新釈四谷怪談_1 (1949) 日本

[1076]怨霊劇を道行劇へと書き変えてみせた木下恵介の傑作「四谷怪談」

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15年ほど前、歌舞伎の台本をもとに2本ほど台本を書いた。
1本は「女殺し油地獄」(原作・近松門左衛門)で、
もう1本は「東海道四谷怪談」(原作・鶴屋南北)である。

その「四谷怪談」を書くとき参考にさせてもらったのが
実はこの木下恵介作品だ。
なぜか? 聞く? 私のお気に入りの作品だからだよ。(^^♪

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お岩さんのお墓がある巣鴨の妙行寺(明治時代に四谷から移転)。
稽古場から割と近かったので何度か訪れた。

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西巣鴨の「お岩通り」。ここも車でよく走った。
稽古場が突き当りを右へ折れた方にあったのだ。(^^♪
余談だが渋谷・丸山町で殺害された東電OL殺害事件の
被害者女性のサイフも実はなぜかこの通り沿いで発見されている。

この作品の物語は南北の原本とはかなり異なっている。
下に南北の物語の粗筋を紹介しているのでご参考までにどうぞ。

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浪人の民谷伊右衛門(上原謙)と妻・岩(田中絹代)は
傘貼り内職で暮らしを立てている。
幸福な時代もあったが伊右衛門の心はいまや荒んでいる。
仕官の道は一向に開けず、妻・岩も流産、その後床に伏せがちだからだ。
ちなみに岩は以前茶屋女だったという設定。

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祭りの日、伊右衛門は立ち回りを演じ、一文字屋喜兵衛の娘・お梅を救う。
お梅は伊右衛門に一目惚れする。
あの、お梅さん、若大将の上原謙さん、姿形は確かにかっこいいが、
立ち回りはどう見てもへっぴり腰ではなかろうか(笑)。

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この光景を目撃した牢破りあがりの悪人・直助は、
早速一計をもって伊右衛門に近づく。
伊右衛門とお梅の間を取り持ち、伊右衛門を一文字屋に婿入りさせ、
一文字屋からたんまり金をせしめようという訳である。

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直助はお梅の乳母・お槇(中央・杉村春子)を色仕掛けで落とし、
計画通り伊右衛門とお梅の間を取り持つ。
お梅にはすでに縁談があったのだが、
父親・屋喜兵衛(左・三津田健)はお梅の心を知り、伊右衛門を婿取り
することにする。

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お梅(山根寿子)と結婚すれば生活には困らない。
喜兵衛を通して士官の道も開ける。とは思うが、
それではこれまで連れ添った岩があまりにも不憫だと伊右衛門の心は揺れる。

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なにげに別れてくれと切り出してみたかと思うと、

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元気を出せと釣りへ誘い、岩を喜ばせてみたり。(^^♪
いかにも木下らしく、伊右衛門、根っこは善人なのである。

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極悪の直助は業を煮やし、
これでひと思いに殺ってしまいなさいと唆し、毒薬を渡す。
伊右衛門は受け取りはするがそんな非情など持ち合わせていない。

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直助はひょんなことから牢仲間だった小平(佐田啓二)が岩に想いを寄せ、
岩の行方を追っていることを知る。
小平は茶屋で働いていた岩に惚れ、店の金を使い込んで茶屋通いしたあげく
牢入りしたのである。
直助は岩の居所を教え、ものにしてしまえと唆す。

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小平は伊右衛門の留守を狙って岩に想いを打ち明けるが、
貞淑な岩は寄せ付けない。

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そんなこんなのある日、事態を急変させる出来事が起こる。
例によって伊右衛門が離縁話を持ちだして諍ってるうちに、
岩が湯を浴び顔に火傷を負ってしまったのだ。
たまたまそこへ現れた直助が、火傷によく効く薬を持っていると言い、
岩の顔に劇薬を塗り込めたのだ。

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一晩経っても顔の痛みは退かない。どころかますますひどくなるので、
訪ねてきた按摩・宅悦に鏡を取ってと言い、鏡を覗く。
岩は醜くなった自分の顔を目の当たりにし悲鳴を上げる。
「四谷怪談」の定番シーンだ。(^^♪

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帰宅した伊右衛門が異変に気付いて岩を抱き起こすのだが、
異様なその顔に肝を潰す。
そしてもはやこれまでと湯に毒薬を入れ、岩に飲ませる。

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途端に岩は苦しみだし、伊右衛門と様子見に現れた直助の前で倒れ、
息を引き取る。

