忍ぶ川_2 (1972) 東宝

[1092]男と女の心は美しく懐かしい風景の中を歩くことで結ばれた

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そうしてその年の大晦日、哲郎は志乃をつれ、
夜行列車で上野を発ち、故郷の実家へと向かう。

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駅には大雪の中、哲郎の母が出迎えに来ていた。

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原作では故郷は青森だったような気がするのだが、
読んだのは遠い昔に一度きりなので私は憶えてないぞよ(笑)。
どうしても知りたい方は原作を読もう(^^♪

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ちなみにロケ撮影は米沢で行われたのだが、
雪国の景色もひじょうに美しい(^^♪

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志乃は廊下に手をつき、哲郎の両親にご挨拶(^^♪

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そして志願してすぐに盲目の姉(岩崎加根子)と一緒に
台所に立ち、夕食作りを手伝う。

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囲炉裏。いちいち説明は要らん? 
すまねえ。いちいち懐かしくて嬉しくなっちゃうもんだからよ(^^♪

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姉は盲目のためコンプレックスの強い女性だが、
志乃の優しさを知り、生きる勇気を得る(^^♪

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正月の二日。

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哲郎の家族だけで哲郎と志乃の結婚式が挙げられる。

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哲郎と志乃にはこれ以上ない幸せな結婚式だった。

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哲郎の家族にとっては初めての結婚式。
父親は嬉しさのあまりひとり高砂を歌いまくった(^^♪

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初夜。志乃は哲郎の部屋へ入った。

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哲郎は言った。
「雪国では寝るとき生まれたときのまんまで寝るんだ。
そのほうが寝間着なんか着るよりずっと暖かいんだ」
志乃は聞いた。
「あたしは寝間着を着ちゃいけませんか?」
哲郎は断固として言った。
「いけないさ。あんたももう雪国の人なんだから」
志乃は雪国のひとになった(^^♪

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チリンチリンと鳴る馬橇の鈴の音が聴こえてきた。
二人は一枚の丹前にくるまり雨戸から馬橇の走るのを眺めた。

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馬橇。私は映画の中でしか見たことがない(^^♪
いまでも雪国では走ってるのかなあ。
走らせてほしいよなあ(^^♪

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哲郎と志乃は深く結ばれた。

哲郎が「忍ぶ川のお志乃さん」と囁くと、
志乃は「もう忍ぶ川なんてさっぱり忘れて、
明日からは別の志乃になるの」と言った。

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海鳥たちが祝福した(^^♪

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翌日、二人は温泉へ新婚旅行に出かけた。

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車窓から哲郎の実家を見つけると志乃は言った。
「見える見える、あたしの家が」と(^^♪

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物語的には結構退屈である(^^♪
人物の心の葛藤がほとんど描かれていないからだろう。
原作はどうだったのか。
憶えてないので原作もそうだったのかも知れないが、
とにかく映像が素晴らしいので差し詰め
加藤剛(哲郎)のナレーションによる絵物語といった印象だ(^^♪

も少し言うと、
哲郎と志乃が美しく、そして懐かしい風景の中を歩く。
その風景を共有することで互いの心が結ばれ、
暗い、重い過去を抜け出して行くといった感じなのだ。
熊井啓もそんな風に作りたかったんじゃないかなあと思う。

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ところでウィキペディアを覗いて驚いた。
熊井監督は当初、志乃を吉永小百合にと考えていたのだが、
ラスト、初夜床入りシーンの問題などで吉永の親族と軋轢を起こし、
吉永主演が実現しなかったばかりか、
後に吉永の母の手記で名指しで痛烈に批判されたというだ。

何様と思ってるんだろ、と唖然、茫然、ギックリ腰だぜ、おいら(爆)。
吉永小百合を俳優と思ったことなど私は一度もないので
まあいいんだけどさ、71、2年、吉永小百合が、ステージママが…、
だよなあ、この頃から日本映画がだめになっていくのなんとなく
わかる気がしてさ。あ~あだぜ、まったく(^^♪

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一方、栗原小巻。
彼女もアイドル的存在だったのだが、見事に裸に挑戦。
それはいいんだが…、いや、
喋らなければごらんのように結構絵になるんだけど、
喋りはじめると途端にねえ(泣)。

ベテランの信欣三、岩崎加根子、加藤剛らと喋ってると、
声の出所が全然違うのがすぐにわかるよねえ。
声が肚に落ちてない、声が顔から出てるんだよね。
物語の世界を全身で生きるんじゃなくて、うそをやってる。
お芝居をしてるのがすぐわかっちゃうんだよねえ。

シーンによって都合よく声の出し方が違うのもそのせい。
人物に一貫性がない、分裂しちゃう(^^♪
まあ、このあたりからこうした演技が蔓延っていき、
いまや完璧に支配的になってる訳だけどさ。

小巻さんに関しては
千田是也さんが可愛がり過ぎたせいかもなあという気が
しないでもないが、ま、小巻さんは心が綺麗だから許そうな(爆)。
でも、この演技は絶対真似しないようにね(^^♪

ついでながら加藤剛も勿体ないよなあ。
美男子すぎたのか舞台俳優出身だからか、
あるいは性格のせいか周囲のせいかわからないが、
ずっと観てると結局馬鹿になれなくて名優になりそこなった
気がするなあ、私から見てると。
ああ、ほんと勿体なかったなあと残念だよ、私は(^^♪

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この二人が自分を捨てられたらこの映画、
間違いなく大傑作になったと思う。
ま、これくらいやってくれれば文句ないという気持ちも
あるんだけどさ(^^♪


