心 (1973) ATG

[851]新藤兼人にこんな愚作を撮らせてしまった1973年という時代と若者
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12月公演「こゝろ」に向けて稽古をやっている。
もちろん漱石の「こゝろ」の舞台化である。

中学生の頃からずっと漱石を読みつづけている。
主題もむろんのことだが、
漱石の文章が好きで好きでしょうがないのである。

これほど美しい文章を書く人はいまなお現われていない
と思っている。

なので舞台化に際しても、できるだけ
漱石の文章をそのままセリフにすることを心がけている。
で、漱石が書いていないところを私が書いているのである。

そう。いわば漱石との合作なのだ。
共同脚本!
凄いよねえ、燃えるよねえ、これほど嬉しいことはないよねえ。

そして書いていて自分でも驚くことがある。
漱石の文章と私の文章、同じじゃん。
もしかして漱石の孫は房之助(夏目房之助)じゃなくて
私なのかもしれんぞ、と(爆)。

まあ、中学生のころからずっと漱石を読んでいるので、
漱石の文章が私に刷り込まれてるは当然なんだろうが。

誰だよ、そこで似てねえなんて言ってるのは…(笑)。

ところで私はこれまで、
漱石の小説を映画化したものは絶対に見ないことにしてきた。

私の中の漱石のイメージを大事にしたかったし、
それでまた私にはじゅうぶん事足りていたからである。

が、ここに来てその掟を破ることにした。
私もお客さんに私の漱石を観てもらうことにしたのだから、
ほかのひとが描いた漱石作品も観ないとよくないわなあ
と思ったのである。

で、早速、新藤兼人監督の「心」を借りてきて、
みんなで観ることにした。

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…………………?

すごかったなあ。
始まって5分ほどで即座に中断し、あとは観ないようにと
みんなに強く釘を刺した。
ヒットラーになって命令をした(笑)。

これが漱石の「こゝろ」だと思われたらもう
取り返しがつかないからである。

まあ、私は監督に無礼のないよう
ひとりで夜中に最後まで観ることにしたのだが…。

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物語は、「こゝろ」の
「先生の遺書」の章を骨格に展開させている。

ただし時代は明治ではなく、
この映画が作られた1973年に移し変えられている。

小説の中の「先生」を松橋登、
先生の下宿先の軍人未亡人(奥さん)を乙羽信子、
お嬢さんを杏梨、
先生の友人で後に自殺するKを辻萬長が演じている。

はじまってすぐに目を覆いたくなる。
この四人の人物像が原作とあまりにもかけ離れているからだ。

松橋登は軽薄このうえないし、
なんでこれがあの「先生」なのよ、
なんで奥さんがこんな男を可愛がるのよ、
なんでお嬢さんがこんな男に惚れなきゃいけないのよ、

なんでこんな男があとで反省して自殺するのよ、
うそだろ、そんなことありえねえだろう、へそが茶沸かすぜ!
と気が狂いそうになるのである。

はやい話が、松橋登の演じる人物像と、
展開する物語がまったく合わないわけだ。

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いや、松橋登だけではない。
乙羽信子の奥さんも、杏梨のお嬢さんも、辻萬長のKも、
原作の人物像とはまったくかけ離れているし、
縁もゆかりもない人物たちなのだ。

なのに物語はいちおう漱石の「こゝろ」なものだから、
漱石の書いている言葉を喋っているものだから、
原作を読んでいる私の頭の中はすさまじいパニックに陥る。

物語と人物像が分裂しているから
こっちまで分裂しそうになる。

あの「こゝろ」を
どうやって読んだらこんな人物像が浮かび上がるのよ、
と叫んで海の水平線に向かって駆け出したくなる。(笑)

監督~、まさか、あの、
それが私の狙いなのだなんて言わないですよねえ?

そんなとこにいないで、こっちに降りてきて
釈明のひとつでもしてくださいよ~。(爆)

ちなみに私は監督に一度だけお会いしたことがある。
薄汚い狭い小屋で「イエスの方舟事件」を上演していたら、
突然、客席に監督のあの巨体があったのだ(笑)。

あの、あの、私、監督になにか悪ことをしたのでしょうか、
覚えがないのですが、と言うと、監督は言われた。
「いや、君と僕を連名で訴えると通知が来たもんだからさ」だって(笑)。

なんの話か?

