ブレス (2007)

[197]つねに他者として現われてみせるキム・ギドクの魅力……?


画像     久しぶりのキム・ギドク。
     いやあ、やっぱりすごいわ。
     感動で震えちゃったよ。

     「春夏秋冬そして春」以降、
     もっともギドクらしい傑作だよ。

     え、どこが?
     そうだなあ……。

なに考えてこんな物語作ったんだか、よくわからないところが……(笑)。

よくわからないとは言いかえると、
キム・ギドクが私の前に徹底して「他者」として、
「=私」ではない人間として現われてるってことなんだけどね。

まあ、どの作品もそうなんだけど、
そういうふうに私の前に現われてみせるのは
いまのところキム・ギドクだけなので、
強烈に惹かれてしまうんだと思うの……。


ところで、いちばんわかりにくいのは
なんたって妻ヨン(チア)の行動なんだよねえ(笑)。

夫の浮気が原因で夫とケンカした未明、
彼女は突然、死刑囚チャン・ジンに会いに行くんだよね、
元恋人だと偽って、自分にできることないかって……。

もちろん面識なんかなくて、
彼が収監部屋で2度目の自殺未遂を起こしたっていうニュースを
テレビで見たことがあるだけ……。

しかも、会うなり唐突に、
自分は9歳のころ5分間だけ死んだことがあるって、
子どものころの臨死体験の話をするんだけど、
おいおい、いったいどうしちゃったのよ……?(笑)

ジンは、自分の妻と子供2人を殺害して、
添い寝したあと、自分も自殺を図ったっていう男なんだけど、

かれの気持ちに、
自分の気持ちを重ねて見ようとしてるから……?

ヨンは、自分が死に面したとき、
ということは生存の危機に瀕したときってことだけど、
子供のころの臨死体験が蘇えるって言ってる。

ということは
夫の浮気が原因で自分が死に面し、臨死体験が蘇えった。
臨死体験のことを思い出した。

それで自分と同じように死に面しているジンに会いたくなった。
ジンに会ってなにかしてやりたくなったってこと……?

最初の面会のとき、
「二度と自分を傷つけないで」って言うんだけど、
そういうふうにしてあげたかったっこと?
自分自身のためにも……?

もうすこし言うと、
死に直面してるジンのこころを回復してやりたかった。
死に直面している自分のこころを回復するためにってこと……?

かもなあ、わかんないけど……。

4回目の面会のとき彼女は、
「ソクラ山へ美しい紅葉を見に行ったとき、
いまのあなた(ジン)と同じように紅葉を眺めている男がいた。
私はその男が好きになった」って言うよね。

その男とはつまりいまの夫のことで、
その夫の浮気が原因で自分が死に面したので、
その危機的状況を脱したい、
夫との関係をなんとか修復したいってことかなあ。

夫も、保安課長の部屋でこのシーン見てて、
このあと電話してきた浮気相手に別れたいって言うもんね……。

じゃあ、ヨンは
夫婦関係を修復するためにだけジンと会い続けたってこと……?

とてもそんな性悪女には見えないんだけど、
よくわかんないよお……(笑)。

しかも最後の面会では、
ジンにからだまで許しながら、
ジンの舌を噛み切ろうとしちゃうんだよね。

あれもよくわかんない……(笑)。
最初の面会で「自分を傷つけないで」って言ってたくせにさ。

自分がジンを傷つけるのはいいわけ?
そうやって浮気相手の女の舌と絡ませあう夫の舌を
切り取ってしまおうって魂胆だったの……?

夫が自分の行動を引きとめようとしても、
最後まで行くのは、
ジンとセックスするまでやめないのはなんでなの?

夫が言うように、夫にたいする復讐……?
違うと思うんだけどなあ。

じゃあ、
そんなことまでするあたしをあなたは許せる?
受け入れることができる?って逆に夫を試してるわけ……?

