復讐鬼 (1969) 日本

[1066]村の男たちに輪姦された妹の悲鳴は刃と化して兄の体に突き刺さった

画像


3月17日、若松孝二監督の3回忌。

ポレポレ東中野で監督の特集をやっていて、
足立正生、篠原勝之、四方田犬彦、
所縁の3人がトークショーもやるというので久しぶりに東中野へ。

東中野は私には思い出の場所。

詳細な記憶はもう不鮮明だが、
1973年(?)に劇団「つんぼさじき」の事務所を武蔵小山から
東中野に移し、数年住んでたんだよね。

事務所と言ってもなにぶん
若い頃だから自分のアパートを兼ねてたんだけど、
ある日、稽古を終えて事務所へ帰ると、いやあ、びっくりしたよ。
押し入れから引っ張りだされたり、本棚がひっくり返されたりして
部屋の中がもう無茶苦茶、ゴミの山なのよ。

うわあ~、やられてもうたあと苦笑いするしかなかったなあ。
え? 泥棒じゃないよ。公安にガサ入れ食らったのよ(笑)。

その数日前、学生時代の友人から速達で、
赤軍派に銃を流したのではないかと疑われ取り調べられた。
そっち(山崎)もガサ入れ食らうかもしれない、とお知らせがあった訳さね。

あ~あ、ご苦労様、と公安連中と自分に声をかけ、
エッチラコッチラ徹夜でひとり片づけるしかなかったよ(笑)。
もちろん何も出てくる訳ないよね。
私、赤軍派とは何の関係もなかったもん。

そのあとしばらくしてパレスチナへ行った
日本赤軍派の和光晴生さんと出会ったのもここ、思い出深き東中野(笑)。
若松プロにいた和光さんがなぜか劇団の女の子に出演依頼に来てくれたの。
ん?公安が舞台写真見て若松プロに教えたのかもな、
あそこにはいい女優がいるぞって(笑)。

以来、うまが合ったのよ。
和光さん、若松さん同様宮城県出身なんだけど純朴一途なひとでさ。
大好きだった。

東口横町に小さな飲み屋街があるんだけど、
和光さんが日本を発つ前夜もそこにある酒場で二人して飲んだ。
と言ってもアラブへ行くという話を聞いただけで後は何もさね。

翌74年1月にシンガポール事件起こしたのを知って
初めてひとり「そうだったのか」とこっそり得心したけどね。

足立正生さんはもう憶えてないだろうが、
足立さんとも実は東中野で一度会ってる、和光さんに紹介されて。

いやいや、足立さんとは、
足立さんがアラブへ発つ数時前にも実は会ってる。
新宿歌舞伎町にあった例の飲み屋「こちゃ」で。

足立さん、家を売って女房に、なんて「こちゃ」のおかあさんに
さりげなくこれからの身の上を話してらしたでしょう。
若造の私、たまたま隣席で聞いてたんですよ。
私が公安だったらどうするつもりだったんですか。ヤバイじゃないすか(笑)。

荒井晴彦さんともパチンコ屋の隣にあった喫茶店でお茶しながら
長い時間喋ってたことあった。
なんで会ったのか、何喋ってたんだか全然憶えてないわ。♬

あれ? いまにして思うとオウム報道のとき私がひとり闘ってたのも
若松プロの連中に尻ひっぱたかれてたからかも知れんなあ
という気がしてきたぞ。やべえ(爆)。

画像


映画「復讐鬼」。これもめちゃ思い出深いのよ。

私は広島で学生生活を送ってたんだけど、年に何度か必ず上京してた。
リュック背負って早稲田や神田の古本街を歩くため。
大坂・東京間しか新幹線走ってないから大変だった頃よ。
うん、私、偉かった。国から金貰いたいくらいの苦学生だったよな(笑)。

その合間に映画観たり舞台観たりしてた訳だけど、
これもいまは亡きアートシアターの裏手の「蠍座」で見たのよ。
で、うわっ、東京だ、凄げえ!と衝撃的でいまだに鮮明に憶えてる訳。
劇場もいかにもアンダーグランドって感じだったしさ。

あ、映画自体は「津山三十人殺し」を下敷きにしてるから
背景は東京じゃないよ、ド田舎、田舎生まれのおらが山の中(笑)。

肺病を患った家系に生まれた兄妹が
恒常的に虐めやリンチを受け村八分にされる。
あげく村人たちは兄弟の土地を手に入れるため兄をリンチし、
彼の目の前で妹を寄ってたかって輪姦する。

妹は気がおかしくなり、包丁で自死する。
兄は復讐心を燃やし、村長の家にあった日本刀を手に村人を皆殺しにし、
山頂にひとり消える…。

物語はたったそれだけなんだけど、
家や田畑の中でセックスに明け暮れる村の男や女を殺していく
その描写がまあ素晴らしいのよ、画面いっぱいに緊張感が溢れててさ。

ぶっ殺す時、まず男の目の前で女房や恋人をぶっ殺す。
それも乳房や女性器に刀をぶち刺し。
目の前で輪姦される妹を見て兄は心が引き裂かれた訳だけど、
その自分の悲鳴を男連中に追体験させてから殺す訳だよね。

