ユ・ヘジン__俳優

ユ・ヘジン(韓国)


画像画像画像










1970年、忠清北道 清州(チョンジュ)生まれ。
チュンチョン(忠清)大学衣装学科。ソウル芸大演劇科卒業。

作品
1997 「ブラック・ジャック」
1999 「アタック・ザ・ガス・ステーション!」
1999 「SPYリー・チョルジン 北朝鮮から来た男」
2001 「風林髙(新羅の月夜)」
2001 「MUSA-武士-」
2001 「公共の敵」
2002 「ライターをつけろ」
2002 「ジェイル・ブレーカー」
2002 「コースト・ガード」
2003 「蝶」
2003 「英語完全征服」
2004 「氷雨」
2004 「風の伝説」
2004 「達磨よ,ソウル行こう」
2005 「公共の敵2」
2005 「血の涙」
2005 「麻婆島(マパド)」
2005 「このまま死ねない」
2005 「強力3班」
2005 「王の男」
2006 「約束」
2006 「いかさま師」
2006 「夏物語」
2007 「里長と郡守」
2007 「息子」
2007 「クォン・スンブン女史拉致事件」
2008 「カン・チョルジュン 公共の敵 1-1」

テレビ
2004 「土地 キム・ピョンサン」
2006 「黄金漁場」

舞台
「千年の囚人」
「鳥は横断歩道を渡らない」
「春風の妻」
「父子有親」
「きつねと恋」

受賞経歴
2006 第43回 大鐘賞映画祭助演男優賞(王の男)


中学校時代、故チュ・ソンウンのモノドラマ<私たちの役者>を見て「演劇をする」と決心し、演劇映画科の扉を3度でもたたいたがすべて落第する。
高等学校卒業後、両親の反対で演技とは全く違う衣装学を専攻する。
しかし演劇人としての夢を捨てきれず、大学時代に清州(チョンジュ)の劇団青年劇場で暮らすようになった。
除隊後、ソウル芸術大学への編入に合格し、本格的な演技修業ができる機会をつかんだ。
1997年、芸術専門大学を卒業し、劇団木花で一生の恩師オ・テソク先生に会う。
劇団木花で<千年の囚人><鳥は横断道路を渡らない>などに出演し、名前が知られ始める。
1997年、チョン・ジヨン監督の助監督アン・ビョンギ監督に注目され、<ブラック・ジャック>で映画界にデビューをする。
以後、結構比重ある映画で主にヤクザとチンピラをはじめとする三流人生の役を主にしてきたが、徹底した準備性といつも努力する姿勢で主演に劣らない演技で人々に深い印象を植え付けている。
2007年には<里長と郡守>でチャ・スンウォンの相手役で初めての主演俳優を経験した。