そうかなあ。よくわかんないよ……(笑)。

それに比べて夫(ハ・ジョンウ)の行動はまだわかる。

ヨンと出会ったころのことを思い出す。
自分の浮気で傷ついてるヨンのこころを理解する。
理解して、
やがて妻ヨンの不可解な行動の手助けまではじめる……(笑)。

そしてヨンが自分のもとに、
自分たち家族のもとに帰ってくるのを待とうとする……。

うん、男としてはわかりやすいかも……(笑)。


しかし、まだわかんないところがある。
キム・ギドク自身がやってる保安課長は何なのよ?(笑)

興味本位でヨンにジンとの面会を許可してるわけ?
モニターでずっと二人を見てるのは覗き見趣味?(笑)
いつも二人のいいとこで面会終了を告げるのは偽悪趣味?(笑)

いちばん考えられるのはたぶん、
処刑執行前に自殺されると困るので、
ジンに次の面会まで期待を持たせようとしてるんだよね、
わざといいところで中断させちゃって。

でも、なんかいやらしい雰囲気があって、
どうもそれだけじゃないような気がするんだよねえ……(笑)。


ということで結論は、
わかるようでなんだかよくわかんないよなあ、
ということなんだよね、私にとっては……(笑)。

どう受け取ればいいのかよくわかんないんだけど、
でも面白くてどうしても魅入っちゃうんだよねえ。

理由は単純……。

人間の心は一筋縄ではいかない。
とくに性(=恋愛・家族)にまつわる心は複雑に屈折して、
そう簡単にひと(他人)にわかるもんじゃない……、
ということをとても巧みに描いてみせてるからだと思うんだよね。

同じことなんだけど、
ギドクの作品が自分の心だけを描こうとする作家だから……。

自分の心を追いかけていくとこういう作品になる。
こういう物語になる……、と徹底して極私的に表現していくから。

だから私の前に不可解な「他者」として現われるんだけど、
そこのところがたまんなく魅力的なんだよね、私には……。
畏敬の念を感じちゃう……。

しかし、客はあまり入らないだろうなあ(笑)。
でも、こういう作品が映画を前に押し進めていくんだよね。

あっ、
「コースト・ガード」に出てたチアがここでもすごく光ってるよ。

もうひとつ告白しておくと、
私はやっぱり映像がスタティックな映画のほうが好きってことかな、
キム・ギドクの作品みたいに……。

物事を立ち止まってよく考えながら観れるから……。



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●チェブさん
すいません、書きあがりましたので、もう一度お読みいただいて、
それからまたコメントをいただけると……(笑)。
どの音楽が「夏物語」に使われていたんでしょう……?
「春の歌」ですか? あれはどこかで聞いたことがあるなあ、
と思って観てたんですけど……。

●tomotyan712さん
う~ん、「死刑囚を送り出す極限までに尽くす愛」ですかね?
私は、ヨンの愛はけっこう残酷だなと思ったのですが……。

●チェブさん
う~ん、チェブさんもいろいろと複雑に考えますねえ(笑)。
こうやって私もチェブさんもギドクの計略にひっかかってて、
ギドクひとりが笑ってるのかも……(笑)。

●tomotyan712さん
「彼女は、あの行為をすることによって、苦悩から抜け出し、
達成感があり、すっきりしたことは事実だと思います」
う~ん、一見そういうふうに見えますけど、
ほんとはどうなんだろうなあと思います。
それではまるで自分たちのためにだけ死刑囚を犠牲にして
しまったということになりませんか……?

●てっせんさん
いやあ、てっせんさん、凄い凄い凄い! 天才…!
「その後の映画の何本かは、もともと水棲だった生き物が、
いかに陸地に適応して生存していくかを描いたもの」…。
この1行で「春夏秋冬そして春」以降のキム・ギドクの謎が、
もうみごとに全部解けました…!(笑)
何本かではなく、あとの作品は全部それで解いていいのだと
思います。
私も彼が水の中から陸に上がって撮りはじめたことだけは
わかったのですが、陸で生きるためにメタモルフォーゼ(変態)
しはじめたんだとは考えが及びませんでした。
「うつせみ」について考えなさすぎたのがひとつと、
私が昆虫の生態についてほとんど無知だからでしょうね…(笑)。
かれは自分で自分の病いについて言及していますが、
たとえて言えば、自分のような病んだ人間が陸(都市)で生きるには
昆虫に変身していくしかないんだと言っているような気がします。

