故郷よ (2011) ヨーロッパ

[1005]この映画は途方もない出来事を描くことの困難さを感じさせてくれる ★★★★☆☆

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チェルノブイリ原発事故を背景にしたドラマ。

監督は、イスラエルとフランスの国籍を持つ
女性監督ミハル・ボガニム。

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1986年4月。プリピャチ川には
春の訪れを喜ぶ人たちの姿があった。

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土手にリンゴの苗木を植える
チェルノブイリ原子力発電所の技師アレクセイと、
その息子ヴァレリー。

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ボートをたのしむ消防士のピョートルと、婚約者のアーニャ。

人々はみな、
チェルノブイリ原子力発電所従業員用の居住地として創建された、
同発電所から4キロの隣町プリピャチに住んでいた。

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4月26日。
最初に異変に気づいたのは、森林警備員のニコライである。
早朝、いつものように森林へ行こうとすると、
道路は出動した軍に封鎖され、
森の木の葉が赤く爛れていた。

ちなみに事故が起きたのは
26日の1時23分(モスクワ時間)。

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この日、ピョートルとアーニャは式を挙げた。
と、途中、森林火災が起きたと出動を要請されて出かけ、
そのまま連絡が絶えた。

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すでに放射線を浴びた魚や鳥たちは死にはじめていたが、
まだ誰も気づかない。

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降りはじめた「黒い雨」にも。

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夕刻、原子力発電所の技師アレクセイは、
電話で事故を知らされ、
すぐに妻と息子を車で町から遠くへ退避させた。

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夜、発電所から白煙が上がった。
なにも知らされない人々は、「美しい」と言って、白煙に乾杯した。

翌27日…。

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ある農家に、白い防護服を着た連中がヘリでやってきて、
家畜小屋を炎上させ、避難しろと言い、去った。
農家の人々は何事かとただ茫然とするしかなかった。

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技師アレクセイは市場へ走り、
ひそかに売られている肉の放射能量を測定した。
もちろん食べれる代物ではなかった。
守秘義務を負っているかれは傘を買占め、
雨に濡れているひとたちにただ配り歩いた。

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夫のピョートルが病院に搬送されたと知ったアーニャは
病院へ行き、看護婦にはじめて真相を知らされる。
大量の放射能を浴び、すでに「人間原子炉」だ、
面会は絶対にできない、かれはモスクワに搬送される、と。

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技師アレクセイは、
雨に濡れるバス停のベンチに横たわる女性に傘を差しおき、
そのまま姿が消えた。
女性は、真相を知って言葉を失ったアーニャだった。

4月28日…。

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プリピャチの市民約5万人は、強制退避を命じられる。

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私物の持ち出しは一切禁止。

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そして残された動物、家畜は、すべて殺害された。

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それでも人々は
2~3日で町へ帰ってこれるものだと思っていた。

10年後…。

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廃墟と化したプリピャチ。

事故後、30キロ圏内は立入制限区域となったが、
各国、各地から訪れるひとのために、観光ツアー地にもなっていた。

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アーニャは母とスラブティチに住んでいたが、
その観光バスのガイドになり、
月の半分はプリピャチで暮らしていた。
ちなみにツアー代金は、昼食込で一人300ドル。

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彼女は、ツアー客に
「どうしてこの地に留まるのか」と聞かれるたびにこう答えていた。
「我が家だからです」と。

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事故で夫を亡くした彼女には、
パトリックというフランス人の婚約者がおり、
パリで一緒に暮そうと言われていた。

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それを知った亡夫の友人のディミトリは引き留めた、
この町で自分と暮らそう、と。

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長年放射能で汚染され、髪も抜け落ちるようになっていた
アーニャの心は二人の間で揺れた。
老いた母親のことも考えなければならなかった…。

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一方、原子力発電所の技師アレクセイの妻は、
息子ヴァレリーを連れて
10年ぶりにプリピャチの地に足を踏み入れた。
死んだ夫を弔うために。

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しかしヴァレリーは、父は生きていると信じ、
かつて住んでいた家へ行き、
「パパ、僕らはスラブティチにいるよ」と壁に書き記した。

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事実、アレクセイは生きていて、
列車を乗り継ぎ、ひとり故郷を目指していた。
廃止されて停まることのないプリピャチの駅を。

