青春残酷物語 (1960)

戦後映画の転換。この映画を契機に
映画は現実の街を物語の背景にするようになった


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(2008/04/23にUPした記事に加筆、修正)

私が大好きな大島渚監督の2作目。
若干28歳で撮ったとはとても思えないほどのすばらしい映画で、
監督の作品の中でも私が一番好きな作品かも。

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ゴダールの「勝手にしやがれ」などの影響が
見え隠れしないでもないんだけど、

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新宿でのデモ隊を前に、あるいはラスト近く

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街頭を歩きながら川津祐介と桑野みゆきが喋るシーンは、
いま観てもほんとに瑞々しい。

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撮影所に閉じ込められていた映画を、
神聖視されていた映画を、
みごとに現実のほうへ引きずり降ろしたって感じ。

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そういう意味で言っても、
大島渚の出現はこの後の映画界を
ものすごく大きく変えていったんじゃないかなあ。
だってこの映画のあとだもんね、誰もがカメラを手に
身近なところで映画を撮れるようになっていったのは。


ちなみに私の敬愛する若松孝二は、
この映画に刺激されてピンク映画のかたちをとりながらも
この映画路線を突っ走っていったんじゃないか
と、私は勝手に推測している(^^♪

ついでに言えば北野武なんかも
大島渚のこの映画の流れの中にあると言ってもいいかもね。

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現実の街を映画物語の背景にするとは、
等身大の自分をそこに投影するようになったってことでも
あるんだけどね。

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この映画以前の青春映画で突出してるのは
たぶん石原裕次郎の「太陽の季節」なんだろうけど、
そこに自分の青春を
まっすぐ投影して観るなんてことはできなかった訳でさ。
おらからするとアプレゲール青年みたいな感じ?(^^♪

それはともかく、この映画観ていっぺんに
川津祐介と桑野みゆきのファンになっちゃったんだよね。

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これは堕胎してベッドに横たわる桑野みゆきのそばで、
恋人の川津祐介がひたすらリンゴを齧るシーン。
いいんだよねえ。
ほんと、なんど観ても震えてくる。
どうしようもない蛆虫みたいな自分に怒ってるような気がして。
はじめて観たのは学生の頃だったんだけど、
長廻しにびっくりしたこともいまだに憶えてる。

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それから、桑野みゆき、いま観てもやっぱりすごくいい。

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ちょっとスタイルが良すぎるのが難なんだけど(^^♪
身近にいる普通の女の子、みごとにやってみせてるもんね。

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余談だけど、15年くらい前かな?
ある文庫本に
「自分の好きな日本の女優」というアンケート頼まれたとき、
じつは桑野みゆきを1位にしたんだけどさ。
いまでもそういうアンケートが来たら
やっぱり彼女を好きな日本女優NO.1にしちゃうかも(^^♪

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いまでもどういうわけか
彼女がものすごく身近に感じられるせいだと思う。

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そう言えば監督さん、どうなさってるんだろう。
またお倒れになってから全然お目にかかってないんだけど。

監督、またお元気な顔がみたいです(^^♪


●てっせんさん
あの松竹映画館で……? ゴールデン街、目の前ですねえ(笑)。
「日本春歌考」の荒木一郎、かっこよかったですよね。
A・ドロンのたばこは難しいけど、荒木一郎の真似はできるかなあ
と、当時よくかっこつけて真似たものです(笑)。
吉田日出子の「春歌」にもヤラレましたねえ……。

●下等醜呆さん
そうですか、97年夏の名古屋の映画館で監督に…。
お倒れになったあと、一時期回復の兆しを見せられてましたが、
その時だったんでしょうね。すさまじい行動力をお持ちだったので
どうしても上映挨拶に行きたかったんじゃないでしょうか。
下等醜呆さんは心に残る名場面を見せていただいたことになるんじゃ
ないでしょうか。ちょっと羨ましいです。私は結局、
お倒れになったあと一度も直接お目にかかれなかったので。
川津祐介と桑野みゆき、いいですよねえ。
ああいう若者がはじめて登場したのはこの映画だったので、
私には忘れられない映画になったんだと思います。
余談ですが、名古屋の話が出てきてものすごく懐かしかったです。
70年代から80年のはじめにかけて、私は毎年、遊びがてら
名古屋へ芝居持って行ってたものですから。
いまでは名古屋を離れた連中もいますが、友人たちもたくさんいて、
当時、名古屋は私の第二の故郷みたいなものでした。

ありがとうございました。

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■96分 松竹 ドラマ
監督: 大島渚
製作: 池田富雄
脚本: 大島渚
撮影: 川又昂
美術: 宇野耕司
音楽: 真鍋理一郎
出演
新庄真琴 桑野みゆき
藤井清 川津祐介
新庄由紀(真琴の姉) 久我美子
新庄正博(真琴の父) 浜村純
秋本(由紀の恋人) 渡辺文雄
松木明(ぐれん隊のボス) 佐藤慶
樋上功一(ぐれん隊) 林洋介
寺田登(ぐれん隊)  松崎慎二郎
下西(真琴の担任) 小林トシ子
ベンツの紳士堀尾敬三 二本柳寛
パッカードの紳士 山茶花究
マーキュリーの紳士 森川信

