クリント・イーストウッド__俳優・監督

■クリント・イーストウッド(アメリカ)

1930年5月31日 - 。
アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコ出身。

画像画像画像














作品

1955年「半魚人の逆襲」
1955年「タランチュラの襲撃」
1956年「全艦発進せよ」
1956年「底抜け西部へ行く」
1956年「最初の女セールスマン」
1957年「二人の可愛い逃亡者」
1958年「壮烈!外人部隊」
1964年「荒野の用心棒」
1965年「夕陽のガンマン」
1966年「続・夕陽のガンマン」
1967年「華やかな魔女たち」
1968年「奴らを高く吊せ!」
1968年「マンハッタン無宿」
1969年「荒鷲の要塞」
1969年「ペンチャーワゴン」
1970年「真昼の決闘」
1970年「戦略大作戦」
1971年「白い肌の異常な夜」
1971年「恐怖のメロディ」
1971年「ダーティハリー」
1972年「シノーラ」
1973年「荒野のストレンジャー」
1973年「愛のそよ風」
1973年「ダーティハリー2」
1974年「サンダーボルト」
1975年「アイガー・サンクション」
1976年「アウトロー」
1976年「ダーティハリー3」
1977年「ガントレット」
1978年「ダーティーファイター」
1979年「アルカトラズからの脱出」
1980年「ダーティファイター燃えよ鉄拳」
1980年「ブロンコ・ビリー」
1982年「ファイヤーフォックス」
1982年「センチメンタル・アドベンチャー」
1983年「ダーティハリー4」
1984年「タイトロープ
1984年「シティヒート」
1985年「ペイルライダー」
1986年「ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場」
1988年「ダーティハリー5」
1989年「ピンク・キャデラック」
1990年「ホワイトハンター/ブラックハート」
1990年「ルーキー」
1990年「許されざる者」
1993年「ザ・シークレット・サービス」
1993年「パーフェクト・ワールド」
1995年「マディソン郡の橋」
1997年「目撃」
1999年「トゥルー・クライム」
2000年「スペース・カウボーイ」
2002年「ブラッド・ワーク」
2004年「ミリオンダラー・ベイビー」
2008年「グラン・トリノ」


クリント・イーストウッドは父クリント・イーストウッド・シニアと母モーガン・イーストウッドの間に生まれる。スコットランド、アイルランド、ドイツ、イングランドの4か国の血をひいている。家系はメイフラワー号の乗員で港町プリマスを統治したウィリアム・ブラッドフォードを祖とする名家であるが、幼い頃の生活は世界恐慌の煽りを受け苦しかった。
オークランド・テクニカル・ハイスクール卒業後、朝鮮戦争のさなかである1951年に陸軍に召集され入隊。2年後の1953年に除隊後、サウス・カリフォルニアに移住。アルバイトの傍らロサンゼルス・シティ・カレッジの演劇コースを専攻する。1950年代初めにユニバーサル映画と契約を結ぶが、当初は『半魚人の逆襲』『世紀の怪物/タランチュラの逆襲』といったB級映画の端役しか与えられないという、不遇の時代を過ごした。

1959年からCBSで放映されたテレビ西部劇『ローハイド』で、ロディというカウボーイを演じる。ロディとは名前ではなくニックネームで、ROWDYつまり“荒くれ者”。同作品は約7年間に亘り150話近く製作された人気シリーズとなり、イーストウッドの知名度と人気は世界的に高まった。1964年にはセルジオ・レオーネ監督にイタリアに招かれ、マカロニ・ウェスタンの嚆矢でありかつそれを代表する作品となった『荒野の用心棒』に出演。その後も『ローハイド』の撮影の合間を縫って『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』と都合3作のレオーネ作品に出演した。イーストウッドはレオーネを師と仰ぎ、レオーネの逝去まで交友を続けた。これらの映画の人気により、イーストウッドの映画俳優としての評価はヨーロッパが先行し、アメリカに逆輸入された形となった。
『マンハッタン無宿』で出逢ったドン・シーゲルと再びタッグを組んだ『ダーティハリー』でイーストウッドは型破りな刑事ハリー・キャラハンを演じた。これはシーゲル作品としてそれまでで最大のヒットとなり、イーストウッド本人もこの作品で人気アクション・スターとしての地位を不動にした。現在においてもイーストウッドの俳優としての代表作として真っ先に挙げられるのがこの作品である。『ダーティハリー』シリーズは、この後4作品が製作されている。