駅員がそれを伝えようとしても、
かれの脳はもうそれを理解することができなかった…、
というお話。


監督のミハル・ボガニムは、
実際に事故後のチェルノブイリ、プリピャチを訪れて
ひどく衝撃を受け、映画を撮りたいと思った。

そして当地や被害者たちの取材を重ね、
5年もの歳月をかけて脚本を書き、
現地へ行って撮影したのだという。

でも残念ながら映画としてはあまりうまく行ってないかな?
とくに後半は、いろいろなことを詰め込みすぎて
ちょっと散漫になってるよね。

彼女からすると、
事故後の「複雑さ」を描きたかったのかもしれないけど、
人物たちのこころの複雑さはうまく伝わってこないよね。
べつに観なくても、
すでにこっちの想像のうちにあるものばかりっていうのかな。

あえて厳しい言い方をすると、
映画ってのは「時間を止める」ものだということが
まだよくわかってないのではないかと思う。

ましてこの事故の場合、
人々のこころは4月26日で止まってるはずだよね。
そこから逃れられない…。

実際、それを描こうとしているはずなのに、
時間を止めることができてないよね。

「時間を止める」ってどういうことか、たとえて言えば、
30日間、ずっとカメラを据えっぱなしでプリピャチの町の一角を
撮るとか、そういうこと(笑)。
で、取材したひとの声をそのバックに流すとかね。

それだってフィクションなんだよね。
作る側の手が入ってしまう訳だから。
構成してしまう訳だから。

「フィクション」というのは、
監督が「フィクション」にこだわってるみたいだからなんだけど、

なんかさ、それくらい大胆な方法をとらないと、
途方もない出来事を撮るのはむつかしいよなあ
と痛切に思う。

誤解しないでほしいんだけど、
この映画、だめだと言ってるんじゃないのよ。
志がよくわかるだけに、
お互いなんとかしたいよねえとエールの気持ちを込めて
言ってるだけ。

すこしも呑気には言ってられないよ。
ここで描かれようとしていることはそのまま、
「フクシマ」を抱えた私ら日本人の問題だもんね。


■108分 フランス/ウクライナ/ポーランド  ドラマ
監督: ミハル・ボガニム
製作: レティシア・ゴンザレス ヤエル・フォギエル
脚本: ミハル・ボガニム
共同脚本: アントワーヌ・ラコンブレ アン・ヴェイル
撮影: ヨルゴス・アルヴァニティス アントワーヌ・エベルレ
編集: アン・ヴェイル ティエリー・デロクル エルヴェ・ド・ルーズ
音楽: レシェック・モジゼル
出演
オルガ・キュリレンコ アーニャ
アンジェイ・ヒラ アレクセイ
イリヤ・イオシフォフ ヴァレリー(16歳)
ヴャチェスラフ・スランコ ニコライ(森林警備員)
セルゲイ・ストレルニコフ ディミトリ
ニコラ・ヴァンズィッキ パトリック
ニキータ・エンシャノフ ピョートル
タチアナ・ラスカゾワ アーニャの母
ジュリア・アルタモノフ カリーネ

チェルノブイリ原発事故で甚大な被害を受け、立入制限区域に指定されたウクライナの街プリピャチを舞台に、故郷を追われた人々の悲痛な運命を描き出したヒューマン・ドラマ。
主演は「007/慰めの報酬」のオルガ・キュリレンコ。監督はこれが長編劇映画デビューとなるミハル・ボガニム。
1986年4月26日。チェルノブイリから、わずか3キロの隣町プリピャチ。
この日、アーニャは結婚式を挙げ喜びに包まれていた。
しかしその最中に山火事発生の報を受け、アーニャの夫は消火活動に駆り出される。そして二度と帰ってこなかった。
一方、原子力発電所の技師アレクセイは、原発事故の真相を知らされるも、守秘義務に縛られ誰も助けることができずに無力感を募らせる。
数日後、ようやく住民に原発での事故が告げられ、強制退去が命じられる。
10年後、アーニャは立入制限区域のこの街で、廃墟となったチェルノブイリを巡る観光ツアーのガイドとして働いていた。

 

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