八月のクリスマス_2 (1998) 韓国

観るものを光と影の間(淡い)へ誘うホ・ジノ監督の記念碑的作品。

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(2008/01/05にUPした記事に補筆)


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翌日もタリムは仕事帰りに写真館へ行った。
しかし写真館の看板は消えていた。

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友達のアパートへ泊り、聞いてみた。
この部屋は幾らくらいで借りられるのかと。
「おじさん」となら一緒に暮らしてもいいと思っていた。

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写真館を休んで寝込んでいたジョンウォンは
翌日、姉夫婦に病院へ担ぎ込まれた。

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午後、タリムは「おじさん」に会いに行ったが、
写真館は閉まっていた。

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そして翌日も…、その翌日も。

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雨の日、タリムは痺れを切らし、ドアの隙間に手紙を差し込んだ。
実は受け持ち地区の移動が決まったのだった。

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タリムは「おじさん」に無性に会いたかった。
彼が入院していたことなど知る由もなかった。

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手紙が読まれた形跡はなかった。
タリムはその手紙を写真館の中へ押し込んだ。
そうすれば彼がが読んでくれるかのように。

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ジョンウォンはタリムの夢を見た。

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病院に詰めている妹は兄が目を覚ますと、
知らせたい人、会いたい人はいないのか、と聞いた。
ジョンウォンはいないと言い、夜の街を眺めた。

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その夜の街で、タリムは気を晴らそうと、友達と踊っていた。

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途中、化粧室へ行き、鏡で自分の顔を見た。
彼のことを思うと涙が止まらなかった。

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翌日の夜、写真館へ行った。
灯りは依然、消えたままだった。

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タリムは堪らず、写真館のガラスに石を投げ、割った。

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ジョンウォンは退院し、写真館へ行った。

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タリムの手紙を読んだ。

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返事の手紙を書き、タリムの努めている署を訪ねたが、
彼女はすでに別の地区へ移動していた。

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会えるかも知れないと思い、その地区へ行き
喫茶店に入った。

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違反車をチェックしているタリムが現れた。
ジョンウォンはガラス越しに指で彼女に触れた。

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彼女は去った。自分はもう
彼女に触れることのできない世界にいるのだと知っていた。

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写真館へ帰り、私物の整理をした。

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タリムの写真と、彼女宛てに書いた手紙を箱に仕舞った。
父や妹が自分の柩に入れてくれるだろうと思い。

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それから思い出のアルバムを眺め、

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思い出の写真を撮った。

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「逆さま」の世界にいる自分の姿を。
自分の遺影を…。

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少し笑って…、生きていた証に…。

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そうして彼は死んだ。

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冬、人影のない運動場に、雪の積もった日に。

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父親は写真館へ行き、息子の遺品を整理した。

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タリムは久しぶりに写真館を訪れた。

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ショーウインドウの写真が変わっていた。
いつか「おじさん」に撮ってもらった自分の写真だった。

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それを見てタリムは微笑んだ。

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タリムは思い出の写真館を後にした。
その背中にジョンウォンは声をかけた。

---僕の記憶にある写真のように
愛もいつかは思い出になってしまうものだと思っていました。
でも、君だけは思い出ではありません。
愛を秘めたまま旅立たせてくれた君に「ありがとう」の言葉を残します。


不治の病で死に行く青年の日常をこんなにも
淡々と静かに、そして詩情豊かに描けるものかと正直驚嘆する。
物語を劇的に描くほうが全然簡単だもんね(^^♪
またそれを演技できるハン・ソッキュとシム・ウナの演技能力も
相当なものだと思ったほうがいい。

ちなみに舞台はソウルだが、実際のロケは
全羅北道の「群山(グンサン)」という港町で行われたそうだ。

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ところでもう20年近く前のことだが、
ある雑誌で作家の山田太一さんと対談したことがある。

この映画を観ていたら、
そのときの山田太一さんの言葉がしきりに思い出された。

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---私はもう書けないんですよ。
想像力が働かなくなっちゃって。
いつだったか中国に行ったのだけど、
中国の街は夜になっても日本みたいに明るくならない。
通りの向こうのお店なんか薄暗くて、
そこにひとがいたりすると、
「誰だろう? なにしてるんだろう?」って
つい想像しちゃうんです。
でも日本だともうそんな想像力が働かない。
どこもかしこも明るくて薄暗がりがないから。
それもみんな蛍光灯みたいな明るさでしょう。

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正確ではないが、そんなことをおっしゃった。
まだバブルの夢覚めやらず街は夜も煌々としていたので、
私は山田さんの胸の内を想い、ただ「そうですね」と
返すほかなかった。

この映画には山田太一さんのおっしゃった
その「薄暗がり」(淡い)がある。
そう言ってよければ、まさにその薄暗がり(生と死の淡い)を
目指している。
実際、光と影がじつに細やかに配置され、
観るものはその「間(淡い)」へと誘いこまれるのだ。

そうしてそこで私たちはじつに様々な想像を強いられる。
画面にはとうてい収まりきれない、
人それぞれの生=命からくる想像を。
それがこのささやかな愛と死の物語を
途方もなく大きな物語にしているのである。

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もうすこし言うと、
光と影とその間(薄暗がり)を造形することで、
人間を取り囲む一切が…、家も道路も机も写真機も街も、
人間の手で作り出されたものであることを指し示している。
この世界の一切は人間の手作りであることを。
私たちを取り囲んでいる一切に
人間の「死」が、人間の「こころ」が刻印されていることを。

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そう。
この世界の一切は人間の「こころの表われ」なのだ。
この物語の映像は、
「光と影とその淡い」の造形に徹底してこだわることで、
じつはそのことを指し示そうとしているのだと私は感じる。

ここで映像化されている一切が、
途方もなく愛しくなるのは間違いなくそのせいなのだ、と。


※「八月のクリスマス_1」
※「八月のクリスマス_2」


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■97分 韓国 ロマンス
監督: ホ・ジノ
製作: チャ・スンジェ
脚本: ホ・ジノ オ・スンウク シン・ドンファン
撮影: ユ・ヨンギル
美術: キム・ジンハン
編集: ハム・ソンウォン
音楽: チョ・ソンウ
録音: キム・ボムス
出演
ハン・ソッキュ ジョンウォン
シム・ウナ タリム
シン・グ ジョンウォンの父
イ・ハンウィ チョルグ
オ・ジヘ ジョンスク
チョン・ミソン ジウォン

ソウルの市内で小さな写真館を経営しているジョンウォンは難病で余命わずかの独身青年。本人も家族も、残された日々を明るく過ごそうとするが、時折言いようのない哀しみに襲われる。そんなある日、ジョンウォンの店に交通警官のタリムが急ぎの現像を頼みにやって来た。それから毎日のように訪れるタリムと他愛のないおしゃべりを楽しむジョンウォン。ふたりは次第に心引かれていくが、思いを伝えぬままジョンウォンが入院する日がやってきた。

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