1968年に映画制作会社マルパソプロダクションを設立。1971年に『恐怖のメロディ』で初監督。俳優業の傍ら『荒野のストレンジャー』『アウトロー』などの作品を立て続けに発表。監督業に進出した他の役者と違い、所謂「大作」や賞レースに関わる作品への出演はせず、自らのプロダクションで製作した小規模ともB級とも呼べる作品でのみ主演し、監督業と俳優業を両立しながら地位を確立した。1987年の第45回ゴールデングローブ賞において、生涯の功績を称揚するセシル・B・デミル賞を受賞。
1992年、師であるセルジオ・レオーネとドン・シーゲルに捧げた“最後の西部劇”『許されざる者』を監督兼主演で制作。第65回アカデミー賞監督賞、作品賞を受賞、第50回ゴールデングローブ賞監督賞を受賞した。この頃から『マディソン郡の橋』『ミスティック・リバー』といった文芸性の高い作品も手がけている。
2004年の『ミリオンダラー・ベイビー』で2度目のアカデミー作品賞/アカデミー監督賞のダブル受賞を果たす。74歳という、最高齢での受賞記録を樹立したバイタリティは、アクション映画で培われたものであろうと驚嘆の元に迎えられた。アカデミー主演男優賞はノミネートにとどまったが、「単に監督もできる俳優」ではなく、「アクション映画から文芸映画まで幅広くこなせる、優れた監督兼俳優」という評価を確立した。

2006年に『父親たちの星条旗』・『硫黄島からの手紙』の2部作を発表。これはアメリカがかつての日米戦争において最大級の痛手を受けた「硫黄島の戦い」を、日米双方の視点から2作に分けて描くという方法で製作されている(同じような日米双方の視点による映画には真珠湾攻撃を扱ったトラ・トラ・トラ!があるが、こちらは1本の映画の中に入れている)。『硫黄島からの手紙』は、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞・第32回ロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀作品賞を受賞し、同年の賞レース最大の目玉として注目を浴びていたが、アカデミー賞では音響編集賞のみの受賞にとどまった。2007年1月、『硫黄島からの手紙』でゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞を受賞。
2006年1月ごろ、南京事件 (1937年)を題材とする中国映画『南京・クリスマス・1937』の監督にイーストウッドが抜擢されたという中国官僚の発言が報道されたが、イーストウッド側がすぐに否定するという一幕があった。
2008年の『グラン・トリノ』をもって「もう積極的に役は探さない。いまの映画の役は、みんな若い役者向けに書かれているから。」と語り、実質的な俳優引退宣言を行った。今後は監督業をメインに活動するとスポーツニッポンのインタビューで語った。
しかし後に日刊スポーツのインタビューでは「演じたい役があれば(俳優に)戻ってくるかもしれない」ので、自身からは“ 引退 ”という発言は積極的に用いないという趣旨の発言もしており、揺れ動く心情を吐露している。