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■1972年 東宝 120分
監督 熊井啓
脚本 長谷部慶治 、 熊井啓
原作 三浦哲郎
製作 佐藤正之 、 椎野英之
撮影 黒田清巳
美術 木村威夫
音楽 松村禎三
編集 丹治光代
出演
志乃 栗原小巻
哲郎 加藤剛
哲郎の父 永田靖
哲郎の母 瀧花久子
文哉 可知靖之
次兄 井川比佐志
亜矢 山口果林
美那 片山まゆみ
香代 岩崎加根子
志乃の父 信欣三
志乃の母 阿部百合子
要 鹿野浩四郎
小夜子 大西加代子
おかみ 木村俊恵
木村幸房 滝田裕介

哲郎と志乃は料亭“忍ぶ川”で知りあった。志乃は“忍ぶ川”の看板娘だった。哲郎は初めての出合いから、彼女にひかれて、“忍ぶ川”に通った。ある夜、話が深川のことに及んだ時、志乃は、私の生まれた土地で、もう8年も行っていないと言う。哲郎は志乃を誘い、薮入りの日に深川を案内することになった。志乃は洲崎パラダイスにある射的屋の娘で、父はくるわでは“当り矢のせんせ”と呼ばれていた。志乃が12歳の時、戦争で一家は栃木へ移住、弟や妹たちをおいて、志乃は東京に働きに出ていたのである。深川から帰った夜、哲郎は志乃に手紙を書いた。〈今日、深川で言いそびれた私の兄弟のことを、ここにしるします。私は六人兄弟の末っ子です〉兄が二人、姉が三人いて、上の姉二人が自殺、長兄が失踪、次兄はしっかりものだったが、私を大学へ入れてくれたのも、深川にいたのもこの兄なのだが、3年前に自分で木材会社を設立するという名目で逐電した。そのショックで父は脳溢血で倒れた。一番最初に次姉が自殺した日が、よりによって私の6才の誕生日のときでそれ以来私は誕生日を祝ったことがない。あくる日、志乃から返事がもどって来た。〈来月の誕生日には私にお祝いさせて下さい。〉7月末、志乃に婚約者がいることを知らされた。志乃に問いただすと、婚約はしたけれど、気はすすまず、栃木の父も反対しているという。哲郎は志乃に、その人のことは破談にしてくれ、そして、お父さんにあんたの好みにあいそうな結婚の相手ができたと、いってやってくれと言うのだった。秋のおわり、志乃の父の容態が急変した。志乃は、ひと目、父にあってくれとことづけして栃木の父のもとへ--。哲郎は、志乃のあとを追って行った。「いたらぬものですが、志乃のことはなにぶんよろしゅうお願い申します」といい残し志乃の父は死んだ。その年の大晦日、哲郎は志乃をつれ、夜行列車で上野を発ち、ふるさとへ--。駅には哲郎の母が出迎え、家の前には体が悪いのに雪かきをして、父も待っていた。目の不自由な姉香代も志乃を気に入ってくれた。あくる二日、哲郎の家族だけで哲郎と志乃の結婚式があげられた。初夜。馬橇の鈴のさえた音に、二人は裸のまま、一枚の丹前にくるまり部屋をぬけでて、雨戸をほそ目にあけ、馬橇の通りすぎるのをいつまでも見ていた……。翌朝、新婚旅行に近くの温泉へ出かけることになった。汽車の中から志乃は「見える、見える、あたしのうち!」と子供のようにはしゃぐのだった。

この記事へのコメント

月見草
2015年05月20日 18:38
てつさん、久しぶりにコメントさせていただきます。てつさんが「第三の男」取り上げていらしていいなぁ~と思ってら「忍ぶ川」も・・・・おらほの県の芥川賞作家(直木賞?)三浦哲郎さんの珠玉の名作「忍ぶ川」!月見草大好きな小説で、若い頃何度も読み返した記憶があります。特に初夜に志乃がお小水に行きたくなって、おまるに用をたすことになり、そこの描写が「子鈴の鳴る音だった」?みたいなこと書いていて恋愛って凄いもんだなぁ~と高校生の頃読んだ記憶があります。映画化になり早速観に行きましたが、主役のイメージが全然違ってちっとも感激しませんでした、ほんとに栗原小巻さんのセリフの言い方は不愉快だし。加藤剛さんも三浦哲郎さんの私小説なのにイメージが真逆でがっかりした記憶しかありませんが、てつさんの評価が意外に高く少し驚いています。たしかに映像は凝ってましたが、とても退屈な映画でした。ちなみに三浦哲郎さんは八戸出身の方です。姉妹(兄弟)みな自死する運命に翻弄された方です。三浦さんは志乃夫人(名前は一緒かわかりませんが)とずっと仲良くお暮しになられたと記憶してます。なんか最近てつさんのブログで感じることはとてもお元気になられて健康状態がおよろしいのではと月見草密かに思っておりましたが、「忍ぶ川」に反応してつまらないコメントしてしまいました!ミヤネヨ~
sino
2015年05月28日 08:22
月見草さん、暫くでした。

ちょっと、落ち着かれて、コメント書きたい気分が甦ってきたんですね。てつさんからの返信は無いけど、私もネット開く度にここへは来てしまいます。私達はまた会えるからいいよね。それも、てつさんのおかげでしたね。
月見草
2015年05月31日 23:29
sinoさん、お久しぶりです!
なんかてつさんのブログ、掲示板っていうか主のいない安否確認板?そう月見草へろへろになりながらどうやら生きてま~す!sinoさん気づいてくれてありがとうございます!嬉しかったです。てつさんもフェスブックとやらの掲示板?に夢中でこっちのコメントの返信はなしですねぇ~
もう少し元気になったら・・・・・どこかで会えるかな?

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