喜びも悲しみも幾歳月 (1957)

[539]天才・木下恵介の映像美学が溢れた不朽の名作
★★★★★★

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邦画もすこし見直しておかないと、
と思って、これも20年ぶりくらいに観た作品…。

改めて、すごい映画だよなあ、と痺れっぱなしである。
全身が痺れる…。

日本には世界に誇れる映画監督けっこういると思うけど、
その中で天才監督は?と聞かれたら、
私はまずこの木下恵介をあげるんじゃないかと思う…。

敬愛してやまない小津安二郎も、
成瀬巳喜男も、黒澤明も、ものすごい監督だ。
けれど私はけして天才だとは思っていない。
見えないところで地道にちゃんと努力して(笑)、
世界に誇れるようなすごい映画を撮っているのである。

でも木下恵介はちょっと違う。
天賦の才能を持っていて、その才能だけで撮っているフシがある。
先の三人に比べたら全然努力をしていない…(笑)。

この作品ひとつとってみてもわかる。
この作品の映像と映像構成にはずば抜けたものがある。

たとえば、
有沢四郎(佐田啓二)ときよ子(高峰秀子)夫婦が、
石狩灯台で勤務しているときのシーン…。

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有沢の同僚の妻が病気で、容態が思わしくない。
同僚は妻をソリ引きに頼み、町の病院へ運ぶ。
有沢がソリに同乗する。

そのカット・シーンだが、
音は、馬のつけた鈴の音と、
ソリ引きが馬にムチをいれて急がせようとする声だけである。

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その遠景から、ソリの中の近景へ…、鈴の音…。

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同僚は妻の容態に目をやったあと、
「有沢さん、もう駄目です」と言い、すすり泣き、
妻の名を呼び、妻のからだに顔を伏せる。

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その瞬間、カットは遠景になり、ソリ引きが馬の脚を止める。
そのあと、同僚が
妻のからだにすがりついて泣いている1カット入る。

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ソリ引きが馬車を降り、手綱を引き、馬を灯台へとUターンさせる。
「聖なるもの」を感じさせる音楽が入る。

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その音楽の中で、ソリは鈴の音をたて、ただ灯台へと走る…。
この一連のシーン(映像)は常套のようでいてじつは常套ではない。

木下は、人間の「死」を
ポーンと大雪原の風景の中に突き放してみせる…。
観る側が感情移入しやすい人間の「死」を、そういうふうに、
不意に遠景にする監督はそうザラにはいないのである。

一見、日本的な情緒が溢れているようにおもえるこの作品には、
じつは木下の冷徹な視線がちりばめられているのだ…。

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これはラスト近く、
有沢夫婦の娘が船でエジプトへ新婚旅行に向かうシーン。

この船に向かって、御前崎の灯台を守っている有沢夫婦は、
灯台の燈とドラの音を贈るのだが、
遠景から近景へと移る映像も、いかにも木下らしく、
大きな世界の中に置かれた人間をよく映し出してみせる…。

そしてもうひとつ、
これはもうほんとに観てもらうしかないのだが、
無音の映像から不意に激しい音のする映像へと、
あるいはその逆へとよく切り替える。

その「音」に関する感覚はほんとうに素晴らしい。
木下恵介というと映像美を思いがちになるけれども、
むしろかれは「音」で映像を撮っているのだ、構成しているのだ
と言いたくなるほどである。

木下恵介は、
映像(目)よりもまず「音」で観る者の心に忍び入るのだ。

そのことは、
この作品がいきなり若山彰の歌ではじまることからも
わかるようにおもう。

物語の構成にもすさまじいものがある。
昭和7年から昭和32年までの25年間を…、
歴史的にみても圧倒的な激動期といえる時代を
わずか3時間弱で描いてみせているのである。
それも有沢夫婦という灯台職員の仕事と生活を通して…。

もう、発想が並外れているのだ。

にもかかわらず、
物語の内容自体は意外と平凡であったりする(笑)。
取り上げたばかりの「浮雲」のようにけして複雑ではない。
あまりにも単純すぎる…(笑)。

それで私は先の三人ほど努力をしていない、
努力を怠っていると言うのだけれども(笑)、
しかし不思議なことに人間の原像には確実に届いている。
万人の胸に届くものがあるのである。

それを天才とし言わずして、なんと言えばいいのか…?(笑)

木下恵介のこの天賦の才能は、
天才ぶりはいったいどこから来ているのだろう?
どう表現すればいいのだろう…?

