ふたりの人魚__後 (2000) 中国

[706]マス・イメージから逃走するためにロウ・イエが取った映画技法とは
★★★★★★

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マーダーはバイク便をやりながらムーダンを探す。
で、たまたま入ったBARでムーダンに再会する。

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……ように見えるけど、ホントはうそ(笑)。
これは「僕」の策略。
僕がムーダンを「開心館」に行かせて、
メイメイに遭遇させてるわけだよね(笑)。

マーダーとはもともとメイメイが語った人物。
では、メイメイはどこでマーダーという男を知ったのか?

彼女がなにも語らないので、
「僕」が、じつはカクカクしかじかなのだ、と、
ここで二人を遭遇させ、
メイメイの「空白」部分を勝手に埋めようとしてるわけだよね(笑)。

ムーダンをメイメイ似の女の子にしたのも、
じつはここに理由があったわけ…。

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マーダーはメイメイの楽屋をこっそり背後から覗き、
彼女がムーダンに間違いないことを確認しようとする。

ここ、私のひときわお気に入りのシーン。
メイメイが化粧して人魚の服を着るまで、
背後からず~っと撮ってみせてるの。

寺山(修司)さんになった気分(笑)。
女が人魚に変身していくのを覗いてる気分。ワクワクする…(笑)。

で、彼女が水槽に入る。

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おお~っ…!
ゾクゾクするなあ。うまいよねえ、ロウ・イエ…!(喜)

マーダーはショーが終わると楽屋を訪れ、
「ムーダン、おれだ、マーダーだ」と名乗るが、
彼女は「勘違いしないで」と相手にしない。

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店の連中にはストーカーと思われて、追い出される。
そりゃ普通は思うかも…(笑)。

こっそりメイメイの後をつけていくと、
彼女は蘇州河に浮かぶボートハウスに住んでいた。
蘇州河…、身投げ…、人魚…、ボートハウス…、
ムーダンに間違いない!
と思い(笑)、

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部屋を訪れ、また自分を名乗る。
そしておまえはムーダンだ、と…。
メイメイは「人違いよ」と酒をぶっ掛け追い返すのだが…、

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去ったマーダーを追うこの複雑な表情は…?
メイメイはほんとにムーダンではないのか?
まだわからない。
というより、ほんとのことは結局最後までわからないんだけどね…(笑)。

マーダーは彼女が「僕」と付き合っていることを知り、
「僕」を尋ねる。

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マーダーはレンズのほうを…「僕」を見ながら言う。

彼女は、オレの知ってる彼女となにもかも同じだ。
橋から飛び込んでそれきりになったムーダンだ。
オレはずっと彼女を探し続けてきた。
君と付き合っているから彼女はオレを知らないふりするが、と…。

「僕」は返す。
君の思い過ごしだ。
彼女はメイメイでムーダンじゃない。
僕の彼女だ、別人だよ、と…。

マーダーは「わかった」と引き上げるのだが、
実はここでとんでみないことが起きている。

マーダーが初めてカメラを見て…、「僕」を見て喋ったことだ。
マーダーは、「僕」の作中の人物だったはずなのに、
いつのまにか僕と対等の人物に…、
現実の人物になっているのだ。

この途方もない飛躍はなにを意味するのか?

マーダーが、君は僕を
君の架空の物語の登場人物だと思っているようだが、
そうじゃない、僕は実在の人物だ、君の物語の中の登場人物じゃない、
と主張しはじめたことを意味する(笑)。

それにたいして僕は、
いやいや君は僕の中の架空の人物だよ、
ムーダンも君と同じように、僕の中の架空の人物。
でもメイメイは架空の人物じゃなくて、僕と同じように実在の人物。
だからメイメイはムーダンじゃないし、君の彼女じゃない。
僕の彼女なんだ、と言っているわけだ(笑)。

マーダーは「わかった」と言って去るが、
自分の言い分を放棄したわけではない。

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かれはその足でメイメイの楽屋に向かうと、
その日からメイメイに向かって、
自分とムーダンの間に起きた過去の話を事細かに、
毎日毎日、語り聞かせた(笑)。

じつはそうすることで、
マーダーはメイメイに自分は実在の人物だ、
君も実在の人物だけど、
でも君はメイメイじゃなくてマーダーなんだよ、
と言い聞かせてるんだよね(笑)。

そうすることで…、
メイメイに自分は実在の人物だと信じさせることで、
自らを現実に実在させようとしてる…?(笑)

すごいよねえ。
いつのまにかスルリと複雑な話になってきてるんだよねえ…!(笑)

そして実際不思議なことが起きていく。

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メイメイは初めはまったく相手にしなかったのだが、
マーダーにムーダンと呼ばれ、
河に飛び込んで人魚になったという(?)ムーダンの話を
毎日聞かされるうちに、
もしかしたら自分はムーダンなのかも…、
と思いはじめるようになるのだ。

