人情紙風船 (1937)

[094]山中貞雄の遺作。これを観ずして邦画を語るなかれ……。

画像


この映画を観たのは比較的新しく、1980年代前半。
うわさにはずっと聞いていたんだけど作品が見つからず……。

画像

そこへたまたま石橋連司さんが、
「こういう作品をうちの劇団に書けっ」
と私に持ってきたのがこの作品(VHSビデ)だったわけ。
ドヒャーだったよねえ…!

画像

こっそり……、いや、堂々としてダビングして
いまや私の宝物になってるんだけどさ……。

結局、芝居には別の作品書いて、
こっちは棚にあがったままになってるんだけど……。
いや、こっちは、あまりの凄さに
「シナリ通りにやるのが1番いいです」って断ったんだっけ……?

画像

キム・ギドクが天才なら山中貞雄も天才だあ!
って言いたくなって久しぶりに観たんだけどね……。

フィルム傷ついてるし、ダビングのダビングだし、
映像も音声も悪いんだけどさ、
いやあ、やっぱりめちゃくちゃいい映画なんだよねえ。

ものすごい映画……。

70年前の映画なんだけど、物語の展開といい、映像といい、
さすがアラカン(嵐寛十郎)に天才と言わせただけあって、
いま観てもちっとも古さを感じさせないよなあ……。

映画、山中貞雄のこの作品でもう完成してるじゃん、
この作品のあとはみんな、これずっと応用展開してるだけじゃん、
なんて改めて力みたくなっちゃった……。

画像

ほんと、導入からめちゃいいんだよね。
長屋の住人が自殺して、みんなでドンチャン騒ぎするんだけどさ、
どん底で生きてる人間はこうでなくちゃね……。

画像

それから……、
冒頭近くの金魚売のシーン。

画像
画像

浪人又十郎(河原崎長十郎)が雨の中で、
父のおかげで出世した武家・毛利に就職を懇願するシーン。
又十郎の妻が長屋で内職の紙風船張りをやっているシーン。

画像

住人たちが長屋の路地を行き来するシーン。

画像

元髪結いの新三(中村翫右衛門)が啖呵を切るシーン……。

画像

最後、
その又十郎が弥太五郎源七に呼び出されて、殺されるシーン。
(実際にはその直前までだが……)

画像

又十郎の妻が刃を抜いて夫の背に近づくシーン……。

画像

そしてエンディングの、
長屋の子どもが持っていた紙風船(又十郎の妻が内職して作ったもの?)が、
溝に転がり落ちて、水に流されていくシーン……。

画像

けして涙が流れるわけじゃないんだけどさ、
観おわると、からだの隅々まで
この物語と映像に浸されてる自分がいるんだよねえ……。

「七人の侍」「羅生門」「雨月物語」……、
日本映画が世界に誇る時代劇は数あるけど、
私はひそかにこの「人情紙風船」がいちばん凄いんじゃないの?
と思ってるの、マジ……。

しかも、山中貞雄、27歳(28?)で撮ってるんだよお。

おまけに、この映画の公開日に召集令状が来て、
中国戦線へ行って、
翌1938年に中国河南省の野戦病院で死んじゃったんだよね……。

そう。遺作なんだよね……。

この際だからはっきり言いたいんだけど、
この映画を見ないで日本映画を語るのはサギだと思うよ……?

画像

あ、それから、加東大介さんが
「市川莚司」って名前で出てるからお見逃しなく……。
いや、観てると声ですぐわかるかあ。
このころからもう抜群です……。

-------------------------------------------------------

■加東大介

兄は沢村国太郎、姉は沢村貞子という芸能一家に生まれる。宮戸座の座付き作者で演出助手だった父の影響で兄とともに歌舞伎の世界に入る。府立第七中学を卒業後、1929年に二世市川左団次に入門、1933年に前進座に入り、市川莚司を名乗る。まるまるとした肢体に似ぬ精悍さで、山崎進蔵(河野秋武)、市川扇升とともに前進座の若手三羽烏として活躍する。同年には大日本自由映画プロの『段七しぐれ』で映画デビュー、その後は山中貞雄監督の『河内山宗俊』(1936年)や『人情紙風船』(1937年)などに出演し、中堅俳優の一人として広く知られるようになる。

