19歳の母 (2009) 韓国

[812]遺棄された19歳の母親イヌァは手の差し伸べ方がわからなかった…
★★★★★☆

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「ヒマラヤ、風がとどまる所」を撮った、
私の大好きな監督チョン・スイルの作品。

これまたいかにもチョン・スイルらしく
「う~ん、訳わからん」「でも面白~い!」的映画…。

別にストーリーがわからないわけではない。
ストーリー的には比較的単純である。

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19歳の女子高生イヌァが出産する。

父親が誰なのか初めはわからないが、
物語が進行するにつれて
「援助交際」した相手の子らしいことがわかる。

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それも自分がすすんで援交したようには思えない。

唯一の親友サンミ(左)が、お金ほしさに援交しようとしたのだが、
あいにく生理になって、
「お願い、代役で援交して!」と頼まれ、代役援交をし、
結果、妊娠し、臨月を迎えたようなのだ。

「ようだ」と曖昧にしか言えないのは、
どこかで明確に語られているわけではないからである、
少なくとも字幕を追う限り…(笑)。

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出産すると、
すぐに釜山社会福祉会の職員が病院に現れ、
生まれた児を引き取っていく。

養子縁組の書類に捺印したのだ。

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事情はわかる。
彼女はまだ19歳、女子高生なのである。
しかも「孤児」なのだ。

ちなみにここは
彼女がひとりで住んでいる川沿いの粗末な家…。

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退院しても学校に行かず、仕事を探しはじめるのだが、
仕事はなかなか見つからない。

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親友サンミから、
「生理になったのでお願い」とまた代理援交を頼まれるが、
こんどは断る。

ちなみにサンミはお金を貯めて日本へ行き、
お金を稼ぎたいと思っている。

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時々、帝王切開したお腹の「傷」が痛む。
気になる…。

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思い出す…、夢に見る…。

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母親に、孤児院に預けられたあの幼い日のことを…。

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しかし自分も母親と同じことをした。
産んで、まともに顔を見ることもなく、自分の児を捨てた。

あの児に会いたい、あの児を取り戻したい!
イヌァはそう思い、社会福祉会を何度も訪ねるのだが、
そのつど、職員にのらりくらりとかわされる。

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ある日、親友サンミが現れ、言った。
あした、日本へ行くことにした、と…。
やけに突然な感じである。

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私もはやく…、と思ったのか、
イヌァはまた社会福祉会を訪れて、
自分の児を養子にやった先を教えてくれと迫った。

と、職員に言われる。
おまえみたいな不良に育児ができるのか、
責任とれないなら産むなよ、と。

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イヌァはビール瓶で職員を殴り倒し、養子先を聞き出し、
そして旅支度して向かう。

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そこはなんと遠い遠い、遥かアイルランド…。

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養子先の家の玄関に立つと、彼女は言った。
「私は…、来た…、私は…、来た…」
それ以上、なにも言葉が出てこない。

家の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、そこで映画は終わる。

というストーリーなのだが、
ストーリーをこんなふうに書いても、なにも書いた気がしない(笑)。

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ラスト、彼女が養子先の玄関に立って、
「私は…、来た…、私は…、来た…」と繰り返すとき、

わが児に会いに来た、ということなんだろうが、
幼い頃自分を捨てた母親に会いに来た、
というふうにも取れる。
たぶん想いは両方なんだろうね。

しかしなんで突然アイルランドなのよ監督、と思う。
「ヒマラヤ、風がとどまる所」は、突然ヒマラヤだったし…(笑)。
しかも今回も高い「山」…?

同じ女子高生の親友サンミは、
日本へ行って金を稼げば自分の希望が手に入るかのように、
韓国を捨て、日本へ発った。

イヌァ=チョン・スイル監督は、日本じゃだめ、
もっと遠い遠い、そして高い高い山のほうへ行かないと、
「風がとどまる」…、
と思ったのだろうか?(笑)

ちなみに「希望」というキーワードを使っているのは、
映画の途中で、「子供の家 希望」という看板が
朽ちて道端に落ちていたからだ。(笑)

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幼いイヌァが預けられた孤児院かどうかはわからないが、
「希望」が、どこまでも寡黙なこの映画のキーワードであるのは
たぶん間違いない。

実際、この映画はよく歩く。
ただ、当てもなくほっつき歩いてるイヌァを追っかけて撮ってる
だけの映画じゃないか!
と怒ってもいいくらい、ひとによっては…(笑)。

でも職探しだけじゃない、
あれは彼女が希望を探し歩いてるんだよね、
母親にも、そして社会にも捨てられた…、遺棄されたイヌァが…。
だよね、チョン・スイル監督?(笑)