私がギドク教(笑)信者になってしまった理由も、
てっせんさの教示でよくわかりました。
私はここ10数年、ということはオウム事件以降ということなんですが、
人間の「死」を主題にしています。「死」というと大袈裟ですが、
人間が母親の胎内へ、そしてさらに胎内以前へと還る物語を
書き続けいます。人間が人間である以前、つまり動物→昆虫→
両生類→サカナ→微生物へと退行していく物語です。
その退行を「死」と解読しようとしているわけですけど、
ギドクはちょうど私と逆路を辿っているようです。
サカナ→両生類→昆虫という「生」の方向を。
あるいは同じように、人間→動物→昆虫へと
退行することで生きようとしている、と言ってもいいのでしょうが、
そのあたりが私のすぐ近くにいるような感じに襲われて
ギドクに惹かれているのだとおもいます…。

ところでこの映画に出演しているギドクですが、
「悪い男」のハンギの位置にいるんじゃないでしょうか。
ハンギも娼婦に仕立てた女子大生をマジックミラー越しに
見ているシーンがありますよね…。
キム・ギドクについては映画以外、私はなにも知らないんですが、
どうも幼少期に彼自身が、この映画のチア(あるいはジン)や、
「悪い男」の女子大生のような境遇にあって、
そうした自分をもうひとりの自分が窓越しに眺めている…、
というか、そうした視線がギドク自身に内在化されている
ような気がしてしようがないですねえ…。
雌カマキリの雄との交尾に、そのまま人間の生命相を投影して
見ている…、そこに自分を見ている、というのでしょうか…。
チアとジン、どっちがギドクかわかりませんが、
もしかしたらどっちもギドクかもしれませんが(笑)、
しきりにそんな胸騒ぎに襲われます…(笑)。

ついでに言っておくと、ギドクが自分を眺めるそうした視線は時に、
「サマリア」や「春夏秋冬そして夏」などの時にうんと上方から
下方を眺めやる離人症的な視線(神の視線)にまで後退する
瞬間があるように思います…。

●てっせんさん
少なくとも動物性丸出しの人間のほうが、
命についてはるかに深く洞察できることだけは確かだ、
と、ギドクを見ているとつくづく感じますよねえ…(笑)。

ありがとうございました。

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■84分 韓国 ドラマ

監督: キム・ギドク
製作: キム・ギドク
脚本: キム・ギドク
撮影: ソン・ジョンム
音楽: キム・ミョンジョン

出演
チャン・チェン チャン・ジン
チア ヨン
ハ・ジョンウ 夫
カン・イニョン 若い囚人
キム・ギドク 保安課長

「春夏秋冬そして春」「絶対の愛」の鬼才キム・ギドク監督が、台湾出身俳優チャン・チェンを主演に迎えて描く異色ラブ・ストーリー。自殺願望を持つ死刑囚と夫婦仲が壊れた孤独な主婦が、面会室で繰り広げる奇妙で切ない心の交流を見つめる。共演は「コースト・ガード」のチア。
ハンソン刑務所に収監中の死刑囚チャン・ジンが、ある朝自殺を図った。それは、これまでにも何度も繰り返されてきたことだった。チャン・ジンの願いむなしく、全て失敗に終わり、今回も再び刑務所に送り返されてしまう。そのニュースを偶然知った主婦のヨン。満たされた日々だった彼女の人生は、夫の浮気発覚を境に狂い始めていた。彼女はチャン・ジンに不思議な同情を覚え、衝動的に刑務所へと向かう。昔の恋人だと言い張り、チャン・ジンとの面会を果たすヨン。そして、チャン・ジンに何かしてあげたいとの思いを強くした彼女は、彼に四季をプレゼントすることを思いつき、次からは季節の風景を写した壁紙と歌を用意して面会室を訪れるようになるのだが…。


この記事へのコメント

チェブ
2009年01月16日 10:02
先生おはようこいます

えっ、そうですか?私は「絶対の愛」に近い気がしたのですが何がそんなに彼女を走らせるのですかね?使命感?=生きがいでしょうか
やはり彼女も面会室の中では、ちゃんと生きてる、ですよね
なのにどうして元にもどるのかな?達成感ですか?

