陸軍_2 (1944) 日本

[1072]反戦映画かどうか微妙であることによって反戦映画足りえている傑作

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友助は次男を連れて伸太郎を見送りに行った。
わかは行くと自分はきっと泣くだろうからと残り、ひとり店を掃除をする。

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途中、軽い眩暈に襲われ、縁に腰を下ろす。
そうして深呼吸を繰り返した後、小さな声で五ケ条(軍人勅諭)を復唱しはじめる。
自分に言い聞かせるかのように。

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一、軍人は忠節を尽すを本分とすべし。
一、軍人は礼儀を正しくすべし。
一、軍事は武勇を尚(とうと)ぶべし。
一、軍人は信義を重んすべし。
一、軍人は質素を旨とすべし。

わかが五ケ条を呟くのはそう言ってよければ、
息子伸太郎はもう天子様に差し上げたのだと自分に言い聞かせたいからだろう。
と、この時、遠くから行軍ラッパの音が聞こえてくる。

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ラッパと軍靴の音が近づいてくると、堪えきれずにわかは表に飛び出す。

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軍靴の響きの中に息子伸太郎を探そうとしはじめる。

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いたたまれずに大通りへと走り始める。

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あちこちから人々が現れ、みな一直線に大通りへと向かう。
戦後生まれの私は当然知らないのだが、
当時はこうしたものだったのだろうか。

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大通りの向こうに高らかなラッパとともに出兵兵士の姿が現れる。

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母親わかの走りはすでに全速力である。見送りに向かう人々の走りも。

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人々は笑顔で走り、小旗を振っている。明らかにお祭り騒ぎである。

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この出征行軍シーンは、実際の行軍シーンを撮影したものである。

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ようやく大通りに出た母親わかは群衆に交じり、伸太郎の姿を探し始める。

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この兵士たちが実際に戦地へ赴いた者たちであることは、
数人がカメラに視線を投げかけていることからもわかる。

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沿道の群衆をかき分け、わかは前方へと走りだす、伸太郎の姿を求めて。

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軍歌が流れ始める。




♬父母の慈愛に抱かれて 男子となりて 幾年ぞ
 身は軍服に 包むとも 君に見えざる この戦
 胸に受け継ぐ 祖先の血 流れて永久に 国護る

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♬国にふたつの 道あらず 人にふたつの 心なし
 兵の道こそ 一億の 心とすべき 我が身なれ
 わが大君のため 国のため 仰ぎて 一宇 み教えを

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♬我に抗する 敵ありて 出陣の日の 来るとき
 みこと畏み いでゆけば 軍靴の響き 地を圧し
 士気は溢れて 天を衝く 歩武堂々と 大進軍

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わかは漸く息子伸太郎の姿を認めた。

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伸太郎も母の姿を沿道に発見し、笑んだ。
これで心置きがないかのように…。

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わかは戦地に赴く息子に精一杯の笑顔を贈った。
涙を堪えながら…。

「泣くから見送りには行かない」と言っていた彼女が
土壇場になって沿道に駆けつけ息子を見送ったのは、
「つまらぬことを気にして戦場へ行きたくない」と語った息子の言葉が
胸にひっかかっていたからだと思う。

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母親わかは熱狂して走りだした群衆に飲み込まれて倒れた。
いや、軍靴に踏み潰されて倒れた…。

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わかは立ち上がると、息子伸太郎と、
戦地へ赴く若い兵士たちの命に涙ながらにただひとり手を合わせた…。

物語は父親友彦を軸に描かれてきたはずなのに、
この最後のシークエンスに至り、軸は突如、母親わかに移行する。

そう言ってよければ友彦は切り捨てられ、
国策に沿った戦意高揚の主旨どころか
にわかにわが子の無事を祈る母親の姿が浮上してくるのである。
周囲が興奮してお祭り騒ぎになっているだけに一層鮮烈に。

かといって声だかに反戦を叫んでいる訳ではけしてない。
どころかお話としてはわが子が戦場で
心置きなく戦えるような母親の行動が描かれているとも言えるので、
国策映画としては実に厄介な作品になっていると言わざるをえない。

実際、陸軍省も悩んだのではないか。
作品はカットされるシーンもなくそのまま上映されたが、
一方で木下恵介自身の語るところによると、
情報局から「にらまれ」、終戦時まで仕事が出来なくなったそうだからである。

四方田犬彦は著「日本映画史110年」(集英社新書)の中で、
「このフィルムは一部の軍人たちの反感を招いたが、
かといって抵抗映画と見なすにはあまりに微妙すぎる」と記しているという。

私もそう思うが、
しかし「微妙すぎる」がゆえに見事な反戦映画になっているとも言える。
理由は簡単だ。このラストの、
それこそ母親の「微妙な」心を演じてみせる田中絹代の演技と、
木下恵介の物語作りを見ていると、
私の中で「反戦」の心が一層フツフツと滾ってくるからである。

ともあれこの時、木下恵介32歳。
その冷徹なカメラワークには慄然とせざるをえない。

田中絹代、笠智衆、東野英治郎、上原謙、
三津田健、杉村春子らを初めとする俳優陣の演技も本当に素晴らしい。

どうしていまの俳優はこのひとたちをモデルにしないのか
私にはさっぱりわからない。
世界の七不思議だと言うしかない(笑)。

たぶん観てもどう演じているのか
さっぱりわからないのだろうという気はするが…。

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監督:木下惠介 ※クレジット上では演出である。
原作:火野葦平
脚色:池田忠雄
撮影:武富善男
美術:本木勇
録音:小尾幸魚
企画:池田一夫
製作担当:安田健一郎
製作:松竹大船撮影所
後援:陸軍省

出演
友助 … 笠智衆
友助の妻 … 信千代
友之丞(友助の息子)… 横山準
友之丞(成長してから)… 三津田健(文学座)
せつ(友之丞の妻)… 杉村春子(文学座)
友彦(友之丞の息子)… 山崎敏夫
友彦(成長してから)… 笠智衆(二役)
わか(友彦の妻)… 田中絹代
伸太郎(友彦の息子)… 星野和正(東童)
竹内喜左衛門 … 原保美
仁科大尉(友彦の戦友)… 上原謙
藤田謙朴 … 長浜藤夫(東宝劇団)
櫻木常三郎 … 東野英治郎

九州・小倉で由緒ある質店を営む高木家は、奇兵隊の侵攻を機に敵方ではあるが軍監の山形有朋の知己を得る。以降、天子の国・日本への奉仕と忠誠を家訓とし、息子の友彦(笠智衆)が後の日露の戦いで出征を果たす。だが、病弱な友彦は前線での活躍が出来ず、その「恥」の汚名を晴らす期待を長男に託す。やがて時は中国出兵、成長した長男の出征に心底喜ぶ友彦だった。妻(田中絹代)もまた天子様からの預かり物である子供を返す事ができたと安堵する。しかし、いざ出征する軍靴の音が聞こえてくるに及び、心が乱れるのであった。陸軍省後援による国策映画で木下恵介の監督4作目。

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