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マーダーを抱きしめるメイメイ…。

この映画の中ではなにも語られていないのだが、
メイメイが「僕」に過去をなにも語らないのは、
メイメイが過去の記憶を失っているからかもしれない、
という気がしてくる。

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彼女はほんとうにムーダンで、
蘇州河に飛び込んだ日から記憶を失い、
その後、メイメイとして生きてきたのかもしれない、と…。

過去の記憶を失っているために、
メイメイは自分の過去を知りたがっていたのかも。
そこへマーダーが現れたのかも、と…。

でもそうするとメイメイも「僕」に作られた
架空の人物だということになる…。

なにが真実なのか…?
う~ん、なにが真実なんだろうね(笑)。
言えることは、見てるわたしらはどうやら、
まんまとロウ・イエの術中に嵌まってるのかもしれないということ…?(笑)

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メイメイは僕の前でもふさぎこむようになる。
僕はメイメイとマーダーの間になにか起きたのかもしれないと思い、
僕とは終わり? じゃ最後のセックスでもする?
と、嫉妬から口を滑らす。
メイメイは怒って僕の前から立ち去る…。

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大雨の夜、マーダーは開心館の連中から袋叩きにあう。
「僕」がオーナーにマーダーのことを密告したからだ。

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メイメイは「止めて!」と悲鳴をあげる…。

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数日後、マーダーが再び「僕」の前に現れ、明るく言った。

 ムーダン探しを続けさせてくれればメイメイは君に返す。
 彼女は心変わりなどしていない。いまでも君を愛している、と…。

こいつはなにを言ってるのかわからない、と僕は語るのだが、
マーダーは至極単純なことを言ってるだけだ。

 僕は君の架空の物語の登場人物だったかもしれない。
 認めよう(笑)。
 でもきょうで君とはさよならする。
 僕は君から独立する(笑)。

 君は、僕を「永遠にムーダンを探し続ける男」
 「愛を探し続ける男」と設定した。
 なので、独立して…、
 君の架空の物語から離れて、
 でも、頂いたテーマだけはちゃんと頂いて、
 この上海のどこかでまだ生きているムーダンを探し続けることにする。

 いやだとは言わせない。
 だってそれは君が作った物語なんだから。

 以上。
 僕は今日限り君から独立して、実在して、
 この上海でその物語を生き続けることにした。
 ムーダンを探し続けることにした!
 はい、さようなら。

ということなんだよね(笑)。

ここにも大飛躍がある。
劇(フィクション)が完全に現実になってしまった。
劇が現実を侵食しはじめた、ということ。
なのでもう
この劇(物語)を「劇」と呼ぶには少しためらわれてしまう…。

僕の前からマーダーが去り、
物語はかくてまた「僕」の語りに戻る…。

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しばらくしてマーダーから手紙とズブロッカが1本届いた。
手紙にはこうあった…。

 君には感謝している。
 物語の結末を伝えよう。

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 俺は町外れのコンビニで彼女を見つけた。
 ズブロッカがあると聞いてその店に行ったんだ。

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「マーダー…」と、コンビニのムーダンは言った。
「連れて帰って」と…。

いったいどこへ連れて帰ってというのだろう?
「物語」の中へ、という以外にない…。
現実は信じられない、物語しか信じられない。
コンビニ・ムーダンのことばはそう聞こえる。

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彼女はたぶん…、現実で傷つきすぎたのだ…。

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大雨の日、「僕」はドアを叩く音で我に返る。
警察が来て、確認をしてくれと言う。

僕は急いだ、蘇州河にかかるあの橋へ…。
不吉な予感がした。
ムーダンを見つけたということは、
マーダーの物語はもう終わったということだからだ。

マーダーはもう生きられない。
生きる理由がない…!

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ぼくの予感は当たった。
橋のたもとに男女の遺体が引き揚げられていた。
マーダーと、コンビニの女ムーダンだった。
マーダーは僕の住所を持っていた。
女のほうは…、メイメイにそっくりだった!