そこが「復讐鬼」の所以。
つまり復讐心が「鬼」と化してるところな訳だよね。

それがまあ目の前の画面で繰り返されていくもんだから、
観てる観客にはその兄の悲鳴がズシーンと否応なく腹に堪えるような
演出になってる訳。

「お兄ちゃん。助けてお兄ちゃん」
という輪姦される妹の悲鳴からいきなり始まるんだけど、
妹のこの悲鳴も凄いよねえ。

もう刃な訳。刃そのもの。

妹の言葉と声が、悲鳴が、まさにブツ(物)と化し、刃と化し、
見ている兄の心を、そして画面のこっち側で観てる客の心を
ぶっ刺してくる訳。

私は常々「表現とはブツにすることだ」と言ってる訳だけど、
そのお手本みたいな演技、演出なのよ。
なので私の言うことが理解できないひとは絶対観たほうがいいわな♬

しかしまあ若松さん凄いよねえ。
こうなるともう鬼!人非人!と私は立ち上がって叫ぶしかないわな(笑)。

DVD出てなくて画像お届けできないのが悔しいというか、
皆さんざまあみろというか…。すんまへんなあ(笑)。


トークショーで四方田犬彦さんはしきりに
若松さんに会って映画の主題や、物語の思想を引きだそうとしたんだけど、
照れ屋でいつもはぐらかされたと言ってたけど、
私とは全然観方が違うわな。

この映画の主題は一言で言えば、性と政治。
当時は政治の季節だった訳だけど、徹底して性を描くことで、
兄と妹のそう言ってよければ近親愛を描くことで政治にぶつかって行こうと
した訳だよね、ピンク映画の巨匠若松孝二は(笑)。

のちに若松さんが製作したおらが大島渚の「愛のコリーダ」もそう。
徹底して性を描くことで共同幻想をひっくり返してやろうとしてる訳。
若松さんの私的怨恨で言えば、
いかり狂って警官の頭をぶち殴ってやろうとしてる訳さね(笑)。

でもそうした主題、思想は私には二の次だよな。

一に来るのは上に書いたような「表現」。
演出、表現の途方もない素晴らしさ。
積極的な主題だから評価しようってふうには私にはならんのよ。
むろん親近感は無茶苦茶抱く訳だけどさ。

若松さんもそうだったのかもなと時々思う。
で、そこがまた若松孝二と足立正生の微妙な分かれ道だったのかもな
とも。

あ、映画についてもう一言。

私、兄・毛原アリオを演じてるのはこの間ずっと谷川俊之だと
信じ込んでたのよ。細面の顔が印象的だったもんだからさ。
そしたら吉沢健だったんだね。ギエ~だよねえ(笑)。

画像

ちなみにこの写真は私が「漱石の道草」をやった時に観にきて頂いた
吉沢健さん(右から3人目)と、谷川俊之さん(右から4人目=中央)。
見て、吉沢さんどっちかって言うと丸顔でしょう。谷川さんは細面。

これ、昔からそう変わってるとは思わない訳よ。
私が二人の若松映画観てる頃から。

だからさ観るとたしかに吉沢健になっててギェ~になったけど、
1日経つと、いやあれは字幕が間違ってんだよ、
と思ってるよ、私は(爆)。

あ、急に吉沢健さん、谷川俊之さんになっちゃうのは、
二人とも状況劇場での私の先輩に当たるからなんだよね。
ほんとは、よっ吉沢、谷川って言いたい訳だけど
そうもいかんべな♬

ちなみに写真の人物紹介しときます。
右から大久保鷹さん、石川真希、吉沢健さん、谷川俊之さん、私(山崎)、
十貫寺梅軒さん。以上、もと状況劇場の面々。
左、蔦森皓祐さん。以上SCOT(旧・早稲田小劇場)

画像

トークショーが終わると私はすぐに車でクマ(篠原勝之)さんを
安保ちゃん・クロちゃんのやってる新宿「NADJA」へ拉致監禁♬

※左から安保由夫、篠原勝之、私。
良かったねクマちゃん、安保ちゃん、上の同窓会に加われて(笑)。

この日、3月17日は
初めに言ったように若松さんの3回忌だったんだけど、クマさんの話によると、
皆既月食の夜、若松さんの宮城にある別荘に白い霊が現れたんだって。
ほんとだよ。

若松さんの娘さん、その別荘に監視カメラ設置してて、
何かあると東京の自宅のPCで警報が鳴るようになってるらしいのよ。
で、その夜、白~い半透明のものが部屋の中に数回現れたらしいの。

と、足立さんとクマちゃん、
う~ん、若松ちゃん、まだこの世に未練があるんじゃねえか。
撮りたいものがまだ一杯あった訳だし、
なんて言いながら宮城方面に手を合わせてたみたい(笑)。

だよな(^^♪


■72分 日本 サスペンス/ドラマ
監督: 若松孝二
制作: 若松孝二
企画: 若松孝二
脚本: 出口出(足立正生)
撮影: 伊東英男
撮影助手: 高松哲郎 中村賢司
編集: 宮田二三夫
音楽: 関田昇介
監督助手: 秋山未知汚
記録: 松田政男
現像: 目黒スタジオ
効果: 福島効果グループ
照明: 磯貝一
照明助手: 安藤裕二 今井肇
制作主任: 弥山政之
録音: 杉崎喬 目黒スタジオ
助監督: 沖島勲

出演
吉沢健 毛原アリオ
律島明子 毛原チエ
田口一矢
関成夫
村岡五郎
津崎公平
三枝陽子
相原香織
井川道代
南川礼子
北島美子

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック