墨東綺譚_2 (1992) 日本

[1093]荷風文学を見事に映像化した新藤兼人監督にただ感謝あるのみ(^^♪

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日中戦争が始まった昭和12年(1937)7月のある夜、
永井はいつものようにお雪を訪れた。

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お雪は歯痛で寝ていたが、永井が来ると留守番をさせ
歯医者へ行った。

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そこへまさが血相を変えて飛び込んできて言った。
息子が出征するんです。帰ったらお雪にすぐ来るように
伝えてくれ、と。

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帰って来るとお雪はまさの家へ出向いた。
悟が学徒出陣するのでシャバの名残りに
息子と床をともにしてくれ、
悟があなたを望んでいるという頼みだった。
永井は「思い切って可愛がってやれ」とお雪に言う。

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お雪はお国のために頑張ってと言い、悟と寝た。
悟は女を抱くのは初めてだった。

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お雪には悟と同じと年頃のお弟がいた。
悟のことを思うと、抱かれているうちに涙が零れた(^^♪

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永井が戦争は嫌いだと言うと、まさも言った。
私らは塵、芥のようなものだから命令に従うが、
息子を殺されたら只ではすませない、と。

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悟が帰ると、お雪は荷風に縋りついて泣いた。
永井は言った。「お前さん、優しいんだね」と。

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翌日、玉ノ井の人たちは日の丸を手に、悟の出陣を見送った。

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ここで突如、万歳三唱とともに
当時のものと思われる学徒出陣のフイルムが挿入される。

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その日から永井は背広を脱ぎ捨てる。
お雪と「同列」に並ぶために、
玉ノ井の兄ちゃんたちと同じになるために(^^♪

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そうしてお雪の写真を撮り始める。
お雪の裸を撮るおじさん、兄ちゃんたちと同じように。

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1910年(明治43年)の大逆事件の際、荷風は
「日本はアメリカの個人尊重もフランスの伝統遵守もなしに
上辺の西欧化に専心し、体制派は、逆らう市民を迫害している。
ドレフュス事件を糾弾したゾラの勇気がなければ、
戯作者に身をおとすしかない」と考えたという。
(1919年「花火」より)

以後、江戸の面影を求めて先哲の墓や遊里へ向かい、
創作は懐古の随筆や花柳小説へと向かう。
そう言ってよければ、近代以前へと退行することで
日本の近代化へひとり抗い始めた訳だが、このシーンは
荷風のより徹底したその退行と、庶民への下降を表している。

実際、以降、お雪もまさも永井を
ポルノ写真を撮っている怪しげなおじさんとみなすようになる。
いやあ、われらが戯作者・荷風、万歳~!だよねえ(^^♪

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永井は、1日休暇を貰ったお雪と浅草でデートする。
「お雪、幸せに、幸せに」(^^♪

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お雪とカフェで食事をし、「国定忠治」を観る(^^♪

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しかし玉ノ井へ帰ると、幸福に影が差す。

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お雪のかねてからの旦那・竹さん(河原崎長一郎)が訪れ、
お雪を入籍したいと言ってきたのだ。
だがお雪はそれを断る、いい人ができたので、と。
お雪が階下へ降りると永井の姿は消えていた。

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ある日、従弟の素川(原田大二郎)が突然偏奇館を訪ねてくる。
母親が危篤なので母親に会ってくれというのだ。
だが永井は、末弟(威三郎)や
親戚との軋轢を抱えているためそれを断る。

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使いの者が来て母の死を知らされる。
母親の死は、1937年9月8日。
読まれた追悼句、「泣き明かす夜は来にけり秋の雨」

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永井はお雪の写真を焼いて眺めた。

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永井にはわかった。
お雪が自分と一緒になりたがっていることが。
だが彼は彼女を家庭的に幸福にしてやれる者は自分ではない、
もっと若い男だと考えていた。
緩やかな老いを、自分の生命の下降を感じ始めていた。

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永井の足は玉ノ井から遠のき、踊り子たちのいる楽屋や、

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吉原遊女たちの駆け込み寺だった浄閑寺へと向いた。

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そして暫く後に玉ノ井を訪れた。
お雪はなぜ来なかったのかと怒った。

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まさの一人息子・悟が戦死したことも聞かされた。

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部屋に上がり、お雪が話を切り出した。
借金を返済し終わったら私を嫁にしてくれ、と。
永井は俺には食べさせるチカラがないと答えた。