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そこへ小平が飛び込んできて岩の異変に気づく。
小平は岩の間男と直助に信じ込まされていた伊右衛門は小平を斬る。

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小平は立ち上がると岩を抱きかかえ庭へ出る。

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そして「お岩さん、俺と一緒に逃げよう」と庭の径を歩いたあと
岩とともにそのまま倒れる。
このシーンは町人小平と茶屋女お岩のいわば「道行」である。

南北の本では岩は武家の娘なのだが、
木下が岩を茶屋女にしたのは歌舞伎の核としてある
「町人-遊女」の心中(道行)を、この場面で描きたかったからではないかと思う。
私がこの作品を気に入ってるのも実はこのシーンがあるからだ。
おらが佐田啓二もこのシーンは抜群だよ。(^^♪

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歌舞伎の道行は美しく陶然とした世界として描かれる。
この世で一緒になれないならあの世で一緒になろう、
あの世で自分たちの愛を成就させようと喜んで死にいくからである。
現実では敗残者なはずなのに勝利者として描かれるからである。
観客はそれがわかっているから花道シーンで「待ってました」と
声をかける訳だ。(^^♪

小平が「お岩さん、俺と一緒に逃げよう」というのは
当然、あの世で一緒になろうということなのだが、
二人は花道の奥へと消えることができずに途中でバタリと斃れる。

ということはあの世へ行って、
天国へ行って愛を成就することはできなかったことを表わしている。
では二人はどこへ行ったのか。地獄か。ではない。
地獄でも天国でもない場所。その中間にある場所。
仏教的に言えば賽の河原、キリスト教的に言えば「煉獄」に落ちたのである。

煉獄とは言うまでもなく罪を清める場所である。
賽の河原も同じで、
死んだ子が一つ父のため二つ母のためと石を積んでいるのは、
功徳を積むことで自分の罪を、あるいは父や母の罪を清め、
あの世へ行けるようにとしてる訳だ。

当然、この物語は後半、怨霊劇ではなく、
岩が、あるいは伊右衛門がわが罪を清める物語へと書き変えられる。

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伊右衛門と直助は、
岩は間男・小平と情死したと見せかけるため、二人を戸板に括り付け
隠亡堀へと投げ込む。
ちなみにこの作品では戸板に括り付けられた二人が
亡霊として現れるという定番「戸板返し」のシーンは描かれない。

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お岩には実はお岩そっくりな妹、お袖(田中絹代・二役)がいて、
着物の商いをしている与茂七(宇野重吉)と所帯を持っている。

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お袖は岩が殺された夜、
玄関に不吉な物音を聞き、気になって姉夫婦の家を訪ねる。
と、すでにそこは空き家同然になっている。
たまたま近くに居合わせた按摩・宅悦に尋ねると、
お岩さんは間男を拵えて駆け落ちしたとかいう噂を耳にしましたが
等と聞かされる。宅悦は金欲しさに直助と組んだのだ。

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一文字屋に出入りした与茂七も妙な噂を耳にする。
喜兵衛の娘・お梅が民谷伊右衛門と近く祝言をあげるというのだ。
お袖は一方でまた古着屋に売られている姉の着物を目にし、

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堪らず知り合いの目明し辰五郎に姉夫婦の家の検分を頼む。
辰五郎が床に血を発見し、お袖・与茂七の不安が高まる。

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伊右衛門はお梅と祝言をあげ、仕官の道も決まる。
が、夜毎夢にうなされ、仕官に参じるどころではない。

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そんな伊右衛門を見てお梅が慰みにと舞を舞った夜、
したたかに酔った伊右衛門はついに天井にお岩と小平の怨霊を見る。

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と言いたいが、これは怨霊ではない。
良心の呵責に堪えかねて伊右衛門が作りだした幻覚なのである。(^^♪
その証拠に二人の霊は恨めしや~と手も上げないし、
襲ってくる気配もまったくないもんね(笑)。

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が、幻覚とはいえ怖い訳で伊右衛門はひとり錯乱する。

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ついにお岩と小平の惨たらしい遺体が上がる。
お袖は一文字屋に婿入りした夫・伊右衛門の仕業ではないかと疑う。
ちなみに右の老婆は、行方がわからなくなって江戸へ上がってきた
小平の母・お倉(飯田蝶子)である。