クリッとしていただけると嬉しいです
使い捨てコンタクトレンズ★安い・早い・確実にお届け★
デメカル血液検査キット



にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

ブログん家



●てっせんさん
うれしいですねえ……!
もう、てっせんさんのおっしゃる通りです。
俳優のセリフとは言葉(意味)であると同時に「音」です。
書かれた言葉を「音」にするわけです。
そのセリフや物語のイメージを「音」として表現するわけです。
人間は普段、無意識にそれをやっているわけですけど、
そのセリフをどういう音にするか、どういうリズムにするか、
そこで俳優としての才能はもう99%決まってしまいます。
優れたミュージシャンが演技をすると、
そこいらの俳優よりはるかにいい演技をするのはそのせいです。
音にとても鋭敏だからです。
優れた俳優に共通しているのも、とても音感が優れているということです。
ですから、「目で芝居をするな。耳で芝居しろ。人間の基本は耳だ」
と私はこの40年、現場で絶えず言い続けてます……(笑)。
演出も目ではやりません。
どこぞの演出家とはまったく反対に、ほとんど目を瞑っていて?
耳(全身)で舞台(世界)を構成していくやりかたをとっています。
音感のよいものはどうして無意識が豊かだと言えるのか……?
私の考えはかなりはっきりしています。
胎児(人間)の感覚が「耳(音)」から始まるからだとおもいます。
世界を音として感受しはじめるからだとおもいます。
私の敬愛する三木成夫さん(解剖学者・故人)は、
人間の鼓動(心音)は波のリズム(音)で、
波のリズムは月のリズムだと繰り返し語っていましたが、
胎児から乳幼児期にかけて、この世界や宇宙が発する音を、
あらゆる音を鋭敏に受け止めたものほど、
豊かな無意識を形成するのだろうとおもいます……。
ついでですが、臨死体験者が、
天井のほうからベッドに横たわっている自分を見たりするのは、
耳の感覚は最後まで生きていて、
そこで聞こえる音(医師や家族の声、騒音など)を
「視覚(映像)」に変換しているからだと言われてます。
脳内の神経回路を切り替えると、音が視覚化されるのです。
その実験はすでにアメリカで行われ、明らかにされていることです。
もっともアメリカもさすがに近頃は「生体実験はいかん!」と、
そうした実験は行っていないないそうですが……(笑)。
てっせんさんの洞察がうれしくてつい本気で書いてしまいましたが(笑)、
ユ・ヘジンの「アタック・ザ・ガス・ステーション!」、
あしたツタヤに行って探します!
告白しておきますと、
私はじつは超くだらない映画ほど面白がるタイプです……(笑)。

●てっせんさん
いやあ、てっせんさんにすごく的確に、明確にまとめていただいて
感激しています。私が言いたかったことは、もうその通りです。
てっせんさんのように簡潔に言えばよいのでしょうが、
それではちょっと伝わらないかなあとおもって
長く書いてしまった次第です……(笑)
もとをただせば、ビョンホンを通して
俳優の起源を明らかにしたかったというのでしょうか。
かれのような俳優は評価されにくい趨勢にありますので……。
好き嫌いは別にして、これだけたくさんの女性を心酔させるのは
ちゃんとした理由があるんだよ、と言いたかったというのでしょうか……。
てっせんさんの文にちょっとだけ加えさせてもらうなら、
芸能の始まりは「歌舞音曲」だということを忘れてはいけない、
ということでしょうね。つまりは、てっせんさんのおっしゃった「音」です。
ひらたく言えば、音に合わせてからだを動かすということ……。
のちに芸能は「ことば」によってさらに展開、深化されてはいきますが、
人間にとっての世界の始まりは「音」なんだ、
人間は世界を音として捉え、音として表現しようとした、
あるいは音を身体的に表現しようとした、
そこが表現の始まりなんだよ、ということです。
いやあ、てっせんさんのおかげで助かりましたあ……(笑)。
お礼申し上げます。
あ、みなさん、ここ読まないと損すると思いますけどね……(笑)。

●てっせんさん
演劇は人間の行為の一切が含まれているので、
やっててものすごく面白いんですよね。
演劇をやっていないひとにとっては、
公演で舞台を観るのがすべてもしれませんが、
やってるものにとっては、
上演は演劇行為のほんの一部になってしまいます(笑)。
そんな私(の考え)にお付き合いいだき、
てっせんさんにちょっと申し訳なかったかなと……。
すいませんでした(笑)。
「アタック・ザ・ガス・ステーション!」
利用しているツタヤにありませんでした(泣)。
劇団員総出で探します(笑)。

●スクリーンさん
「間」は相手との、あるいは「もうひとりの自分」との呼吸で、
喋ってるときより、喋っていないときのほうが、
「間」のほうが演技は大事なんでよね。
「氷雨」「血の涙」とりあえず私のほうで探してみます。

