審判_2 (1963) フランス

[1103]主人公ジョセフ・Kを襲った悪夢はいま日本を襲っている

画像


画像

Kがテイトレリの部屋を辞そうとすると、彼が扉を開けてくれた。
と、その扉も法廷に通じていた。

画像

被告人たちがいた。Kはようやく気づいた。
彼らは自分が彼らの仲間に加わることを恐れているのだ、と。
自分が完全な全面無罪を求めて、唇から言葉を発してきたので。

画像

Kは彼らに向かって叫んだ。
「僕は有罪を宣告された。有罪になる!」と。

画像
画像

彼は扉を閉めて通路を走り始めた、出口を求めて。
と、またも子供たちが「有罪!有罪!」と声を上げながら
脇を、背後をどこまでも追いかけてきた。
怖いよお~。子供が悪魔だと人間には救いがないよお~(^^♪

画像

ようやく通りへ出た、人通りのない。怖いよお~(^^♪
ほんと怖いんだよねえ。
この映画、通りにはいつも人がいないんだよね。無人。
しかも「審判」に関わる人間以外、誰も出てこないんだよね。

画像

突然、大伽藍の説教壇から声をかけられた。
「ジョセフ・K、あなたの事態は深刻化している」と。

画像

Kが中に入ると突然そこにハスラー弁護士が現れた。

画像

そしてかの有名な「掟の門前」の問答が始まる。

田舎から1人の男がやってきて、掟の門の中へ入ろうとした。
1人の門番が守っていて、今は入れられない。
例え入っても部屋ごとに怪力の番人が待ち受けていると説明する。
男は待つことにし、開いたままの門の前で何年も待ち続ける。
やがて男の命が尽きる日が来る。
その死の間際、男が門番に、どうして自分以外の者がこの門に
現れなかったのだと聞くと、門番は、
「この門はお前ひとりのためだけのものだったのだ」と言って
門を閉めたというお話だよね。

一言でいえば、Kはその「掟の門」に入ろうとしたんだけど、
入れずに、その男と同じように門の前でウロウロするしかなかった
ということかな。

画像

教会を出ようとすると教誨師が「神の子よ」と声をかけてくる。
彼は答える、「僕は神の子なんかじゃない」と。
東洋人のおらには非常にわかりにくいところだよねえ(^^♪
画家テイトレリは、法曹界の奥には誰も入ることができない部屋がある
とのたもうた。
その部屋は宗教的には神のいる部屋ということになるのかな。

仏教の世界だと人間は修行して解脱の世界に入ることができる
ということになるんだけど、
キリスト教は絶対神の世界だから当然人間は神にはなれない。
神の部屋に入ることはできない。
で、Kは「僕は神の子じゃない」と否定することになる。

教誨師の側からすると、神の子よ、自分の罪を認めなさい、
悔い改めなさいってことになるんだけど、
いかんせんKは自分の罪を一切認めないって立場な訳だから
無限にすれ違うしかない。

結局、Kがハスラー弁護士と対立するのと一緒。
社会に出たら、鎖に繋がれるしかないんだよというハスラーに対して
Kは全面無罪、完全な自由を求めようとしてる訳だしさ(^^♪

画像

Kは大伽藍を出る。
キャー、怖い~って感じだよねえ。
なんだかキリスト教=法曹界って感じだもんねえ、
この写真観てると(^^♪

画像

と、突然、シャツを失敬した刑事二人を拷問した
例の二人の男が目の前に現れ、Kの腕を取り連れ去った。
荒野へ。

画像
画像
画像
画像
画像

キューブリックも真っ青って感じだよなあ。
オーソン・ウェルズたら、こんなに恐い写真撮っちゃって(^^♪

オーソン・ウェルズ、アメリカ人としては突然変異だよね。
非常に理知的だし、物語の論理も映像も。
ほんと好きだよねえ、私、変なアメリカ人のオーソン・ウェルズ(^^♪

画像

男たちはKを穴に突き落とし、ナイフを出した。
Kはそのナイフで自分に罪を犯させるつもりだと理解し、
拒否し、やるのはお前たちだと言った。

画像

男たちがKを残して地上に上がると、Kは二人に向かい叫んだ。
「畜生、お前らだ。お前らがやるんだ」と。

画像

そして二人を嘲笑った。狂ったように。

画像

男二人は穴にダイナマイトを投げ込み、去った。

画像

ダイナマイトが爆発し、Kの命を奪った。
Kは処刑された…。

Kは結局、最後まで自分の罪を認めなかった。
自分のイノセンスを押し通したってことになるんだろうけど、
それは別にしてほんと怖いんだよねえ。
この歪んだ空間と、歪んだ時間。
そしてKの運命をKの意志とはまったく関係の所で決定する、
見えない、何か途方もなく大きなチカラ。その存在。