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直助は動きだす。
直助から金を借りたという借用書を勝手にデッチ上げ、
伊右衛門に判を押させる。殺しをバラされたくなかったらと脅し。
むろん代わりに一文字屋から金をせしめるためだが、
伊右衛門はそこで初めて直助の策略に引っかかったことに気づく。
われらが伊右衛門は善人だけにちょっと鈍いのだ。(^^♪

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直助はその借用書を手に喜兵衛と掛け合うが、
なにしろ300両という大金なので喜兵衛も伊右衛門に確認してからと
簡単には頷かない。

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と、そのうち直助に騙されたことに気付いた乳母・お槇が腹いせに、
喜兵衛に直助の悪事をバラし、直助のほうが窮地に陥る。

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お袖は一文字屋に伊右衛門を訪ね、
障子越に怨み言でも言うかのように声をかける。
殺された姉さんの遺体が上がった。
線香の1本くらい上げてはもらえないか、と。

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お袖は縁側に上がり障子を開ける。
そのお袖と顔があった瞬間、伊右衛門はギエ~と悲鳴を上げ傍の刀を取る。
そりゃそうだわな。お袖の顔、お岩の顔とまったく同じなんだもん(笑)。
田中絹代のお岩・お袖の二役、効果ここに極まれりって訳。(^^♪

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伊右衛門はまたも錯乱し、お袖に刀を振り回す。

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お袖が振り返る。伊右衛門またもやギエ~!(^^♪
といってもこれもあくまで伊右衛門が良心の呵責から作りだした幻覚。
その証拠にこのお岩さんも
這う這うの体で一文字屋から逃げ出すのである。(^^♪


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■前篇88分 後篇73分 松竹 時代劇 ドラマ
監督 木下惠介
原作 鶴屋南北「東海道四谷怪談」
脚本 久板栄二郎、新藤兼人
製作 小倉浩一郎
撮影 楠田浩之
音楽 木下忠司
出演
民谷伊右衛門 上原謙
お岩/お岩の妹お袖 田中絹代
直助権兵衛 滝沢修
小仏小平 佐田啓二
一文字屋喜兵衛 三津田健
喜兵衛の娘・お梅 山根寿子
お梅の乳母・お槇 杉村春子
お袖の夫・与茂七 宇野重吉
按摩宅悦 玉島愛造
小平の母・お倉 飯田蝶子
目明し辰五郎 山路義人
新吉 加東大介

※南北の「東海道四谷怪談」あらすじ
元塩冶藩士、四谷左門の娘・岩は夫である伊右衛門の不行状を理由に実家に連れ戻されていた。伊右衛門は左門に岩との復縁を迫るが、過去の悪事(公金横領)を指摘され、辻斬りの仕業に見せかけ左門を殺害。同じ場所で、岩の妹・袖に横恋慕していた薬売り・直助は、袖の夫・佐藤与茂七(実は入れ替った別人)を殺害していた。ちょうどそこへ岩と袖がやってきて、左門と与茂七の死体を見つける。嘆く2人に伊右衛門と直助は仇を討ってやると言いくるめる。そして、伊右衛門と岩は復縁し、直助と袖は同居することになる。
田宮家に戻った岩は産後の肥立ちが悪く、病がちになったため、伊右衛門は岩を厭うようになる。高師直の家臣伊藤喜兵衛の孫・梅は伊右衛門に恋をし、喜兵衛も伊右衛門を婿に望む。高家への仕官を条件に承諾した伊右衛門は、按摩の宅悦を脅して岩と不義密通をはたらかせ、それを口実に離縁しようと画策する。喜兵衛から贈られた薬のために容貌が崩れた岩を見て脅えた宅悦は伊右衛門の計画を暴露する。岩は悶え苦しみ、置いてあった刀が首に刺さって死ぬ。伊右衛門は家宝の薬を盗んだとがで捕らえていた小仏小平を惨殺。伊右衛門の手下は岩と小平の死体を戸板にくくりつけ、川に流す。
伊右衛門は伊藤家の婿に入るが、婚礼の晩に幽霊を見て錯乱し、梅と喜兵衛を殺害、逃亡する。
袖は宅悦に姉の死を知らされ、仇討ちを条件に直助に身を許すが、そこへ死んだはずの与茂七が帰ってくる。結果として不貞を働いた袖はあえて与茂七、直助二人の手にかかり死ぬ。袖の最後の言葉から、直助は袖が実の妹だったことを知り、自害する。
蛇山の庵室で伊右衛門は岩の幽霊と鼠に苦しめられて狂乱する。そこへ真相を知った与茂七が来て、舅と義姉の敵である伊右衛門を討つ。

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