彼女が面会に行くときにテープで流してた音楽、「夏物語」にもでてくるんですよ(笑)
チャン・チェン、レッドクリフにも出ていましたよね
彼も幅広い役をこなしますね
tomotyan712
2009年01月16日 11:07
宮崎先生
冬将軍をしのぐには、DVD鑑賞がぴったりです。レンタルでシニア半額の言葉につられて、いっぱい借りてきたきた中になんと「ブレス」があり、感動の中に見終えたところでした。
いやはや、驚きました。キム・ギゾクのとてつもない発想にまた、やられました。身を投げ出して死刑囚を送り出す極限までに尽くす愛。安らかに彼を送り出した彼女は、夫の愛を素直に受け止めることができたと思います。美しい雪だるまの風景が心に安らぎを与えて静かに終わります。一点の無駄もない完成度が高い作品。一気に見終わりました。一回の鑑賞で、すべてが理解できる演出?監督出演?看守の親方で、指示を出しブザーを鳴らす人。?
tomotyan712
2009年01月16日 17:06
上の解説を見たら、キム・ギドク監督は、シナリオも書き、優しい思いやりのある ☆保安課長(キム・ギゾク監督の理想像?) として出演していたのですね。
チェブ
2009年01月17日 09:10
先生おはようございます
ごめんなさい書き途中だったのですね
ではまたあらためて。
最初はヨン=ジンなのかなと
浮気をしている夫と生活していることは 臨死の状態で生きている・・・つまり死に行くジンと自分を重ね合わせ、ジンを救うと共に自分も救いたいと
だからもう何かにとりつかれたように
おそらく面会室に用意した小道具は彼女の好きなもの、好きな風景だったのではと思います

先生のコメントを読み また違った見方もできました

続きます
チェブ
2009年01月17日 09:30
(続き)
ところがですね、妻を殺害したジンと浮気をした夫は同罪で、夫=ジンであったかもしれないとも思えてきました
夫=ジン=ヨンなのかなと
浮気をした夫を許せないけど、許せないほど愛してる
夫は彼女の心情的には死刑!
だからジンを夫とみなして自分の愛を表現し、最後は舌を噛み切り死刑を執行する。
でも夫=ジン=ヨンですから、彼女は夫に浮気されてる臨死状態からぬけだしたいわけですようまく言えないですが、小さいころの臨死の瞬間から自分は死んだまま人生を生きているような。だから、舌をかみ切れば水面へ出て、臨死状態から抜け出せる。
ある意味、人生をリセットするというか、それまでの自分と夫を殺し新しく生きていこうと。それゆえ最後の場面があるのかなと。

雪だるまは夫婦のかわりに死んでいったジンなのかな?
(続きます)
チェブ
2009年01月17日 09:35
(続き)
看守については、よくわかりませんが、監督も なんか人事ではないと思えて関係者として、立ち会いたい、見守りたいと思ったのですかね

音楽は、どこに使われていたは明言できません(笑)ので、近いうちに 夏物語で調べておきます 長くなって しまいました ごめんなさい
tomotyan712
2009年01月17日 11:45
先生、おはようございます。先生の鑑賞を拝見しましたら、一回目の鑑賞に見落としがあったのに分かったかのよう錯覚を受けていました。彼女の深層心理の理解、もう少し、突っ込むためにもう一度鑑賞が必要かなと思っています。簡単に分からないテーマですね。ひとつ分かることは、彼女は、あの行為をすることによって、苦悩から抜け出し、達成感があり、すっきりしたことは事実だと思いますがどうでしょう。??
落とした白いYシャツを車がひいて行くシーンは、彼女の夫への心象風景と思いました。
雪景色の中で、戯れる親子・・・、すべてのわだかまりも浄化されて、元の真っ白い、穏やかな家族・夫婦関係に戻っていくことを象徴している心象風景と見ました。死を迎える死刑囚の心のありようも提示していると思いました。
てっせん
2009年02月18日 00:49
今晩は
この映画、ひとことで言えば、変身譚じゃないかって思いました。
つまり、心身ともに蝕まれている女ヨンが、生存のため自らをメタモルフォーゼ(変態)させていくという・・・。