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しかし彼女が歩くのはいつも、
こんなところに希望は落ちてねえだろうと言いたくなるような
裏の道ばかり…。

廃船…、解体作業…。

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遺棄されたかのような魚市場の片隅。

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道端に遺棄されたかのような老人。

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父親はいるが、遺棄されている近所の少年サンミン。

廃船に住んでいるサンミンは、イヌァのもうひとりの無二の親友。
かれと二人してタバコをやっている時…、
不良をやっている時だけ、イヌァの心は安らぐ。

捨てられた者の特権…。

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こうした遺棄された裏道を歩くのは、
自ずと、遺棄された孤児イヌァの心性を物語っているのだろう。
実際、彼女には壊れ、朽ちた壁がよく似合う…。

が、一方で彼女にはもうひとつの拭いがたい心性がある。
他人にけして「手を差し伸べない」のだ。

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ひとりの少年が、数人の少年に暴行されているのを見ても、
止めようとしないし、警察を呼ぼうともしない。
ただ眺めて、そして立ち去る。

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酔っ払いが小便をしようとして川に落ち、溺れても同じ。
ただ眺めて、そして立ち去る。

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酔った中年男が、タバコを吸っている高校生たちに注意すると、
男は高校生たちに暴行され伸びてしまう。
だがここでも彼女はただ眺めて、そして立ち去る。
男はこの暴行でたぶん死んだ…。

この男、じつはサンミンの父親である。

この父親がサンミンにタバコなんか吸ってと殴ったときも、
彼女は無二の親友に「手を差し伸べる」でもなく、
ただじっと眺めていた。

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もうひとりの親友サンミにだって手を差し伸べない。

ある日、二人はカラオケに行く。
と、隣室でカラオケをやっていた女たちに隣室に呼び出され、
殴られる。

たぶん売春を仕事にしている女たちで、
あたしらのシマを荒らすんじゃないと、
援交をやっているサンミに少しヤキを入れたのだろう。

が、イヌァはそれをただ壁越しに眺めているだけで
助けようともしない。

親友に手を差し伸べないなんて、親友じゃない!
と怒りたくなるが、ほんとうを言えばたぶん、
「手を差し伸べる」ということが
いったいどういうことなのかわからないのである。
差し伸べ方がわからないのである。

生まれてこのかた一度も、
親にも親友に手を差し伸べられた体験がないから…。

彼女が知っているのは、「捨てる」ということだけ。
捨て方だけ…。
もちろん彼女が親や社会に捨てられたから…。
捨て方だけを…、遺棄の仕方だけを教えられてきたから…。

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だから彼女は産んだばかりのわが児を捨てた。
看護婦にもらったヘソの緒を便器に捨てた…。

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道の傷…、町の傷…。

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割かれても…、傷つけられても生きているアナゴ(うなぎ?)…。

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帝王切開したイヌァの傷…、児を捨てた傷、捨てられた傷…。

彼女の心は、こうした二つの心性に引き裂かれ、
「傷」が痛む。

脱出。ここではない場所…。
いちばん低い川沿いの土地から、高い土地へ…。
「風がとどまる」場所へ…。

遺棄ではなく、育てることへ…。
手を差し伸べることへ…、希望へ…。

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そう考えると、ラスト、
わが児を養子にした…、わが児に手を差し伸べた
アイルランドの女性(母親)を前に彼女が、

「私は…、来た…、私は…、来た…」としか言えなかった
複雑な気持ちも、
うん、ちょっとわかるような気がするかな…?(笑)

ともあれこの作品、
いまだに「孤児社会」の問題を抱えた韓国の姿を、
19歳の母親を通して描いた作品。

こんなに真摯に韓国社会と向き合ってる監督は
いまやチョン・スイルだけのような気もするよね。

と、もうひとつ。
改めて思うのは、チョン・スイル監督、
とことん口下手で、無骨な監督なんだなあってこと。

もちろん私がこの監督に無性に惹かれるのも
そこなんだけどさ~…(笑)。


■83分 韓国 ドラマ
監督:チョン・スイル
脚本:チョン・スイル
撮影:キム・ソンテ
音楽:チョン・ソンファン
出演
パク・ハソン
キム・ジョンテ
ヘリン

願わない妊娠で子供を出産した19歳の少女が,養子縁組された子供を探しにアイルランドへ向かう胸が痛む旅情を描いた作品。
19歳で願わない妊娠をすることになったイヌァ。出産するやいなや,すぐに養子縁組同意書に拇印を押して,また日常に帰る。
だが,腹に残されている出産の跡(手術跡)から子供を捨てたという罪悪感と子供に対する懐かしさが積もっていく中で,また子供を探さなければならないと考えたイヌァは,養子縁組された子供を探すために,苦々しくて孤独な旅行を開始することになる。

  

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