野菊の如き君なりき_2 (1955) 日本

[1105]少年政夫と民子の初恋を無常の下に描きだした木下恵介の名作

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…「政夫さん…私野菊の様だってどうしてですか」
「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって…」
「僕大好きさ」
野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を
僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動悸を起した位で、
直ぐにそれ以上を言い出すほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。
民子も同じこと、物に突きあたった様な心持で強くお互に感じた時に
声はつまってしまったのだ。二人はしばらく無言で歩く。

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…いつまで話もしないでいるはなおおかしい様に思って、
無理と話を考え出す。
「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」
「わたし何も考えていやしません」
「民さんはそりゃ嘘だよ。何か考えごとでもしなくてあんな風をする訣はないさ。
どんなことを考えていたのか知らないけれど、隠さないだってよいじゃないか」

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…「政夫さん、済まない。私さっきほんとに考事かんがえごとしていました。
私つくづく考えて情なくなったの。
わたしはどうして政夫さんよか年が多いんでしょう。
私は十七だと言うんだもの、ほんとに情なくなるわ…」
「民さんは何のこと言うんだろう。先に生れたから年が多い、
十七年育ったから十七になったのじゃないか。
十七だから何で情ないのですか。僕だって、さ来年になれば十七歳さ。
民さんはほんとに妙なことを云う人だ」
僕も今民子が言ったことの心を解せぬほど児供でもない。
解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、
民子は真に考え込んでいる様であったが、
僕と顔合せて極りわるげににわかに側わきを向いた。

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「秋草のいづれはあれど露霜に瘠せし野菊の花をあはれむ」
伊藤左千夫はこよなく野菊を愛した歌人だった。
自分の家を「野菊の宿」と名付けたほどである(^^♪

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二人は綿を摘んだ。

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と、通りかかった村人・常が二人を見て笑った。
「今日はご夫婦揃って綿採りかの。洒落てますね。ははは」と。
政夫は「人手がないからおっかさんに言われてきたんだよ」と返したが、
民子は「みんな嫌な事ばっかり言う」と泣いた。

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私の嫌いな奴。
①他人の悪口を言う奴。
②伝聞をさも自分が見聞きしたかのように言う奴。
③ひとをいじめる奴。
④偉そうに物を言う阿保。
私はそういう連中は自分の中で切っている。
理屈ではない、生理的に受けつけないのだ、しょうがない(^^♪

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政夫は民子を慰めた。

…「実はお増も不憫ふびんな女よ。
両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。
親父は戦争で死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、
一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。
国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。
あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。
意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」

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…(民子は)桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。
「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。
りんどうはほんとによい花ですね。
わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。
わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花…」
花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。
やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。
「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」
「政夫さんはりんどうの様な人だ」 「どうして」
「さアどうしてということはないけど、
政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」
民子は言い終って顔をかくして笑った。

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話し込んでしまったこともあり帰りが遅くなった。

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家の者たちは食事をしていて二人に見向きもしない。
母は嫂に「ご苦労さんとくらい言ったらどうだい」と小言を言い、
政夫に続けた。
…「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、
そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、
お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ…
えいか、そのつもりで小支度して置け」と。

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政夫は祭に行かず、心が残る民子へ手紙を書き、
こっそりと手渡した。

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僕が発ってからと言われたが、
民子は家人に隠れてすぐにその手紙を読んだ。

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…「朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。
外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、
ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。
民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。
僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから、
学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。
民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは
何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、
民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。
冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります。
十月十六日 政夫 民子様」

民子は涙を流した。

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その朝は雨だった。
民子はお増と一緒に政夫を渡し場へ送った。

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足が送れる民子をさすがに哀れと思い、お増は時々民子を振り返った。

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渡し場へ着くと、政夫は民子から荷物を受け取り、舟に乗った。

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船頭が舟を出した。
お増は「政夫さん元気でな」と言うと、「民さん」と民子に声をかけた。

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民子は何も言わずただ別れを堪えていた。

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…眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、
民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子は
今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返しに薄く化粧をしている。
煤色と紺の細かい弁慶縞で、羽織も長着も同じい米沢紬に、
品のよい友禅縮緬の帯をしめていた。
襷を掛けた民子もよかったけれど今日の民子はまた一層引立って見えた。

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政夫の乗った舟は遠ざかり、
そうしてやがて雨煙の中へと消えて行った。

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この別れは政夫と民子の永久の別れとなったシーンである。
が、この一連のシーンで二人を顔をUPしたのはただ
先に紹介したシーン一度きりで、
永遠の別れを遠景の風景として刻みつけてみせる。
いつもながらその透徹した演出にはただただ脱帽するほかない。

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老齢の政夫はその渡し場へ着き、遠いあの日に想いを馳せた。

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絶えざる川の流れに目をやり、

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そうして「待つ人」に目をやると、

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心せかれて道を急いだ。

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…僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。
学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、
自分で自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。
そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。

