大菩薩峠 完結編 (1961)

[203]近代的自我と家族に引き裂かれた机龍之介……?

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第一部、三隅研次。第二部竜神の滝、三隅研次。
そして第三部完結編、森一生。

えっ?なんで完結編が急に森一生なのよ。
三隅研次と森一生じゃ全然違うだろ!
「動」の森一生は勝新太郎で、市川雷蔵は「静」の三隅研次だろ!
って怒鳴りたくならない? なるよ、おらは(^^♪

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実際、1部2部に比べてちょっと映像が緩いよね。
荒々しさはあるんだけど三隅みたいな冷酷さがない?

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会社の事情で変わったのかな。
三隅研次がもうやりたくねえと放り投げたのかな。それとも…?
なんだか今頃になって急に詮索したくなっちゃったぜ(笑)。

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しかし凄いの一語に尽きる。
あの介山の膨大な原作を3本で見事に切り取ってみせてるものね。
ちなみに脚本はわれらが衣笠貞之助♫

この作品はラストが凄い。まさに圧巻。

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竜神の滝に落ち一命をとりとめた机龍之介が
出会う女たちに助けられながらまた甲州・大菩薩峠へ帰ってくる。
宿泊した家は「業」に導かれたかのように八幡村、故お浜の家。

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盲目の龍之介はお浜の墓にまで導かれ愕然。

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以来、剣に憑かれたかのように辻斬りを始める。

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一方、龍之介を仇と狙う宇津木兵馬(本郷功次郎)も、
途中龍之介行き違いを繰り返しながらも大菩薩峠へと迫る。
裏宿の七兵衛らとともに。

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そして峠の小屋でお地蔵様を彫っている与八と再会、

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与八が龍之介と故・お浜の遺児郁太郎を引き取り
育てていることを知り、驚き、喜ぶ。

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与八がお地蔵様を彫っているのは、
龍之介の罪を清めてもらいたいと思うからなのだが、
この時、その願いが届いたかのように突然、甲州一帯を豪雨が襲う。

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笛吹川は氾濫、村人たちは恐怖の中、続々と避難する。

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八幡村の故お浜の家も豪雨に見舞われる。

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仏壇の戒名「悪女大師(お浜)」は畳に打ちつけられ、

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いまだ煉獄をさ迷う幾太郎を抱いたお浜が現れ、

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宇津木文之丞ら、龍之介が切り殺した人々の霊が現れる。

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襲いくる悪夢の中で龍之介は呼ぶ。叫ぶ。
いまどこにいるのかわからぬわが子、幾太郎の名を。

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濁流に襲われる八幡村のその家の噂を耳にし、

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兵馬が駆けつける。

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そこに龍之介の姿を捉え、宿命の対決が始まる。

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が、濁流に身の危険を感じ、兵馬は陸へ上がる。

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龍之介は屋根に逃げ、幾太郎の名を呼び続ける。

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そうして家屋とともに笛吹川の濁流に飲み込まれていく。

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盲目であるがゆえに龍之介を愛した女、
お銀(中村玉緒)が現れ、濁流の中の龍之介を追おうとする。
慢心和尚が引きとめお銀に言い聞かせる。
「あの男は生きるも死ぬもただひとり。
それがあの男の定めなのじゃ」と…。

思わず後半を紹介してしまったが、
まあ騙されたと思って一度観てくださいな。

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オールセットと言ってもいいが、ほんとに凄い。
CGなんかまだない時代に、手作りでここまでやっていたのかって
改めて大感動しちゃうから。

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いやあ、このころのスタッフさん、もう根性が全然違うよなあ。
やり甲斐があっただろうなあ。
打上げの酒、めちゃくちゃ美味かっただろうなあ(^^♪

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物語…。

盲目の市川雷蔵が、いや、机龍之介は言う。
「死にたいやつは勝手に死ね」
「俺は誰のためにも人を斬らない。自分が斬りたくて斬るだけだ」と。
かっこいいよねえ。痺れるぅ~(^^♪

人が斬りたい。それが龍之介の「業」ってやつなんだけど、
一方では自分とお浜の間に生まれたわが子・郁太郎を求めて
なんどもその名を叫ぶ。

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それは一言でいうと、
龍之介が自己と家族とに引き裂かれてる姿なんだろね。

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人が斬りたい自分の欲望に徹底して従おうとする。
それは龍之介の中に近代的な自我が生まれたことを意味してて、
家族よりもその自我(=自己)を優先させようとするんだけど、
なかなかそうは問屋がおろさない?