僕はボートハウスに走った。
メイメイはいた…!
マーダーが死んだことを知らせると、彼女は蒼褪め、飛び出した。

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メイメイもそこに、マーダーと、自分に瓜二つの女を見た。
そして心の中で叫んだ。

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ムーダンなんて架空の女だと思った。
でもマーダーの話はほんとうだったんだ、と…。

僕はその日、彼女と一日中一緒に過ごした。
そして翌朝、ボートハウスに行ってみると…、

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メイメイの姿は消えていた。
鏡の前に「愛してるなら探して」という張り紙を残して…。

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僕はきょうも舟に乗り、蘇州河を下る、
こうやってカメラで河の風景を撮りながら…。

どうしよう。
彼女に約束したように探しに行こうか…?
いや、よそう、永遠のものなどないのだ。
いまはただ目を閉じて…、次の物語を待とう…。

といって「僕」の話(映画)は終わる。

メイメイはどこへ消えたのか?
言うまでもなく「物語」の中へ消えたのである。
マーダーの後を追うかのように…。

なぜ?
一言でいえば、メイメイもまたコンビニの女同様、
押し寄せる市場化の波にひどく傷ついていたからだ。
求めるものはもはや物語の中にしかないと信じたからだ…。

物語の背景になっている
BAR「開心館」、バイク便、ビデオ撮影稼業、コンビニ等…、
すべてが中国の市場化の象徴であることからも、
それは言える。

そしてその思いはたぶんロウ・イエ監督自身の思いでもある。
そのことは、この映画が、市場化の波に逆らうかのように、
家庭ビデオ1個で撮られていることに表れている。

実際はそうではないんだろうけど、
それでも可能だ!と、いわんばかりに撮ってみせている…!(笑)
その才能たるやすごい…!

映画はいまや産業化している。
徹底して市場化の、商業化の波に晒されている。

莫大なお金、莫大なセット、莫大な人間がいないと、
ドンドン撮れなくなっているのだ。

ヌーベルバーグを志したはずのチェン・カイコーや
チャン・イーモウですらそうなっている。
私の言葉でいえば、ドンドン映画を外側に開いてしまっているのだ。

チェン・カイコーは、チャン・イーモウほど
ひどくはないと一応思ってはいるが(笑)、
ロウ・イエはそれに対して徹底して抗戦しているのだとおもう。

莫大なお金、莫大なセット、莫大な人間がいないと、
映画を撮れなくしてしまうということは、
そのまま映画が「権力」的になるということでもあるもんね…。

ロウ・イエは、
この映画がまさにそうなんだけど、徹底して閉じてみせる。

小さなお話にする。
それも無名の者たちの愛のお話として、
権力とは無縁の者たちのお話として「極私化」してみせる…。

お金はかけない。
画面はきれいきれいにしない(笑)、壮大にしない。

家庭ビデオ1個あれば、誰だって撮れる映画。
それもいい映画を、素晴らしい映画を。
オレはそういう映画を創る、創ってみせるぞ~!
だよね…(笑)。

それもヌーベルバーグの手法で…。
現実の街に出て、現実の街を物語の、
映画の背景にしてしまうという手法で…。
その意味では、映画を徹底して「開いて」いくわけだけど…。

そうしたロウ・イエの映画を見ていると、
私はいつもアングラと呼ばれた寺山修司や唐十郎の演劇を
思い出す。
手法が実によく似ているんだよね。

寺山さんは、
個別訪問劇だとか称して、突然、現実の家庭を訪問し、
そのひとたちの前で劇を演じるばかりか、
劇の中の登場人物へと拉致した…(笑)。

「おまえら帰さない」と客に言い、
劇場の扉を釘付けにしてしまうこともあった…(笑)。

唐さんは厚い壁に囲まれた劇場をテントとして、
それも街のど真ん中に持ち込んだ。
そしてテントの尻をめくり、現実の街を劇の中の背景に
取り込んでみせた。

おお、なんたるヌーベルバーグかよ…!(笑)

実際、日本の当初のアングラ劇は、
映画界のヌーベルバーグ(運動)と歩調を合わせていたわけだけどね。

映画の権力化、マス・イメージ化は、
映画の産業化のもとではある意味では避けられない。

でも、できるだけ避けていかないと、
なかなかいい映画が、面白い映画が撮れないのも事実だよね。

さて、ロウ・イエはそれをどうやってるのか。
わたしの解説を読むより、これ見れば一目瞭然だよ(笑)。

ぜひ観て、
みんなで最近の韓国映画に猛省を促そうではないか…!(笑)


■83分 中国/ドイツ/日本ドラマ ロマンス
監督:ロウ・イエ
製作:ナイ・アン フィリップ・ボバー
脚本:ロウ・イエ
撮影:ワン・ユー
出演
ジョウ・シュン
ジア・ホンシュン
ナイ・アン
ヤオ・アンリェン

2000年ロッテルダム国際映画祭のグランプリ受賞作。中国の新鋭ロウ・イエ監督が、現代の上海を舞台に描く切ない恋の物語。上海でビデオの出張撮影の仕事をしている男。仕事は順調とはいえず暇をもてあまし気味。ある日、撮影先で人魚のように美しい水中ダンサーのメイメイにひと目ぼれする。ふたりはつきあい始めるが、彼女には謎めいた行動が多かった。しかもある日、彼女のことを自分の恋人のムーダンだと言い張る男まで現われて……。

 

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