私は長年思い悩んできたのだが、
最近は心が「真っ白」なひとだからではないかと考えている。

成瀬・黒澤 =●(黒)
小津安二郎=(灰色)
木下恵介  =○(白)

これは何を意味するかおわかりいただけるだろうか。
この四人の女性汚染度である(笑)。
あるいは心の汚染度である。穢れ具合である(笑)。
単純に三段階にすると、
この四人はこうなっているのではないかと私は思っている…。

木下恵介はもしかしたら同性愛者だったのではないかと
疑われているところがあるが、
私の言う女性汚染度は必ずしもそのことを指しているのではない。
単純に「子ども」だということである。

まだ女性を知らないひと、性を知らないひと…。
あるいはイノセンスが壊れていない…。
木下は壊れないままおとなになってしまっている…。

そう考えると、
かれの描く物語と人間像はとてもわかりやすい気がするのだ。

成瀬・黒澤の描く物語は、人間はとても屈折し複雑である。
それに比べると木下の場合は、あまりにも素直で単純。
小津はそのちょうど中間である…。

木下の描く物語、人間があまりにも素直で単純であることは、
この作品にもすごくよく表れている。
物語は直線的だし、登場する人物はみなイノセントなのである。
おとななのに、心がとんでもなく無垢なのだ…。

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小津も人間の穢れを嫌った監督である。
そしてそれは松竹の一種の伝統みたいなものになっている。
山田洋次を観ればわかる。
木下門下生の山田太一さんを見てもわかる。

大島渚はその意味では
数少ない例外で、松竹では異端的である。

木下恵介もいかにも松竹系なのだが、
ただ木下の場合はそれが異常と思えるほど徹底しているのだ。

子供のころ、
私の聖なる母であり、心の恋人でもあった高峰秀子は、
日本ではじめての本格的なフリーの俳優だったが、
出身は松竹である。
そして中でも木下恵介に可愛がられ、
結婚も、木下門下の松山善三としているほどである。

その松山はまた、木下を上回るほど
イノセントな作品を撮った監督・脚本家なのだが、

高峰秀子は、成瀬から「浮雲」の出演依頼が来たとき、
自分にはとてもこんな大恋愛を演じる自信がないと、
当初は断っている。
断るために、私はこんなに恋愛作品に不向きな女優だからと、
わざわざセリフを録音したテープを成瀬に送ったほどである(笑)。

なのに名作「浮雲」であんなに素晴らしい演技をするなんて…!(笑)

高峰はなぜ、
自分にはとても「浮雲」のゆき子役はやれないと思ったのか?

理由はたぶん単純である。
松竹で、あるいは木下恵介と組んで
ずっとイノセントな女性ばかり演じてきたからである。
汚れ役をほとんどやってこなかったからである。

「カルメン故郷に帰る」も、
役どころはダンサーで汚れ役のはずなのだが、
演技的にはこの作品の役同様、じつにイノセントなのである。
「二十四の瞳」の大石先生的なのだ。

なので、
「浮雲」の汚れ役・ゆき子などとても自分にはやれない
と思ってしまったのだ…。

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この作品は、「二十四の瞳」同様、
日本を揺るがすほど大ヒットした作品だが、
その理由もじつはそこにある。

物語がとても単純で、
しかも登場する人物たちがみな徹底してイノセントなので、
子どもの心にも、おとなの心にも触れてくるからである。

実際、当時まだ小学生だった私も
それなりによくわかったし、大泣きしたことも憶えている。
なんと、50年経ったいまでも憶えているのだ…!(笑)
しかも、この齢になって感じるものは、
当時、子供心に感じたものとなにも変わらない…!(笑)