家族の痕跡(無意識)が否応なくせりあがってきて龍之介を苦しめる。
そこが龍之介とほかの人間とを決定的に隔ててしまってるんだよね、
天誅組や新選組に関わる連中とは。

龍之介がやたら美女にもてまくるのはそのことを表わしている。

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竜神の滝から落ちた龍之介を助けるお豊(中村玉緒)。
のち遊女になってまで助けようとするが、病に伏し、自ら命を絶つ。

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三味線弾きのお玉(近藤美恵子)。
お豊から預かった遺書を龍之介に送り届ける。

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生花の師匠お絹(阿井美千子)。

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谷底に落ちた龍之介を救ったお徳(矢島ひろ子)。

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有野村の馬大尽の一人娘・お銀(中村玉緒)。

私はもう羨ましくてしょうがないんだけどさ(^^♪、
この女たちはみんな女と男を、「対」を、家族を優先的に生きる者として
龍之介の前に現れるんだよね。

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でも「あの男は生きるも死ぬもただひとり。それがあの男の定めなのじゃ」
と慢心和尚が言うように、個を、自分の中に芽生えた近代的自我を
徹底して生きようとする訳だよね。

そういう意味で言うと「大菩薩峠」は
じつは時代劇を装った、近代的自我を主題にした近代小説だとも言える。
だから読む(観る)側の懐深くに入ってくる。

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と同時にもうひとつ途方もなく大きな主題を抱え込んでいる。
言うまでもなく「善人なおもて往生を遂ぐいわんや悪人をや」という
親鸞的主題。
普通に言うと極悪人なはずなのになぜかそんな感じがしない。
観ていてなんだかその魅力に取り込まれてしまう。
人殺しなのに心やさしい女たちもこぞって彼に惚れまくる(^^♪
それはそう言ってよければ、善人たちより
龍之介のほうがなにか大きな真実を抱えているからなんだよね。

少し言いかえると、
龍之介の背後に途方もなく大きな仏陀の世界が見えてくる
というふうになってるからということかな。

いやあ、2部がなかなか見つからなくて
結局1年がかりで3本を通して観ることになっちゃったけど、
ほんと面白かったよ。
お疲れさま~って感じ(^^♪

あ、「完結編」の粗筋の資料、インターネットで見つけられなかった。
誰か書いてほしいよな。
いや絶対書かなくちゃだめだと思うけどな、誰か。


追記」
この記事を書いたころはなかったが、
いまはあちこちのサイトでかなり紹介してある。よかったね(^^♪


●てっせんさん
縁がないときもありますよ(笑)。
私は甲府の帰り車でわざわざ大菩薩峠経由で帰ったことがありますが、
上りも下りもけっこう急な坂道でびっくりしました。
峠の手前に茶屋みたいなお土産屋さんがあって、
そこで食べたほうとうが旨かったです(笑)。

●テンさん
お返事が遅くなり申し訳ありません。
「大菩薩峠」にのめりこんだのは私も片岡千恵蔵のせいです。
はじめて観たのは中学生か高校生のころだったんですが、
子供だったぶん、おとなの深い世界に衝撃を受けたのでしょうか、
映画館内の雰囲気までいまでも憶えてるんですよ…。
以来、千恵蔵映画は片っ端から観ました…(笑)。

ありがとうございました。


■98分 大映 時代劇
監督: 森一生
製作: 永田雅一
企画: 久保寺生郎 南里金春
原作: 中里介山
脚本: 衣笠貞之助
撮影: 本多省三
美術: 西岡善信
音楽: 塚原哲夫
出演
市川雷蔵
中村玉緒
本郷功次郎
小林勝彦
近藤美恵子
三田村元
丹羽又三郎
見明凡太朗
阿井美千子
矢島ひろ子

中里介山による未完の同名長編時代劇を、市川雷蔵主演で映画化した大映版シリーズ三部作の完結篇。前二作と同じく衣笠貞之助が脚本を執筆し「おけさ唄えば」で雷蔵と組んだばかりの森一生が監督を担当した。「音無しの構え」で殺気みなぎる机龍之介の最後を描く。
竜神の滝から落ちた盲目の机龍之介はお豊に助けられ、伊勢大湊の材木屋で体を休めていた。そこで龍之介は、お豊が病魔に冒され自ら命を絶ったことを知らされる。旗本の神尾主膳に捕らわれた龍之介は、甲府勤番駒井能登守の暗殺を命じらるが、夜な夜な里に出て辻斬りを行うようになっていた。辻斬りの噂を聞いた兵馬は大菩薩峠に戻り、ついに二人は対峙するのだったが…。

この記事へのコメント

てっせん
2009年01月25日 22:38
粗筋が掲載されてる場所、見つかりましたが・・・
今は、しゃしゃり出て、お教えするのはよしにします、どなたかが書いて下さったほうが面白そうですもんね(笑)。

大菩薩峠は、原作も映画も途中下車でした。原作の方は三分の一くらいまでの巻を読んだあと、なんだかんだと取り紛れていつの間にか中断。映画も第一部を観ただけです。ついでに申しますと、昔、大菩薩峠への登山を誘われたことがあるんですが、これも、急用でいけなくなったり、どうも、この名前とは縁が薄そうな感じです(笑)。

ちなみに、机龍之介というネーミングは面白いですね。どういうふうにして、考えついたものなのか・・・。


テン
2009年06月14日 15:58
今日、NHKBSで片岡知恵蔵の大菩薩峠2部を見ました。先週(だったかな?)1部を途中から何気なく見ていて、気が付いたらその面白さにのめりこんでましたね。今日の2部は楽しみにしていました。片岡知恵蔵がすごくいいですね。圧巻です。こんな役者が日本にもいたんですね。刀を手にした知恵蔵の哀感と色っぽさは秀逸です。

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