ありがとうございました。



この記事へのコメント

てっせん
2008年08月05日 23:39
こんばんは
今宵はこちらに書かせていただきます。
私がユ・ヘジンを初めて見たのは「アタック・ザ・ガス・ステーション!」ででした。
チンピラ役で登場してきたんですが、なんちゅう顔をしとるんだとビックリするくらい、インパクトありましたねぇ(笑)
で、彼が劇中歌を歌わされるシーンがあるんですが、体を揺するそのリズム感のよさに再度ビックリして、それ以来、忘れられない俳優になりました。

ここでふと思ったのですが、山崎さんのおっしゃる無意識の領分が豊かな俳優って、もしかしたら音感やリズム感もきわめて優れているんじゃないのでしょうか。

イ・ビョンホンも歌がうまいですし・・・
日本のかつてのスターたち、裕次郎、旭、哲也、健さん、勝新、渥美清、植木等、そして忘れちゃいけない、ひばり・・・まだまだいくらでもいますが、みんな歌がうまかったり、音感が優れていますもんね。

話題を戻しますと、「アタック・ザ・ガス・ステーション!」は主役陣も脇役たちもなかなかの曲者ぞろいで、けっこう楽しめますが、どちらかと言えばとってもお暇なとき用の映画かと・・・笑
てっせん
2008年08月06日 23:03
とても嬉しくて興奮しています。いろいろと示唆に富み、刺激的なお話(山崎さんの芝居術の秘訣まで!)を本当にありがとうございました。夏の特別講義をひとり受けちゃったような、ものすごく得をした気分です(笑)
おかげさまで、巫女としてのイ・ビョンホンという山崎さんの「発見」が、私なりにすっかり腑に落ちました。つまり・・・
☆芸能や芸術の起源としての祭祀
☆その祭祀を司る者としての巫女
☆そして巫女とは・・・    
①神や死者らが憑依しやすい無意識のカタマリであり(自意識に縛られた者には神も死者も憑依できない)
②芸能・芸術の原型としての古代の歌舞音曲などの体現者であり(当然、音感も極めて優れていなければならなかった)
③人々を酔わせひれ伏さすことのできたスーパースターであった。
☆そして現代の巫女は、映画俳優や歌手などに姿を変えて再生した・・・そのひとつの典型として、巫女としての、俳優イ・ビョンホンの誕生・・・というふうになるんでしょうか。
こう図式化しちゃうとつまらなくなっちゃうかもしれませんが・・・(笑)
長々と失礼しました。
てっせん
2008年08月07日 23:11
一昨日からの、大変読み応えがあり、知的にも大いに刺激されるご返事を、ほんとうにありがとうございます。
昨夜から、折につけ、音・無意識・憑依・巫女などというキーワードをめぐってさまざまなことを考えさせられています。
特に、胎児から乳幼児期にかけての音の体験については、これまで殆ど考えたことがなかったので、山崎さんのおっしゃることはとても新鮮でした。
とりあえず思い浮かんだこととして、開高健さんの「耳の物語」あたりから読んでみて、音について考えてみる手がかりの一つにしようかと思いました。

ありがとうございました

スクリーン
2008年08月08日 10:39
山崎様 こんにんちは

今日は、ビョンホン>夏物語>ユ・ヘジン 繋がりでなんとなくこちらを覗くました。

覗いて収穫あり。読み応えありました。
音感>>確かに必要でしょう。なるほど。。
てっせんさんが上げてる役者さん、かつて好んで観てた俳優さんです。歌旨かったですよね。

ビョンホンさんは間の取りかたも旨いと何かのコメントで読んだ気がします。この【間】も周りの【音】(空気)をキャッチ出来ない役者さんも多いのではないでしょうか。

ごめんなさい。ユ・ヘジンさんのコーナーでしたね。【氷雨】良かったですよ。ソン・スンホンさんとキム・ハムルさんの作品で、ユ・ヘジンさんは残念ながらどんな役だか記憶に無いのでもう一度見てみます。あとタイトル的に気になるのが【血の涙】ふたつとも所要してますので、ご覧になるようでしたら、次の会の時に持参致します。

この記事へのトラックバック