兵役を1933年に伍長勤務上等兵(後の兵長)で除隊し終えていたが、1943年に陸軍衛生伍長として応召。ニューギニア戦線で、兵士たちを鼓舞するための劇団づくりを命じられ、長谷川伸戯曲の『瞼の母』などを演じる。舞台に降る「雪」に故国を見た兵士たちの姿を描いた記録は、小説『南の島に雪が降る』に結実する。なお、その時劇団で一緒だったのが、漫画家小林よしのりの祖父である。戦後もたびたび彼の寺を訪れていたという。

1946年に復員するも、直後に戦地でかかった悪性マラリアが再発し、一時は危険な状態が続く。回復してからは再び役者として活動するが、左傾した前進座に嫌気が差して退団、兄の国太郎、姉の貞子とともに神技座を結成するも、運営が上手く続かず映画入りを決意する。1948年からは大映京都と専属契約し、同年の東横映画『五人の目撃者』では作品が現代劇であったことから、歌舞伎役者くさい莚司という芸名から加東大介に改名する。

1950年に黒澤明監督の『羅生門』に出演したのち、1951年秋にフリーとなり東宝に移籍する。以降、『生きる』(1952年)『七人の侍』(1954年)『用心棒』(1961年)をはじめ、黒澤作品の常連として出演。特に『七人の侍』では主役の七人のひとり・七郎次を演じる。1952年に黒澤脚本の『決闘鍵屋の辻』、成瀬巳喜男監督の『おかあさん』での明朗できびきびとした演技が批評家から絶賛され、1952年度の毎日映画コンクール、ブルーリボン賞の男優助演賞を受賞、1955年には今井正監督の『ここに泉あり』、内田吐夢監督の『血槍富士』で2度目のブルーリボン助演賞を受賞した。

   フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋


-------------------------------------------------------

●minmiさん
前進座の俳優さんたちが総出演した映画です。
このころ加東大介さんも前進座に所属していたんですけど、
舞台をごらんになってるとは……、もう奇跡的なお客様ですよねえ(笑)。
といっても、戦後の再演なのでしょうけど……。
私は前進座の「河内山宗俊」は観ているのですが。(1967年ころ?)
加東大介さんについては上に「ウィキペディア」より引用しました。
レンタル屋さんで見かけたらぜひごらんください。
ほんとにとても素晴らしい映画です……。

●minmi さん
昔は映画が最大の娯楽でしたから、おとうさん、
minmi さんを連れていくと喜ぶと思ったんじゃないですかね?
それともおかあさんに対する口実でわが子を……?(苦笑)
私の場合は、おやじが実家の庭で村人相手に映画やったり、
ドサ廻りを呼んでやらせたり……。
物心ついたころからそれ観て育ったせいか、
ほんと映画好きで、中学のころは日曜日になると
よく1人で隣町まで2時間近く歩いて映画観に行きました。
その映画館は当時の子どもにはいちばん合わない
「松竹」系でしたけど……(笑)。

●ソルロンタンさん
はじめまして。山中貞雄は5年間で26本撮ったけど、
現存するのはわずか3本らしいんですよね。
その3本やっちゃった新潟はほんとすごいとこ、いいとこです(笑)。
それをごらんになったソルロンタンさがすごくうらやましい……。
私はみんなビデオでしか観てなくて……。
物語の展開、映像もさることながら、映画の精神というのか、
山中貞雄の心、姿が凛として、ほんとうにきれいだなあ、と感動します。
しかしビョンフォン・ファンは映画通というか、ビョンフォン以外にも
いい映画をごらんなってる方がけっこういらして、びっくりします……。

●sinoさん
情報ありがとうございます。
はい、お察しの通り、稽古が大変で観てる暇がありません。
家に帰る暇も、医者に行く暇もないくらい…(笑)。
でも、みなさん、ぜひごらんくださ~い、
と私も声を大にして言いたいですねえ…。

●sinoさん
お~っ、例によって、sinoさんが振り回されてるぅ…?(笑)
もしかしたら、NHKはsinoさんを振り回すために
放送時間をコロコロ変えてるのかも、と思ってしまいました(笑)。
ところで岩木山、てっぺんはもうそろそろ
雪を戴くころなんでしょうか…?
岩木山にもどうぞよろしくお伝えください…(祈)。

●てっせんさん
そうですか。アンケート韓国映画歴代NO1は、
「誤発弾」という作品なんですか…。
その作品を観ずして韓国映画を語ってる私は、
いやあ、大詐欺師ってことなんでしょうねえ。
みなさんに申し訳ない気がしてきました…(笑)。
ところでお師匠さん、
「誤発弾」、ビデオ化、DVD化されてるんでしょうか…?

