者さんだと思います!
Lee
2009年08月20日 16:27
山崎さん、こんにちは。

今日また映画を観ました。

>数人の若者たちが銃を手に雪の山中を
歩くところでした。

本当にそうですね。
悲しいメロディと共に強く胸を打つ
シーンです。
どのような心情で厳冬の雪の中を
歩いていたのでしょう・・・・

それと兄が死んでしまった時に
加藤(弟)の
「こんなの・・・革命なんかじゃないよ!」
と、しぼりだす様につぶやいた言葉が
忘れられません。

パソコンで連合赤軍について検索し
いろいろな記事を読みました。
監督のインタビューを見たり
瀬戸内さんと永田の往復書簡などなど・・・
いかに知らないことが多いかを実感しました。

邦画はあまり見るほうではありませんが
今までこれほどいろいろな事を
考えさせられた映画はなかったです。
お友達にも観るように薦めます。

あさま山荘の当時の映像なども見ましたが
感じ方がまるで変わり
山荘の中での青年達の追い詰められていく
様子を想像してしまいました。

あまりにも生き方がまっすぐすぎて
周りが見えなくなってしまったのでしょうか。
2度目に観た今日の方が涙が溢れて
今、目が真っ赤です・・・

連合赤軍側・警察側共に
あまりにも周りの多くの人々を
不幸にしてしまいました。
そして青年達の親御さんの気持ちも思うと
とても悲しくてたまりません。。。。


何度もすみませんm(__)m

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