それがさあ、方舟のおっちゃんから、
事件を上演したら訴える、映画にしたら訴えるって言われたのさ。
監督と私…。(笑)

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しかし新藤兼人ともあろう監督が
どうしてこんな支離滅裂な愚作を撮ってしまったのだろう?
(すんません、監督)

考えられる理由はただ一つ、
1973年という時代のせいだと思う。

連合赤軍の浅間山荘銃撃戦を契機に
運動の波が引き始めたとはいえ、
当時は、若者を中心に時代はまだまだ熱かった。
と同時に先が読めずに誰もが混迷していた。

そうした時代の中で、
新藤監督自身もどこか混迷していたのだとおもう。

そのことは明治の話を
わざわざ現在に、1973年に置き換えたこと。

先生が自殺する場所を、
大菩薩峠を彷彿させるかのように
原作にはない「蓼科山」に設定していることからも窺える。

物語的に言うと、
「こゝろ」の話を連合赤軍内部の「裏切り」の話に
強引に折り重ねようとしている気配があるのだ。
まったくむだ骨にもなっていないが…。

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それだけではない。
この映画で新藤監督も、名優音羽信子も、
それまでの自分を全部捨ててこの映画を撮っているかのような
フシがある。

音羽信子で言えば、
こんなに無様でどうしようもない俳優であるわけがない。
原作の軍人未亡人イメージをやろうと思えば
ラクラクやってのける女優である。

が、それをわざとやらずして、
どうしようもねえ松橋登や、辻萬長や、杏梨に、
当時の若者の演技に合わせてやっているとしか考えられないのだ。

悪く言えば、
当時の若者や、時代の波にかしずいて撮っているような気がして
ならないのだ。

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どんな天才だって時に誤ることはあると思うが、
この作品を観ていると、

すんません、おれらの世代がどうしようもないバカで
監督や音羽さんまで迷わせてしまって…、
と、ほんと土下座したくなってしまう。

まあ、そういう意味でいうと、
まさにATGならではの作品だよなあとは思うが…。

●月見草さん
月見草さんが漱石好きというのは
はい、もう意外でもなんでもありませんでした(笑)。
太宰は芥川を師と仰いでいましたが、
ほんとうは芥川の師の漱石を大師と仰いでいたんだと思います。
少々ひねくれものなので本心は明かさないようにしていた
と思いますが(笑)、
どう考えても太宰の作品は漱石の系列下にありますよね(笑)。
まあ、漱石が長男で、芥川が次男、そして太宰が末っ子
というのが私の中の日本近代文学史です。
この映画、時代なんか知らないよ、関係ないよ、
と漱石を、そしてそれまでの新藤兼人を、音羽信子を
大事にして撮ってほしかったと言うのが私の痛切な思いでした。
まあ、ATGなので金がなかったというのも確かでしょうが、
でも金がなくても志があれば、
それなりにいい映画を撮れるんじゃないですかねえ(笑)。
腹立つのは、私の世代前後の俳優が、
新藤兼人監督を、音羽信子さんを舐めとるということだと思います。
それでまあ怒りが収まらなかったと言いますか…。
「こころ」の舞台化、すごく難しいと思いますが、
難しいほど私は燃えてくる性分なものですから…(笑)。

ありがとうございました。


■90分 日本 ATG ドラマ/ロマンス
監督:新藤兼人
製作:葛井欣士郎 新藤兼人
原作:夏目漱石「こころ」
脚本:新藤兼人
撮影:黒田清巳
美術:難波一甫
編集:近藤光雄
音楽:林光
助監督:国上淳史
出演
松橋登 K
辻萬長 S
杏梨 I子
乙羽信子 M夫人
殿山泰司 Sの父
荒川保男 アベックの男
小竹外登美 アベックの女

二人の学生と一人の娘をめぐる愛の葛藤にスポットをあて、生命の根源としての「裏切り」と「性」を凝視する巨匠、新藤兼人。明治の文豪夏目漱石「こころ」の映画化!
物語の主人公、二十歳のKは、東京・本郷に下宿先が決まった。そこには夫を戦争で失ったM夫人とその娘アイ子がいる。アイ子はKがたじろぐほどの若さと美しさを持っていた。その後Kの中学時代からの親友SがKの隣部屋に同居することとなった。ある日SはKに自分がアイ子を愛してしまったことを告白する。まだアイ子には告白していないというSの言葉にほっとするK。Kは二人きりになった夫人に"お嬢さんをわたしに下さい"と切り出す。このことをSに知らせなければならないと考えるKだったが…。漱石文学の持つ文学的な生命力を単に現代の風俗のなかに生かすだけでなく、漱石文学が現代のモラルに対抗できるものとして取り上げてみたいと新藤監督が並々ならぬ意欲をみせた作品。

 


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この記事へのコメント

月見草
2012年10月30日 11:40
てつさん、夏目漱石に反応して、またまたコメントしてしまいました~
女学校時代、漱石が大好きでほとんど読みましたが、とくに三部作の中で「こころ」が印象に残ってます「門」はちょっと忘れてしまいました。
新藤監督、財政難で良い役者さん見つからなかったのかなぁ・・・・そんなキャストですね。
てつさんの、衝撃的がっかり度がもろ伝わってきます。
てつさん、「こころ」を舞台にするって難しくないですか?ご健闘お祈り致しております。

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