●sinoさん
あらら、「河内山宗俊」録画失敗ですか。
めちゃくちゃ面白い映画なのに…(笑)。
しかし失敗をしないsinoさんをまだ見たことがないので?
まあ、いかにもsinoさんらしくていいと言いますか…(笑)。

●チュモニさん
あ、ですよねえ、チュモニさんがむかしお住まいだった町は
江戸文化の名残りがすごく強く残ってるところだもんなあ、
と拝読してて、改めて感じ入りました…?
お話ついでですが、昭和30年代半ばのころですが、
私の兄も一時期、東映映画館の看板を描いてて、
よくその映画館に連れてってくれたものです。
もっともタダというわけには行きませんでしたが…(笑)。
この映画を、教えている学生たちに見せたら、みんな、
ひとが死んだのにあんなドンチャン騒ぎをするなんて
長屋のひとたちはひどい、と言ってました(笑)。
むかしのお通夜の風習を教えてくれるひとなんて、
もういないんでしょうね。
ちょっと淋しくなりました…。

●sinoさん
「ラオ屋」さんて何でしょうね。
じつは私も知りません…(恥)。

●チュモニさん
はいはいはい、映画でなんどか見たことがあります。
あれが「ラオ屋」さんですかあ。
蒸気でキセルの掃除を…。いやあ、感動…(笑)。
しかし九州の田舎ではあんなひと一度も見かけたことないです。
チュモニさん、やっぱり江戸っ子なんですねえ…!(笑)

●sinoさん
風流。いいですよねえ。
この何十年か、風流なものとはほとんど縁がないです。
そういうものも、ほとんど見かけなくなりました。
日本人の暮らしがどんどん貧相になってきたから
なんでしょうかねえ…。
風流満点だった中野光座もなくなります。
ああ、淋しい。こうなったら、芝居、
岩木山の麓に丸太小屋組んでやりますか…(笑)。

●チュモニさん
「刀を持たない庶民の暮らしは、翌日から
何事もなかったように逞しく続いていくのだ」…。
すてきな捉え方ですね。
そういう意味で言うと、又十郎も新三も、
逞しく生きていくために、時々、庶民が差し出す、
天への贈りものだったのかもしれないですね…。
いずれにしろ私もこの作品の主役は、
じつは長屋の住人たちなのだとおもいます…。
あ、私の別のブログ「こんな日は旅に出よう」にも、
sinoさんが撮影して送ってくれた岩木山の写真を
掲載してるのですが…(笑)。

●チュモニさん
ニュース、私もびっくりしました。
ヤクザ絡みの女にひっかかるなんて…、
まあスターの宿命みたいなものかもしれませんが、
それにしてもビョンホン、まったくおひとよしすぎますねえ…!
去年の夏、秋田、青森へ取材に行った帰り、
夕日が沈んでいく岩木山を眼前に見ました。
あまりの美しさにしばし呆然と見惚れてしまいました。
むかしは東京からも富士山がすぐそこに見えたんでしょうね…。
「人情紙風船」、江戸っ子の方はもう
私らとなんか全然観るところが違いますねえ。
うらやましい限りです…!(笑)

●sinoさん
私はごくごく普通の人間ですよ。
座員に「そうだよね?」と聞くといつも笑われますが、
いやあ、私ほど普通の人間はいないんじゃないかと思います(笑)。
ですねえ、チュモニさんは江戸っ子、てっせんさんは東京っ子(笑)、
sinoさんは本州の北端、私は九州の南端…、おお、日本征服(笑)。
そういう人間どもが60年後、「人情紙風船」を借りて
ついにはまったく映画と関係ないことを喋って楽しんでる…(笑)。
山中貞雄もそんなこと想像だにしなかったでしょうねえ…(笑)。
きっと草葉の陰で呆れたり喜んだりしてるのでは
ないでしょうか…(笑)。

