クァク・キョンテク__監督

■クァク・キョンテク(韓国)


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1966年5月23日、釜山生まれ。


作品
2007 愛 サラン
2005 タイフーン TYPHOON
2003 トンケの蒼い空
2002 チャンピオン
2001 友へ チング
1998 ドクターK


医師である父親の跡を継ぐことを期待され医大に籍を置くが、勉強に嫌気がさし1年生のときにニューヨークに留学。ひょんなことから映画を始め、1995年にニューヨーク大学映画演出科を卒業する。『Oh, Boy!』(1993)をはじめとし、『Another Morning』(1994)や『営倉物語』(1995)などの短編を製作。ニューヨーク大学卒業作品の『営倉物語』は、第2回ソウル短編映画祭で優秀賞を受賞し、第1回(1996)釜山国際映画祭「ワイドアングル」部門で上映された他、1997年の Clearmont Pelang 国際映画祭で本選進出を果たした。
1995年に帰国し、1997年、銭湯コメディ『オクスタン』で長編映画監督デビュー。この作品は、第2回(1997)釜山国際映画祭「オープン・シネマ」部門、1998年香港国際映画祭、サンパウロ国際映画祭などに出品された。1998年の『ドクターK』は韓国初のメディカル・ミステリー・ドラマ。この作品も世界のファンタ系の映画祭に招待されている。
2001年の『友へ/チング』は、1970年代から1990年代中頃までを背景に、釜山出身の四人の男の人生を描いたコリアン・ノスタルジア・ノワール。これまでも釜山出身→釜山を舞台にした銭湯コメディ『オクスタン』、医大出身→メディカル・ミステリー『ドクターK』と、自らの出自や体験に基づく映画作りをしてきたが、この作品も自らの体験をもとにシナリオを書き映画化したもので、劇中の登場人物には実在のモデルがいる。特に主役のジュンソクのモデルとなった人物はクァク監督の友人で現在懲役10年で服役中という。二年弱の期間を費やして執筆したシナリオ『友へ/チング』は、「男性映画」、「監督がこれまでの作品で商業的に失敗している」などの理由で投資者が見つからず、その製作は困難を極めたが、シナリオの良さに惚れ込んだ俳優・投資者が見つかり、無事映画化された。そして、2001年3月に公開されるや、重厚に描かれた男の生き様や友情、そして過去20年間の郷愁を呼ぶ描写が観客をひきつけ、数々の新記録を生み出す大ヒットとなった。
『友へ/チング』では、政府文化観光部が授与する「今日の若い芸術家賞」と、第9回(2001)春史羅雲奎映画芸術祭監督賞を受賞。
『友へ/チング』の大ヒットの後には、映画製作会社、盡人事フィルムを設立。なお、盡人事フィルムは、その前身であるドキュメンタリー・ピープルの法人名を変更したもので、代表のヤン・ジュンギョン(『友へ/チング』に英語の先生役で出演)とクァク・キョンテク監督の他に、『友へ/チング』のプロデューサーであるチョ・ウォンジャンも投資している。
余談だが、監督の妹クァク・シネ(前「青年フィルム」企画室長)は映画企画者として活動しており、彼女の夫はチョン・ジウ監督。

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