これが悪夢でなくて何なんだ!
こうしたハチャメチャな論理が堂々と罷り通るこの国は一体どこだ?
日本か? Kは病院の檻の中に閉じ込められてるのか!
とギョッとしちゃうよねえ、私は(^^♪

Kを処刑する1人の眼鏡男、
おまえ、元小結舞の海かと言いたくなるほど太ってるしさ(^^♪

この映画、若い頃に観た時は、
お、凄い不条理映画だなあなんて面白がってたけど、
いま観ると他人事じゃないよね。
オウム報道の狂気の只中に置かれて裁かれた私としては。
なもんだから、いまみたいな日本になることは間違いないと
予想はしてたけどさ。

それは別にしてぜひご覧くださいな。
1963年にすでにこんな途方もない映画が作られていたのかと、
きっとびっくりするはずだから(^^♪


※「審判_1」
※「審判_2」


画像


■119分 フランス/イタリア/西ドイツ ドラマ/サスペンス/SF
監督 オーソン・ウェルズ
脚色 アントワーヌ・チュダル 、 オーソン・ウェルズ
原作 フランツ・カフカ
台詞 オーソン・ウェルズ
製作 アレクサンドル・サルキンド
撮影 エドモン・リシャール
美術 ジャン・マンダルー
音楽 ジャン・ルドリュ
出演
Josef K.  アンソニー・パーキンス
Mrs. Burstner  ジャンヌ・モロー
Leni  ロミー・シュナイダー
The Advocate  オーソン・ウェルズ
Hilda  エルザ・マルティネッリ
Mrs. Grubaoh  マドレーヌ・ロバンソン
Miss Pittl  シュザンヌ・フロン
The Chief Clerk  フェルナン・ルドウ
Bloch  エイキム・タミロフ
The Inspecter  アーノルド・フォア

原作は名高きカフカの不条理文学で、これを現代の物語として、コンピュータ(と言っても巨大な代物で、いま観ると隔世の感があるが)に管理される人類を予見する作品に映像化したウェルズは、やはり、凡人の二、三歩先を行っていた。主人公ジョゼフ・K(パーキンス)の働く銀行を見よ。「モダン・タイムス」のヴァリエーションとは言え、「未来世紀ブラジル」のオフィスの元ネタは明らかにここにある。無数の机が並び、無言で背を向けてタイプを打つ行員たち。ジョゼフはここの管理職なのだが、ある朝、身に覚えのない罪で“逮捕”を宣言される。しかし、拘束されることはなく、就業時間後開かれる審理に出席。傍聴人すら仕込まれており疑心暗鬼に陥る。叔父マックスが紹介する弁護士ハスラー(ウェルズ)も裏では当局とつながっており、ジョゼフはその付添いの看護婦と刹那的な情事に耽り逃避するが、彼女は“男なら誰とでも”と自ら言うような女で、彼を惑乱させる。そして、いつしか刑事たちに連れ回された荒地で彼の処刑は執行される。原作の悪夢の感覚を見事に視覚化して、例えば、銀行の扉を出て廊下を往くとそこは既に裁判所などという空間の歪曲や、賄賂を要求したので告発した刑事が鞭打たれる場に居合わす場面自体の歪みなど、実に先鋭的。ハスラーに言われ訪ねた、肖像画家ティトレリーの鳥かごのようなアトリエの光の乱舞する幻惑的光景も素晴らしい。全編にアルビノーニの“アダージョ”が荘厳と響き、心の渇きをいや増させる悲痛な作品。J・モローは始めの方、主人公の憧れる二流の踊り子として登場。これも、「フォルスタッフ」の彼女のように出番は少ないが印象深い。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 審判_2 (1963) フランス

    Excerpt: [1103]主人公ジョセフ・Kを襲った悪夢はいま日本を襲っている Weblog: こんな日は映画を観よう racked: 2015-05-31 05:54
  • 審判_1 (1963) フランス

    Excerpt: [1103]主人公ジョセフ・Kを襲った悪夢はいま日本を襲っている Weblog: こんな日は映画を観よう racked: 2015-05-31 05:55