●sinoさん
では、北はsinoさんにお任せして、南は私めが…。
といっても、いまは私、千葉のほうに住んでるんですが…(笑)。
この作品、ようやくごらんになっていただけたようで、
山中に代わりましてお礼申し上げます。
「子供の頃には未だあんな家並みのなごりがありました」
ん? そう言えばsinoさんも、弘前の城下町育ちでしたね…(笑)。
長屋の連中が喜びも悲しみもともに生きてる感じがあって、
ほんと、この作品、私も大好きですねえ…。
山中貞夫、たしかにこの作品が代表作ではちと寂しいなんて
言ってましたが、代表作を残してない監督たくさんいますから、
ちと贅沢ということで…?(笑)
あ、例によってのsinoミス(笑)、こっちじゃ消せませんので
このままにしておきましょう。
いかにも「ラクガキ」って感じがあって、
私はけっこう好きなんですよね…(笑)。

ありがとうございました。

クリッとしていただけると嬉しいです
使い捨てコンタクトレンズ★安い・早い・確実にお届け★
デメカル血液検査キット


にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

ブログん家


●86分 P.C.L./東宝 ドラマ/時代劇

演出: 山中貞雄
製作: 武山政信
原作: 河竹黙阿弥
脚色: 三村伸太郎
撮影: 三村明
編集: 岩下広一
音楽: 太田忠
演奏: P.C.L.管弦楽団
録音: 安恵重遠

出演
中村翫右衛門 髪結新三
河原崎長十郎 海野又十郎
助高屋助蔵 家主長兵衛
市川笑太郎 弥太五郎源七
中村鶴蔵 金魚売源公
坂東調右衛門 按摩籔市
中村進五郎 夜そば屋の甚七
中村公三郎 流しの与七
市川岩五郎 古傘買ひの乙松
市川菊之助 錠前屋の兼吉
沢村比呂志 磨師の卯之公
山崎長兵衛 徳兵衛
坂東みのる 吉兵衛
山崎進蔵 源七乾分猪助
市川莚司 源七乾分百蔵

江戸の貧乏長家で浪人の首吊りが発生、役人が調べに来る。 新三は、長屋の連中で浪人の為にお通夜をしてやろうといい、大家を説き伏せて酒をせしめる。お通夜が行われるが、長屋の連中は酒がただで飲めると喜び陽気な馬鹿騒ぎを行う。 その長家にいる浪人の海野又十郎は、父の知人の毛利三左衛門に仕官の口を頼みに行くが、邪険に扱われ相手にしてもらえない。 毛利三左衛門は白子屋のお駒をさる高家の武士の嫁にしようと画策している。がお駒は番頭の忠七とできている。
一方髪結いの新三は、自分で賭場を開いていたが、ヤクザの大親分弥太五郎源七の怒りを買い散々な目にあってしまう。そのせいで金に困り、髪結いの道具を質屋の白子屋に持ち込むが相手にしてもらえない。海野又十郎は、懲りずに何度も毛利三左衛門に会いに行くが、ある日どしゃぶりの雨の夜に「もう来るな」といわれてしまう。
その同じ日の夜に忠七が店へ傘を取り帰っている時に白子屋のまな娘、おこまと出会った新三、彼女を自分の長家に連れて帰ってしまう。白子屋の用心棒をしている弥太五郎源七を困らせる為だ。 誘拐を知った白子屋、嫁入り前の大事な時だと源七らを使って、長家におこまを引き取りにくるが、新三は源七らを追い返してしまう。 その後、大家の計らいで、おこまは無事、白子屋へ帰され、大家と新七は50両の大金を得、その夜、その金で宴会をする。 誘拐の片棒を担いだ又十郎も分け前の金をもらい、宴会に行くがそれを知った妻のおたきはとんでもない行動にでる……。

この記事へのコメント

minmi
2008年05月06日 16:47
この作品、確か、前進座で舞台上演してたという記憶があるんです。
私は映画では見ていなくて、親に強制連行されて、芝居として見た記憶がかすかに…。
本当に、河竹黙阿弥の作品って、庶民感情が生きていて、本当に心から共感できるので、最高です!!