同じころ小津作品も成瀬作品も観ているはずなのだが、
こっちはまるで憶えていない(笑)。
観ても子どもの私にはまるでわからなかったからだろう。

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木下が「音」にたいしてとてつもなく敏感なのも、
子どもだからなのだと考えると納得がいく。

子どもは音にたいしてひどく鋭敏だからである。
目よりも、
音でもって世界を感受していく存在だからである。

ともあれ、
木下恵介が天才なのは「子ども」だからなのだとおもう。
子役が、おとなにはとてもできないような
天才的な演技をすることは多々あるが、
木下はその子どもたちと同じような意味で天才なのである。

なんのレビューの時だったか、私は、
木下恵介はもっと評価されて然るべきだと書いたような気がするが、
この作品を観直すとその思いはますます強い。
評価が不当すぎるとおもう。

その理由はたぶんここに書いたように、
物語があまりにも一直線的で、単純だからだろう。
そういうふうに見えてしまうからだろう。

しかしそれだけで評価を低くするひとは、
映画がなんであるかよくわかっていないひとである。
木下恵介の映像とその構成の仕方が、
世界的に見てもきわめて優れていることを
少しもわかっていないのだと言うしかない…。

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俺ら岬の 灯台守は
妻と二人で 沖行く船の
無事を祈って 灯をかざす
灯をかざす

冬が来たぞと 海鳥なけば
北は雪国 吹雪の夜の
沖に霧笛が 呼びかける
呼びかける

離れ小島に 南の風が
吹けば春来る 花の香便り
遠い故里 思い出す
思い出す

星を数えて 波の音きいて
共に過ごした 幾歳月の
よろこび悲しみ 目に浮かぶ
目に浮かぶ


●すみれさん
この映画、泣かそうと思って作られてる映画ではないので、
心配なさらなくても全然大丈夫だと思いますが…(笑)。
佐田啓二、私もじつは子どものころから大好きなんですよ。
居ずまい、佇まいが、ほんときれいな俳優だと思います。
「イザベラ」、送ってこないんですか。
ポスレン、なにやってんでしょ? すいません…。

●sinoさん
ご主人とこの映画を二人で観て…(笑)。
ご主人、この映画を観るならOKと…(笑)。
ほんと、この映画の中には日本の美しさが詰ってますよね。
日本の四季、日本人の心の四季…。
木下恵介の目には一点の曇りもなかったような気がします。
木下恵介を評価できなかったり、しなかったりするのは、
木下恵介がみんなの心に深く入りすぎてて、
なかなか対象化できないからかもしれないですね…。