もともとキム・ギドクは、山崎さんの喝破されたように水への退行、水の中で生きたいと痛切に希求する人間を描いています。それが「春夏秋冬そして春」では、なぜか陸棲動物として生きていくことを決意したんですね。湖を去って山に登って行くシーンはそれを表徴しているんでしょう。その後の映画の何本かは、もともと水棲だった生き物が、いかに陸地に適応して生存していくかを描いたものだと、私なりに位置づけています。

「うつせみ」は、その種の映画の最初のものとして撮られたんだと思います。ここでの主人公は、昆虫のナナフシなどに観られる、擬態によって生き延びることを選んだと観ることができます。愛を交わした女の夫の背後に絶えず身を置くことで、他人の家の中にまんまと棲みこみ生存していくという・・・。この男は刑務所の中で、そういう生き物へと自らをメタモルフォーゼさせたんだと言えます。
続く
てっせん
2009年02月18日 00:51
「ブレス」は、「うつせみ」と対になった作品だと思います。ここでの女主人公は、いわばカマキリに変身するんですね。ラスト近く、独房で男と交わった後、女は男の鼻を指で塞ぎつつ口を吸いますね。あれは、男のブレス=息=命を吸い取っている行為なんじゃないでしょうか。ちょうど、交尾を終えたカマキリの雌が雄を頭から食べ尽くしてしまうような。そして、男のブレス=命をもらった女は生気を取り戻し、平和な家庭生活を営んで行くことを暗示するエンディングを迎えます。一方、抜け殻となった男は、彼を愛する同囚の若者によってとどめをさして貰う・・・。

「うつせみ」と「ブレス」とは、水棲生物が陸でいかに生存していくかという物語の、男と女が対になった作品だと結論できそうです。ちなみに擬態には、ナナフシなどが「外敵から身を守るため」樹木などの色や形にそっくりな姿になる「隠蔽擬態」と、カマキリなどが「捕食者となって獲物を得るため」の「攻撃擬態」とがあるそうですが、「うつせみ」は隠蔽擬態、「ブレス」は攻撃擬態かと・・・。
続く(汗)
てっせん
2009年02月18日 00:54
そして女が、面会房の壁を春夏秋冬に模様付けして歌ったりするシーンは、自らがカマキリにメタモルフォーゼするための、必要な儀式だったという見方ができそうです。

キム・ギドクは、映画の中によく小動物を登場させますが、田舎育ちの彼は、孤独な少年時代、きっとそれらの小動物や昆虫達を驚異の目で観察していた時期があったんでしょう。「ブレス」の中で看守長に扮したキム・ギドクは、監房という飼育器の中の昆虫達を子供にかえったかのような好奇心と、ある切実さをもって観察していた、となるわけなんですが・・・。しかしキム・ギドク、そんなところで観察する立場に身を置いていいのかな・・・という思いもします。むしろ彼は、あの監房のなかでブレス=命を吸うか吸われるかの闘争を繰り広げているほうが似合っているんじゃないかと・・・(笑)。

たいへんながながと、失礼しました。
てっせん
2009年02月19日 01:01
昨夜から、ギドクについてのいろんな想いが去来し、なかなか整理がついてませんが・・。

ともかく、この「ブレス」によって、それまで指先に触れていただけのギドクの尻尾を、ようやく掴めたような気がし、あとは掴んだ尻尾を手放さず、ズルズルと本体を引き寄せて解剖するだけ・・いやしかし、ひょっとしてこれもトカゲにメタモルフォーゼしたギドクの尻尾の切れっぱしにすぎず、本体はするりと物陰に隠れ舌を出しているかもしれませんが(笑)。

「ヨンとジンに自分自信を見ている」、仰るとおり、ギドク、案外ジンと同じように女から危うく命を吸い取られそうな目に合ったのかも(笑)。しかしギドクの本質は命を吸い取る側にあるんでしょうね。山崎さんもご指摘されてたように、彼には生き抜くことへの原始的ともいえる強烈な意志を持った人ですから。

そんな人だからこそ、仰るように「人間→動物→昆虫へと退行することで生きよう」とする、なんとも独創的な方法を発見したんでしょうね。

もしかしたら彼は、人間の、あるいは陸に棲む全ての生き物の根源の問題にまで到達してしまった、とんでもなく凄い映像作家なのかもしれまぜん。

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