加東大介さんって、市川莚司って名前だったのですか?
もしかして、歌舞伎俳優出身だったのでしょうか!?
minmi
2008年05月08日 18:08
加東大介さんって、そうなのか。
前進座のご出身だったのですね。
沢村貞子さんの弟さんというのは、そう言われれば、聞いたことがあります。
すっかり忘れていましたけど。
父の友人の妹さんが前進座所属の女優さんだったので、舞台を半強制的に見させられてたもので、長いこと忘れていました。
前進座だったと思っていたのですが、もしかしたら違うかもしれません。
子どもの頃は、劇団とか役者さんのことを知らなかったから(今もあまり詳しくないですけど)、記憶がかなり曖昧なんですよね。
映画も芝居も、好きになったのは、自分のお金で自分で演目を選択できるようになってからでした。
子ども時代は、劇場に行かされるのが嫌で嫌で、映画も芝居も、好きじゃなかったです。
ソルロンタン
2008年05月09日 00:09
山崎さん 初めまして。

この映画は10年以上前に地元(新潟)のミニシアターで観ました。この監督の特集で他2作品も上映されたような記憶が。(多分)
当時、「幻の名画」を見るため時間をやりくりして何とか「人情紙風船」の上映に駆けつけました。

今も強烈に蘇るのはあの紙風船のラストシーンです。
何とも言いようのない絶望感、厭世感、悲壮感が。(ずっと死が付きまとう)

人情なんてものは紙風船よりも軽いもの・・・
アァ~~ 寂しいなぁ・・・

監督自身、出征直前で暗く重苦しい世相の中、明るい希望に満ちた作品などとても作る気分ではなかったのか、でも、国を挙げて戦争に突き進むあの時代、よくぞこのような作品を作ったものだ、等々いろいろ考えてしまいました。

今、考えてみると奇跡のような作品ですが神様は天才をさらって行ってしまいましたね。

実は私は韓国映画(10数年前から)とイ・ビョンホンさんの大ファンで山崎さんのビョンホンさんやその作品に関するコメずっと読んでおります。
演出家としての見方、ご意見とても嬉しいです。
遂、長々と失礼致しました。


sino
2009年11月04日 20:02
こんばんは!
山崎さんは忙しくて、コメントを見てはいられない時期でしょうが・・・

「この映画を見ないで日本映画を語るの はサギだと思うよ」
とまで言ってらっしゃるので、あえて書き込みます。

NHK BS2で3作品が放映されます。
11/9 1:10~
   「丹下左膳余話 百万両の壺」
11/10 1:05~
   「河内山宗俊」
11/11 1:05~
   「人情紙風船」

ぜひ、観たいと思っています。未見の方
は、この機会にいかがでしょうか。
失礼いたしました。
sino
2009年11月05日 21:28

すみません、放映時間が変わっていました。3作品すべて、午後1時からの放映です。 チラと、予告見たのですが良さそうです。 楽しみです。では!
sino
2009年11月09日 07:59
おはようございます!
すんませ~ん。
またしても、変更なんですけど…。
本日9日は国会中継のため
「丹下左膳余話 百万両の壺」は明10日
午後1時からになり、ひきつづき2時50分
から「河内山宗俊」という事になちゃってます。もう、このお知らせに振り回されるはめに…、いえ、みなさんを振り回すはめになってしまって、申し訳ございません!。 とほほ…であります。



てっせん
2009年11月10日 00:37
今晩は
sinoさん、情報ありがとうございました。
振り回されてお気の毒です・・・(笑)
録画予約、しておこうかと思いますが、やり方がよくわかりませんので、めんどくさくなってやめちゃうかも・・・(笑)