ありがとうございました。

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■160分 松竹 ドラマ

監督: 木下恵介
原作: 木下恵介
脚本: 木下恵介
撮影: 楠田浩之
美術: 伊藤憙朔 梅田千代夫
音楽: 木下忠司

出演
佐田啓二
高峰秀子
有沢正子
中村賀津雄
桂木洋子
三井弘次

上海事件の勃発した昭和7(1932)年。新婚早々の若い灯台員有沢四郎(佐田)ときよ子(高峰)は、東京湾の観音崎灯台に赴任して来た。そして、翌年の日本が国際連盟を脱退した年には、彼らは雪の北海道は石狩灯台へ転任となった。         
その北海道で、きよ子は長女雪野(有沢)を生み、2年後に長男光太郎(中村)を生んだ。昭和12(1937)年に、波風の荒い五島列島の女島灯台に転勤した有沢一家は、ややもすると夫婦喧嘩をすることが多くなった。そして一時は、夫婦別居も経験した。きよ子は家を出ようと思っても、船便を1週間も待たねばならぬ始末だった。
気さくな若い灯台員野津(田村)は、そんな灯台でいつも明るい好青年だった。彼は台長の娘真砂子(伊藤)を恋していたが、真砂子は灯台員のお嫁さんにはならないと野津を困らせた。
昭和16(1941)年。太平洋戦争の始った年に有沢一家は、佐渡の弾崎灯台に移り、今は有沢も次席と呼ばれる身になっていた。B29が本土に爆音を轟かす昭和20(1945)年に、彼らは御前崎灯台に移り、東京から疎開して来た名取夫人(夏川)と知り合った。
間も無く野津と今は彼の良き妻になっている真砂子が赴任してきた。艦載機の襲撃に幾多の灯台員の尊い命が失われた。やがて戦争が終って、野津夫婦も他の灯台へ転勤になった。 
そして、5年の年月が流れた。有沢達は三重県安乗崎灯台へ移った。灯台記念日の祝賀式が終った後、美しく成長した雪野と弟の光太郎は、両親へ心のこもった贈物をして、2人を感動させた。
やがて雪野は、名取家に招かれて東京へ勉強に出て行った。有沢夫婦と光太郎は、昭和28(1953)年に風光明眉な瀬戸内海の男木島灯台へ移った。ところが、大学入試に失敗して遊び歩いていた光太郎は、不良と喧嘩をして死ぬという不幸に見舞われることになった。
歳月は流れて、有沢建が思い出の御前崎灯台の台長になって赴任する途中、東京にいる雪野と名取家の長男進吾との結婚話が持ち出された。やがて2人は結婚して、任地のカイロに向う日になった。灯台の灯室で四郎ときよ子は、彼らの乗っている船のために灯を点し祝福するのだった。 
すっかり老いた2人は、懸命に双眼鏡に見入った。そして、長い数々の苦労も忘れて、2人は遠去かる船に手を振った。旋回する灯台の灯に応えて、船の汽笛が聞こえて来た。

この記事へのコメント

すみれ
2010年09月12日 22:36
 お久しぶりです~

 この作品オンデマンドで見れました。昔見たときは
泣いた記憶があります。でもこの度は泣くほどのストーリーでは無かったです。感動に鈍感になってきているかも。。。

 主人公はしっかりものの奥さんがいて幸せだったな~と思いました。それより佐田啓二さんへの、おもいいれのほうが強くて50代まで演じておられましたが実際は30代で亡くなってしまわれたけどお元気だったらステキに年を重ねられた事でしょうね。

 「君の名は」の時のように二枚目に徹するのではなく
平凡な燈台守を演じながらも、やはり哀愁のある美しさは隠せませんね。。

 「イザベラ」をぽすれんで頼んだのに何かが間違っていたようで送ってきません(泣)
 レンタル店に行くのに不便な辺鄙な所に住んでいます
sino
2010年10月10日 22:41
はっきり覚えているのは、お正月にNHKで放映されたのを、主人と一緒に観て二人とも
感動して泣いた事です。でも、たぶんもっと以前にも観てるはずです。家族で観れる映画で、すべてが美しく健康的で、観て良かったと素直に思えました。美しい日本はまさにこの映画の中にあります。私が映画を観るのを好まない主人も、この映画はOKです。万人を感動させる事が出来る。天才と言わずしてと山崎さんがおっしゃる通りですね。取り上げて下さった写真でも、映像がとても美しいことがわかります。曇りの無い美しさです。
ただ、人もストーリーも単純なせいか、山崎さんのような見かたがちっとも出来てなかった。自分が感じたことをちゃんと考えないで来てシマッタ!。

山田太一さんの本を知人に貸そうと思って
取り出し、ペラペラ見てたら、木下恵介さんのことも書いていて、1997年の元旦から4日まで、NHKはBS2のゴールデンタイムに4つの木下作品を放送している。に始まるエッセイで、この時、私たちも観たんですね。

日本人にとって特別な日に放映されることは、木下作品への敬意と評価なくして出来ないことであり、それを歓迎する視聴者の多さも示している。にもかかわらず、日本の映画界には、木下作品へのうしろめたさのようなものがある。賞賛し足りない、評価し足りないもどかしさのようなものがある。・・・・

山崎さんがここで取り上げて解説くださってることで、音の事とか、映像のこととかも、もっと気をつけて観てみたいと思いました。

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  • 「ことば」

    Excerpt: 憲フェスWebマスターです。今日は晴れているけど寒いっスね。さて、実行委員の間で「ことば」とよばれているものがあります。これは第1回憲法フェスティバルのときに、日本屈指の映画監督木下惠介さんが寄せてく.. Weblog: 憲フェスWebマスターのブログ racked: 2011-03-03 09:59