政治活動への参加も積極的であり、1986年にカリフォルニア州西海岸にあるカーメル市市長に当選、1期2年間務めた。また、カリフォルニア州公認の共和党員でありながらリバタリアニズムを主張。自ら資金を調達し、第37代カリフォルニア州知事グレイ・デイヴィスへ退陣を迫る投票を行い、民主的な政治家の政治への参加を求めるテレビCMを製作した。2003年5月には、当時開戦したばかりのイラク戦争と、開戦を敢行した国家の双方を「極めて重大な過ちを犯した」と批判。同じく政治論争に積極的で『ミスティック・リバー』で主演に起用したショーン・ペンがバグダードへ向かうのを説得して止めた。他にも、同性結婚に対して臆することなく持論を展開している。なお、民主党が映画の過激な描写を規制させる法案を制定させようとした際は、先陣を切って反対を表明している。

2007年2月17日、監督としての功績が認められ、フランスのジャック・シラク大統領(当時)からレジオンドヌール勲章を授与された。また2009年4月29日、「春の外国人叙勲」で日本政府より「映画製作を通じた日本とアメリカ合衆国との相互理解の促進に寄与」とした功績により、旭日中綬章を授与された。


●sinoさん
遠くまでお出かけいただいてありがとうございます(笑)。
といっても、ビックリはしておりません。
sinoさんの映画の傾向はすこし心得ているつもりなので…(笑)。
「ミリオンダラー・ベイビー」、もちろん観てますよ~。
私の兄ちゃんの映画なので…(笑)。
ただしコレ最近じゃありませんよ、04年の映画ですから。
ん? 津軽では最近に入るのかなあ…?(笑)
けっこう地味な映画ですよねえ(笑)。
兄ちゃん、なんで地味な映画ばっかり撮るんだろ?
と最初は思ってたんですが、ハリウッド映画がひどすぎるので、
こういう地味な名作を撮ろうとしてるんだろうなあと
納得しています(笑)。
兄ちゃん、ホントに映画好きなんだ、ハリウッドの良識を
守ろうとしてるんだ、というか…。
ともあれ、すごくいい映画ですよね!
静かな海底は嫌いじゃないので、別に寂しくは…(笑)。
それに時々津軽からお便りもいただいてますし…(笑)。
しかし確かに最近、ビョンホン・ファン静かですね。
もしかしたら、もうビョンホン・ファンは日本にはいなくなっのかなあ、
と…(笑)。韓国映画のファンも…。
クリック、かなり減ってますもんね、
記事のつまんなさもあるのでしょうが(笑)。
韓国映画でも、いい映画、話題になった映画のクリックは
以前同様にあるので、一方では、「そうなのだ!
私のブログを読んでくださるのは、ホントの映画ファンなのだ!」
と、ひとり合点しています(笑)。

ありがとうございました。


【中古】◆DVD◆ミリオンダラー・ベイビー◆
マンモスビデオ
状態レンタル落ち中古DVDメーカーポニー公開・放映情報2005年米133分スタッフ原作:F・X・トゥ

楽天市場 by 【中古】◆DVD◆ミリオンダラー・ベイビー◆ の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

LD 「許されざる者」【価格840円】
イーワン!
*フォトフレームなどに入れて、部屋のインテリアとして楽しむのもいいかも…1992年度アカデミー賞4部

楽天市場 by LD 「許されざる者」【価格840円】 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

この記事へのコメント

sino
2011年09月13日 20:59
山崎さん、こんなところにお邪魔してビックリでしょう?

山崎さんのお兄ちゃんの、クリント・イーストウッドのわりと最近の映画「ミリオンダラー・ベイビー」は観ましたか?
劇場でも観れたのですが、ぐずぐずしている内に、テレビでということになりました。不幸な結末の予兆を感じながら観ていたと言うと嘘になってしまうかも知れませんが、確かに感じていたように思う。それでも、丁寧に丁寧に描いているのと、役者の名演で満足しました。最後の おはなし のような終わり方がとても好きでした。あのレモンパイの店で終らせる素朴で暖かいアメリカの匂い。この頃、ビョンホンファン静かですね~。熱気がなくて淋しかありませんか?。コメントがないと深海にいるみたいに感じられるんじゃないですか?。

この記事へのトラックバック