「人情神風船」はだいぶ以前、NHKBSだったかで観たことがあります。あとを曳きましたねえ。
おなじように、いえさらに重苦しくあとを曳いた映画が、韓国にもあります。
60年に作られたユ・ヒョンモク監督の「誤発弾」という作品です。歴代最高の韓国映画は・・・というアンケートが行われるたびに、第一位に選ばれていました。もっともこのアンケートは、映画関係者対象なのかもしれませんが。
今年の東京国際映画祭でも上映されたらしいです。
山中貞夫の「人情神風船」を観ずして日本映画を語ることなかれ・・・となれば、ユ・ヒョンモクの「誤発弾」を観ずして韓国映画を語ることなかれ・・・というふうになるかもしれません・・・(笑)
失礼しました
てっせん
2009年11月10日 00:40
ああ
これだから、パソコンの変換は油断できません。人情紙風船が、神風船になってました。
う~ん、これぞ誤発弾・・・(笑)
オユルシを・・・
sino
2009年11月12日 13:53
うわっ! てっせんさんだ。
助けに来てくださった。
いつも、ありがとうございます。
私、またもや一人相撲を取ってしまいました。…(笑)しかし、”人生神風船”って、かなりオモロかったです。たった一文字違いなのに、まるでダイナシだ。
まさに神技です。…(笑)
てっせんさんがドジると、私は、親しみが湧いて嬉しくなります。(ヤレヤレ)
此処のところ、山崎大先生ご不在なのにチラリホラリと書き込みがありますねー。(イイことだ)
でも、大先生が居ないと、「チト、サビシイ」と思っていたら、 …あらら、大先生もお立ち寄りくださって、きっと、てっせんさんのニオイがしたんですよ。(…煮込みとホッピー?)
しかも、師匠ご推奨の「誤発弾」に、集中力乱されたかも…。(笑) 「誤発弾」かなり重そうだ。観るのに勇気が要りそうだけど、是非参戦したいですね。
それにしても、てっせんさんの博識にはオドロキです。

「山中貞雄を語る」および3作品を録画予約したつも
りでしたが、「河内山宗俊」が失敗でした。あんなに
細心の注意を払ったのに~ …ま、いつもの事です。
観たら、コメントしま~す。


チュモニ
2009年11月12日 14:01
sinoさんのお蔭で観ることができました。ありがとうございます。
はす向かいの映画館の看板を描いている家の子が幼馴染で、顔パスで『東映系時代劇』を観て育ちました。(笑)
二軒長屋の我が家も、雨が降るとバケツだか鍋だかが出動していましたし、家の前をラオ屋がピーピー音を立てながら通っていましたし、金魚やさんもね…。
さすがに車輪付きでしたけど。(笑)

「あんまの市」はヤッパリしたたかで、「髪結い新三」は軽い男と見ていたら、どうしてどうして肝が据わって凄みがあるし、不器用な落ちぶれた「浪人と妻」との会話も、「長屋の住人」のドンちゃん騒ぎも、なんだかファミリアーなものとしてスンナリ受けとめている自分に、ちょっと驚きました。

キリリと構えてはいても「妻のおたき」が胸にいっぱい溜め込んでいる様子に、「もうひとつお弔いが出そう」な気が、してはいました。
(夫が病人でなかったら、一人で旅立っていたかも…。)

刃傷沙汰になっても血を見せない演出が好きでした。
「紙風船」が流れていくさまに余韻が残ります。
sino
2009年11月13日 00:41
チュモニさん今晩は!
騒いだ私がまだ観てない。…(笑)
だから、チュモニさんのコメントもさささぁーと見ています。見た感じ、私も同じようなコメントになりそうなんで…
って言うのも変ですよね。…(笑)
大好きな?一人相撲かと思っていたら、
てっせんさんやチュモニさんからコメントいただいて、ほんと、なんか温かな嬉しさに浸っているところです。
チュモニさんの育った環境描写、時代の匂いを感じさせる名文ですね。思わず、頭の中に絵を描いてしまいました。

ところで「ラオ屋」ってのは何ですか?
其処だけが描けなかったんです。…(笑)

チュモニ
2009年11月13日 08:54
sinoさん、おはようございます。
山崎さんのお留守をいいことに、ちょっと遊んでしまいましょう。(笑)
ラオというのはキセルの管の部分で、ヤニで詰まるのを掃除してくれるのがラオ屋さん。
私が見たのは、リヤカーの上に箱型のものを載せたような形で、後ろ側に沢山のキセルがぶら下がっていました。
箱?の中に道具一式があって、「ピーピー音」はたぶん「蒸気」の音だったと思います。
軽い汚れなら「こより」で充分ですけど、頑固になるとラオ屋さん頼み。
大好きなおじいちゃんに頼まれてよく持って行きました。
あぁ、なつかしい…。