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遠くで雷が鳴った。
永井は言った、「あと10年若かったらな」
お雪は言った、「私、案外いいかみさんになってよ」

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お雪は懇願した、「私をお嫁さんにして。お願い」
永井は彼女の純情な心に押されるかのように言った。
「僕のお嫁さんになってくれるかい」
「あなた、嬉しい。嬉しい」と言って永井に抱きついた。

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その夜、永井はお雪を精一杯抱いた。
激しい雷雨の続く夜に。

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まるで初夜の花嫁を抱くかのように。

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お雪はこれ以上はない幸福感に包まれた。

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玉ノ井に朝が来た。

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お雪は新妻のように朝食を作った、永井のために。
永井はお代りをした、まるで新夫のように。
実際、前夜からその朝にかけ、
永井は約束通り、お雪と一日だけ夫婦となり
家庭を持ったのだった。

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永井が帰るとお雪はまさに伝えた。
「おかあさん、私、永井さんと結婚の約束をしたの」
「永井さん?」
「夕べ、あのひと初めて名前を教えてくれたの。
今夜、あの人の家に行くの。私を迎えに来てくれるの」
「そうかい。幸せになっておくれ」
まさは一言そう言うと、お雪の目の前で、
まだ1年残っている彼女の証文を焼いた。

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まさの気持ちにお雪の涙は止まらなかった。

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だがその夜、永井は約束の時間に迎えに来なかった。

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待てども待てども来なかった。

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翌日も、そしてまた翌日も。
秋が終わり、冬が来ても…。

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永井も偏奇館を出なかった。
出ることができなかった。
ただ心の中で彼女の名を呼んだ、「お雪」と。

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雪の降る日、お雪はたまらず部屋を抜け出し、
まさの家へ飛び込んで言った。

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「おかあさん、私はいつまででも待ちますよ。
あの人は嘘を言うような人じゃない」

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まさはただ黙って頷いた。しっかりと。


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■116分 日本 ドラマ
監督 新藤兼人
脚本 新藤兼人
原作 永井荷風
企画 多賀祥介
プロデューサー 新藤次郎 、 赤司学文
撮影 三宅義行
美術 重田重盛
音楽 林光
出演
永井荷風 津川雅彦
お雪 墨田ユキ
お久 宮崎美子
お歌 瀬尾智美
黒沢きみ 八神康子
荷風の母 杉村春子
まさ 乙羽信子
鳥居坂署の刑事 佐藤慶
菊地寛 井川比佐志
竹さん 河原崎長一郎
取り巻き 戸浦六宏
中年の男 上田耕一
たかりの壮漢 河原崎次郎
素見客 樋浦勉
まさの息子・悟 大森嘉之
鮫やのおじさん 浜村純
永井素川 原田大二郎
艶歌師 角川博

1879年、良家の長男として生まれ育った荷風(津川雅彦)は父の意向に反し、早くから文学の道を志した。荷風文学の真髄は女性を描くことで、特に社会の底辺に生きる女性達に目が向けられた。そのため紅燈に親しむことも多く、荷風は文人たちから遊蕩児とみなされた。文壇という特殊世界に入って文士と交わることを嫌い、究極において紳士である荷風は、常に女性から手痛い被害を被る。それは女性に真の愛を求める荷風の人生への探究でもあった。やがて玉ノ井のお雪(墨田ユキ)と出会った荷風は、社会底辺の世界に生きながらも清らかな心をもった彼女に、運命的なものを感じる。しかし、57歳の荷風にとって、年のひらきのあるお雪と結婚するには、互いの境遇が違い過ぎた。それでもお雪の純情さに惹かれた荷風は、彼女と結婚の約束をする。だが、昭和20年3月10日。東京大空襲の戦火に巻き込まれて、2人は別れ別れになってしまう。戦後、昭和27年のある日、お雪は新聞で荷風が文化勲章受章者の中にいるのを見て驚くが、あの人がまさかこんな偉い人ではないだろうと、人違いだときめてしまう。そして2人は二度と出会うことはなかった。それでも孤独の中に信ずる道を歩き続けた荷風は、昭和34年4月30日、市川在の茅屋で誰に看取られることなく80歳の生涯を終えるのだった。

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