「愛と希望の街」の大島渚が自らの脚本を監督した青春映画。「死者との結婚」の川又昂が撮影した。
車の窓をたたく。家まで送らせる。--彼女らが街から帰る時、用いる手段だ。真琴は陽子とそれをやった。中年男にホテルに連れこまれかけた時、青年が救ってくれた。清という大学生だ。翌日、二人は隅田川で遊んだ。中年男のさし出した金で。材木の上で、清は真琴を抱いた。
一週間経っても、清から連絡がなかった。アパートへ行き、バー「クロネコ」で伊藤と陽子とで待った。彼ら二人が消え、残った真琴に、愚連隊の樋上や寺田が言い寄った。清が来、喧嘩になった。兄貴分の松木がとめ、金で話がついた。清は、アルバイト先の人妻政枝と関係があった。が、真琴の真情にひかれた。アパートに泊めた。真琴が朝帰りした時、姉の由紀がしつこくいった。閉じこめられた。スキを見て逃げ、清と同棲を始めた。
由紀が居所を突きとめた。が、ムダだった。金が必要だった。清は真琴と出あった時のことを用いた。車を持つ中年男を真琴が釣り、彼が強請るのだ。学校で同棲が噂になり、真琴は受持の下西に呼ばれた。由紀が噂を否定し、驚かした。妹の生き方を認めたくなっていたのだ。
その夜、真琴はベンツの紳士をだませなかった。彼女は妊娠していた。清は堕胎しろといった。そのためにも例の仕事は必要だと。真琴は清のもとを去った。偶然にベンツの紳士に会った。ホテルへ泊った。清を忘れるために。清は政枝から金を借りた。真琴が寝たことを知ると、相手を強請った。
由紀は昔愛して破れた医者の秋本を訪ねた。工場街で診療所を開いてい、看護婦の茂子と関係をもっていた。昔日の面影はなかった。真琴が寝ていた。ここで子をおろしたのだ。清が現われ、秋本や由紀を罵倒した。真琴をいたわった。海辺で、二人の結びつきは堅いようにみえた。アパートに帰った時、警官が待っていた。ベンツの紳士が訴えたのだ。真琴は家へ帰された。清も政枝の奔走で情状酌量された。別れようと清はいった。君を守る力がないと。追いすがる真琴を突き放した。が、樋口たちが女を貸せとおどした時、承知しなかった。彼らは殴り続け、彼は死んだ。真琴はフォードの男に誘われ、ふらふらと乗りこんだ。突然、気づき、飛び降りた。十数米引きずられ、動かなくなった。

この記事へのコメント

てっせん
2009年01月17日 21:36
今晩は。

大島渚作品は、中学生の頃、新宿の靖国通りに面した映画館で、「忍者武芸帳」と「日本の夜と霧」の二本立てを夜の部に観たのが最初です。忍者漫画と同じ面白さを期待して行った子供にとっては、難解で、少々退屈でした。ですが「夜と霧」については、俳優が長い台詞を間違えてもそのままに撮り続けていたのにビックリし、新鮮な思いがしたものです。

今でも不思議なくらい、この二本立てを鑑賞したときの雰囲気を覚えています。劇場を満員にしていた、年上の学生や大人たちの生真面目な熱気・・・。あの頃の新宿は熱く、みんなひどく真剣だったという記憶が、残っています(笑)。

その後、浪人時代、同じ映画館で「日本春歌考」を観ましたが、このときは、完全に大島映画にヤラレました。山崎さんが、川津祐介のりんごのシーンなら、私は、荒木一郎が大学入試の試験会場での休憩時間、受験生でごった返す渡り廊下の隅で、ひとりタバコを吸うシーンです。このシーンに、説明は抜きますが、完全に痺れました。そしてこれこそ、私にとっての青春映画になりました(笑)。
 
追伸・・・私も桑野みゆきは大好きでしたねえ(笑)。
下等醜呆
2014年08月02日 09:24
1997年の8月または9月だったかな?名古屋市役所近くの某会館でこの映画を見ました。大島渚監督が最初に挨拶すると言うので毅然とした歩き方で登場するかと思ったら車椅子(場内がざわつく)。それも車椅子が目立たないように舞台の向かって右側で止まって、随分無理してる感じで立つ。演台に手を載せて支えながら喋る。体が弱ったのを見せたくなかったんでしょうね。そして大島監督がこの映画を作った頃、若者たちは体制に反対してバタバタ倒れていったと言う話をしていました。
>川津祐介がひたすらリンゴを齧るシーン
あれは映画史に残る名場面です!
>長回しにびっくりしたこともいまだに憶えてる……。
貯木場で桑野さんを抱いた後の川津さんが海に飛び込んで泳ぐ場面はすごいと思いました。
それ以外に覚えてる場面は佐藤慶に蹴られた娼婦が階段から落ちる場面かな?
偶然ですが、1997年夏。三谷脚本の舞台。佐藤慶、斉藤由紀の演劇を名古屋で見ました。佐藤慶さんはやっぱりすごい役者さんでした。

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