ところで、「又十郎」を勝手に「病人」に仕立ててしまってゴメンナサイ。
「病弱」と書くはずが…。(笑)
sino
2009年11月14日 15:22
チュニモさん!(…ん?)
おっと、チュモニさん(汗)コンニチワ!
すみませ~ん、覚え易いように覚えてしまう癖があるもので…。(笑)

「山崎さんのお留守をいいことに、ちょ っと遊んでしまいましょう。」
なんて魅惑的なお誘い。ガッテンですとも!。…(笑)
さっそく、「ラオ屋」についてお答え下さってありがとうございました。
そんな、風流な商売だったのですね。
私もかなり・・・人間と自負しておりますが(笑)、残念ながら記憶に無いようです。でも、煙草盆、キセルは目にしてますから、想像はできます。チュモニさんの説明、ホントに、絵が浮かぶんです。映画のワンシーンのようですよ。おかっぱでタスキのついたひだスカート、赤い鼻緒の下駄を履いた少女がチュモニさんですよ。少しズレはあるかも知れませんが、「あぁ、なつかしい」が共有出来て
とっても楽しませていただきました。

山崎さんも言ってましたが、私には毎日
仰ぎ見る大好きなお山があります。
「岩木山」…いわきさんと読みます。
てっぺんは、もう白い姿です。秋は急ぎ足で過ぎ、雪をまとった冬がすぐ其処の曲り角から登場する機を計っています。
雪は楽しむより、大変という歳になって
しまいましたが(笑)、お山は崇高な美しさに変わります。

山崎さ~ん、舞台の成功をお願いしましたよ~。 
この場を借りちゃった! …(笑)。
チュモニ
2009年11月15日 00:40
まーだ遊び足りなくて…。(笑)
(山崎さん、どうぞ お目こぼしを…。)

「赤い鼻緒の下駄」は買ってもらえなかった気がします。なにしろ貧乏人の子沢山。
「お母ちゃん、紙芝居が来たから、五円ちょうだい」と言うと「ご縁があったら、又おいで」と毎度かわされてた記憶があるので…。(笑)
でも、そのほかはドンピシャリ!おかっぱでタスキの付いたひだスカート。
「早く大きくなれよ。楽しみにしてるからな」と通りがかりの学生たちから声がかかるような子で…。(もう時効だから自分で言ってしまいます。(笑)

借金取りが来ると「お母ちゃんは いないって言うんだよ」とサッと押入れに隠れてしまう母でした。
むりやり転校させられた学校で「汝、偽証するなかれ」と教えられたばかりだったので、「地獄に行く」のかと思って恐ろしかったです。(笑)
両親の奮闘のおかげで、九つの時に転居してしまいましたが、「落語の人情話のような世界」が私のルーツで、そのせいか映画のラストで「紙風船」が儚く流れて行くのを見た時に、無常を感じるより「刀を持たない庶民の暮らしは、翌日から何事もなかったように逞しく続いていくのだ」という事の方を強く感じましたよ。

先ほど『岩木山』を検索して、美しい写真をたくさん拝見してきました。
『津軽富士』といわれるのも尤もで、本当に素晴しいお山ですね。
毎日仰ぎ見ていらっしゃるなんて、うらやましい限りです。
季節の移り変わりを、お山が真っ先に教えてくれるのでしょう。
寒さに向かいますから、足元を温かくしてお過ごしくださいね。
山崎さんも、お医者様に行かれる時間は絶対、最優先で確保なさってください。お願いします。



チュモニ
2009年12月10日 16:32
「こんな日は旅に出よう」にお邪魔して、遅ればせながら『sinoさん撮影の岩木山』を拝見。昨夜の辛いニュース(!)でささくれた心が癒されました。ありがとうございます。
母が郷里の武甲山・三峰山の名を口にするたびに、なんともいえない可愛い表情をしていたのを思い出します。地元の人々にとって毎日仰ぐお山は、殆んど信仰の対象のようでした。
石灰石採掘で日々形の変わる山でさえ、そうなのですから、堂々たる独立峰の岩木山は推して知るべしですよね。
sinoさんがどれほど敬愛をこめてお山に向かい、シャッターを切られたことか…、想像するだに胸が熱くなります。
ありがとうございました。

