オム・ジョンファ__俳優・歌手

■オム・ジョンファ (韓国)


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1971年8月17日生まれ。
身長164㎝、体重47kg。


映画
2009年 『海雲台』
2007年 『今、愛する人と暮らしていますか』
2006年 『ホロビッツのために』
2005年 『オーロラ姫』
2005年 『わが生涯で最も美しい一週間』
2004年 『どこかで誰かに何かが起これば必ず現われるホン班長』
2003年 『シングルス』
2001年 『情愛』
1994年 『女房殺し』

ドラマ
2009年 MBC 『結婚できない男』
2007年 MBC 『ナイフ使いオ・スジョン』
2004年 MBC 『12月の熱帯夜』
2003年 KBS 『妻』
1997年 KBS 『スター』
1997年 SBS 『美しい罪』
1995年 SBS 『父子有親』
1993年 KBS 『ポリス』


歌手と女優をバランス良く維持している彼女に、「万能エンターテイメント」という言葉が本当にぴったり合う。
90年代初め、清楚な魅力を持っていながら、どこからか漂ってくるセクシー美で大衆を誘惑したオム・ジョンファ! 誰でも知っているだろう。
93年1集アルバム「瞳」でデビューした彼女は、その頃純粋でありながら挑発的なセックシー美を見せてくれた。
彼女が初めて放送局に足を踏み入れた所は、MBC合唱団。きれいな顔にきれいな声を持った彼女は、チェ・チンシルをトップスターの座に乗せ実力を認められたマネージャーペ・ビョンス氏に抜擢され、本格的に芸能人としての道を歩き始める。
歌手デビュー後、すぐにタレントデビュー、演技と歌手として活動を並行したが、最初から成功を期待することは難しかった。
そして、1997年3集「裏切りのバラ」を発表! その頃から歌手オム・ジョンファは全盛期を迎え始めた。すべての歌謡チャート1位を総なめし、女性のファッションリーダーとしても位置づけし始めた。
その当時オム・ジョンファが身に着けた物は何でも流行った。
彼女が塗るパウダーもだ。当時オム・ジョンファがCMに出演した「赤い箱のパウダー」を持っていない20代女性はほとんどいない程だった。

オム・ジョンファ、彼女は休むことなく彼女だけの全盛期を迎え、歌謡界の女王としての位置を強固たるものにした。
休むことなく歌謡界を君臨した彼女が目を向け始めたものは2002年頃、後続者に引き継ぎでもするように彼女は歌謡界から抜けて、演技者としての道を歩き始めた。
そのターニングポイントが映画「情愛」だ。
勿論、彼女が忙しい歌手生活を送りながらたまに演技を引き継いで行ったのだが、彼女が本格的な演技の世界に投入し、そしてまた人々が彼女を演技者としても認め始めたのはこの頃からであると言っても過言ではない。そのように彼女の女優人生は始まった。
彼女の作品は…その後はまるでお腹がすいている子供があたふたとご飯を食べるかのように、オム・ジョンファはそのように映画とドラマを行き交い、比重ある役割を引き受けて行った。
その演技に対する情熱は、2003年百想芸術大償で最優秀演技賞を彼女に抱かせ、万能エンターテイメントはオム・ジョンファであるという公式を成立させた。
一方、女優としてのオム・ジョンファを強固たるものにするため、しばらく歌謡界をおざなりにしたことに対し残念に思うファンも多かった。女優としての確かな頭角を現してからは、これといったヒット曲がないことがそれを証明している。しかし、オム・ジョンファ自身も忘れていなかったのである。ステージに立って踊りながら歌った自分に対し声援を惜しまなかったファンを…>
女優&歌手、ふたつのことをすべてあきらめることができない欲張りなオム・ジョンファ。忙しいほど幸せだという美しい欲張りや。こんな彼女が多様な姿、多様な色でいつまでもファンの傍らにいてほしい。

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