「たすけ君の小屋」「一平くん」「岸田先生」となんだか宝の山も発見!
ゆっくり探訪させていただきます。
それにしても「栴檀は双葉より芳し」ですね…。

突然「あんまの市」に戻ります。(笑)
「強かだ…」と呆れたのは、自分のキセルを盗られた時、慌てず騒がず「どうせ通りが悪くなってたんだから、早晩ラオ屋に出すだろう」と読んで、首尾よくきれいになったところでキセルを取り返したシーンです。
それで思い出したんですよ、「家の前を通ってたラオ屋さん」を…。(笑)

こんなに書き込みをするなんて、私らしくないです。
当分、自粛します。(笑)
sino
2009年12月12日 20:16
こんにっちは~!
山崎さん、てっせんさん、チュモニさん
快調に書いてらっしゃいますね。何とも言えずうれしいです。山崎さんは、公演が終わって即、ここに復帰されるなんて、やはり、ふつうの方ではありませんね。 遡って、律儀にコメント下さってるのには感激でした!。(ちょっと、笑いも込み上げたけど…。)
チュモニさんは、江戸っ子なんですね。
それで、今は、修道女見習のような方で、昔はおきゃんで可愛らしい少女だった方で…。思いっきり、ホームズみたいになってる私です。…(笑) 
そう言えばてっせんさんも江戸っ子だしねぇ…。山崎さんは、南の端っこで、私は北の端っこだよな~。
だから、どうと言う事じゃなくて、なんか、面白いな~と。
チュモニさん、私、過去にいっぱい、しかも映画に何の関係も無いことを書きまくりまして…「私って自開症?」と思ったこと何度もありましたよ~。山崎さんに呆れられて「君ィ~、なんか勘違いしてやしませんか?」と言われるんじゃないかと、送信後、心配になったりして!
でも、大先生はたっぷりコメント下さったり、あっさりということもありますが、私はいつもほっとしましたよ。
いっぱい書いちゃうというのも私なんですよ。私も自主規制するタイプなので、あ~、そんな気分に陥るのって分かるな~と。 しかし今じゃ「失敗しないsinoさんは見たことがない」と、見られたことのない大先生に言われるまでに成長いたしましたぁ!。(それでいいのか!) チュモニさん、あんまり長いこと自粛しないでね。
それと、岩木山の写真みてくださってありがとうございます。簡単なデジカメ写真でお恥ずかしいのですが、カメラマンは三流でも山は一流だからいいんだよ。と言い訳してます。チュモニさんのコメントに自分の事だということを忘れて、感涙いたしました。…(笑)

sino
2009年12月15日 10:05
山崎さん、おはようございます。

此処は私の遊び場となっております。
勝手に申し訳ございません。…(笑)
気まぐれに、気楽に訪れることが出来るのも、山崎さんの "いつでもウェルカム" の気持ちが伝わるからだですよね。
(本人に聞いてどうするの!)

・・・北は私が守りますんで!(って、急になんだよ。) …(アッハッハッハックックックッくぅ~) よろしくお願いいたします。

「人情紙風船」まだ、ざっと、1回観ただけです。雨が降って、泥んこになるような土の感じ、私の子供の頃には未だあんな家並みのなごりがありました。雨が降っている地面をじっと見つめていた子供の頃の自分の視線につながっていくよ
うで、引き込まれました。 どの役者さんも、自分はうまく演じてるんだぜというような感じが少しもないように思われて、つまり自然で、表現はあっさりしてるんだけど、熱い血がかよってる人間として描かれてるところが後味がとてもい
いのです。人は、こんな時こんな気持ちになるものだ、損得ばかりでもないもんだ。でも、現実はごまかしちゃいけないもんだ。今日、笑っていられても、明日はどんな風が吹くかもわからない。それを、胸に秘めて生きてる。
…実際は、今も変わってないですよね。
山中貞雄は、「人生紙風船」が山中貞雄の代表作では「ちと、さびしい」と書き残しているようですが、月並みですが、
残念なことでした。監督ご本人の風貌がとても印象的ですね。




伝わるからですね。
ほんと、ふつーの方に話すように、今は
sino
2009年12月15日 10:11
↑あわてて書くと、消し忘れが…!
消していただけるものなら、お願いいたします。申し訳ございません。

この記事へのトラックバック