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…多くの人中に居ればどうにか紛れるので、
日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。
夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て
疲れて寝る工夫をして居た。
そういう始末でようやく年もくれ冬期休業になった。

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政夫は民子会いたさ一心で帰宅した。

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だが家に民子の姿はなかった。ばかりか
家人は民子の事について誰も一言も言ってくれなかった。

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翌朝、政夫は飯も食べずに畑へ出て民子のことを思った。
と、そこへお増がやってきて民子の話をしてくれた。

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…「政夫さん、私はお民さんが可哀相で可哀相でならないだよ。
何だってあなたが居なくなってからは
まるで泣きの涙で日を暮らして居るんだもの、
政夫さんに手紙をやりたいけれど、
それがよく自分には出来ないから口惜しいと云ってネ。
私の部屋へ三晩も硯すずりと紙を持ってきては泣いて居ました。

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うちの姉さんたらほんとに意地曲りですからネ。
何という根性の悪い人だか、
私もはアここのうちに居るのは厭になってしまった。
昨日政夫さんが来るのは解りきって居るのに、
姉さんがいろんなことを云って、
一昨日お民さんを市川へ帰したんですよ。

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待つ人があるだっぺとか逢いたい人が待ちどおかっぺとか、
当こすりを云ってお民さんを泣かせたりしてネ、
お母さんにも何でもいろいろなこと言ったらしい、
とうとう一昨日お昼前に帰してしまったのでさ」

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嫂は母に、民子は政夫と結婚して田畑をたくさん分けてもらう
つもりでいるのだろうと中傷したのだった。
母は、そんなことを言われては民子もいる場所がなかろう、
政夫が帰ってきて会えばまた別れが辛くなる、
いっそのこと帰ってくる前に実家へ戻ったがよかろうと
民子に勧めたのだった。

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話をしているお増と政夫の目の前をお葬式の列が通り過ぎた。
以前、政夫と民子をからかった常が馬から振り落とされて
死んだのだという。
お増は言った。「心根の悪い奴はろくな死にかたをしない。
わからんもんだ、人の命なんて」と。

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このシーンは原作にはない。
やがて来る民子の死を暗示しておくとともに、
命の儚さ、この世の無常を前に押し出したかったのだろう。

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正月の二日、政夫は学校へと発った。

…民子の近所を通ったのであれど、
僕は極りが悪くてどうしても民子の家へ寄れなかった。
また僕に寄られたらば、民子が困るだろうとも思って、
いくたび寄ろうと思ったけれどついに寄らなかった。
思えば実に人の境遇は変化するものである。
その一年前までは、民子が僕の所へ来て居なければ、
僕は日曜のたびに民子の家へ行ったのである。
僕は民子の家へ行っても外の人には用はない。いつでも、
「お祖母さん、民さんは」
そら「民さんは」が来たといわれる位で、或る時などは僕がゆくと、
民子は庭に菊の花を摘んで居た。


※「野菊の如き君なりき_1」
※「野菊の如き君なりき_2」
※「野菊の如き君なりき_3」

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■92分 日本 ドラマ/ロマンス
監督: 木下恵介
製作: 久保光三
原作: 伊藤左千夫 (『野菊の墓』)
脚本: 木下恵介
撮影: 楠田浩之
美術: 伊藤憙朔
音楽: 木下忠司
出演
老人 笠智衆
船頭 松本克平
政夫 田中晋二
民子 有田紀子
政夫の母 杉村春子
兄栄造 田村高廣
嫂さだ 山本和子
お増 小林トシ子
民子の祖母 浦辺粂子
民子の父 高木信夫
民子の母 本橋和子
民子の姉 雪代敬子
常吉 渡辺鉄弥
お浜 谷よしの
お仙 松島恭子
庄さん 小林十九二

河の流れに秋のけしきが色濃い。渡し舟の客、斎藤政夫翁は老船頭に、遠くすぎ去った想い出を語った…。
この渡し場に程近い村の旧家の次男として政夫は育った。十五歳の秋のこと、母が病弱のため、近くの町家の娘で母の姪に当る民子が政夫の家に手伝いにきていた。政夫は二つ年上の民子とは幼い頃から仲がよかった。それが嫂のさだや作女お増の口の端にのって、本人同志もいつか稚いながら恋といったものを意識するようになって行った。
祭を明日に控えた日、母の吩咐で山の畑に綿を採りに出かけ二人は、このとき初めて相手の心に恋を感じ合ったが、同時にそれ以来、仲を裂かれなければならなかった。母の言葉で追われるように中学校の寮に入れられた政夫が、冬の休みに帰省すると、渡し場に迎えてくれるはずの民子の姿はなかった。お増の口から、民子がさだの中傷で実家へ追い帰されたと聞かされ、政夫は早々に学校へ帰った。二人の仲を心配した母や民子の両親のすすめで、民子は政夫への心をおさえて他家へ嫁いだ。ただ祖母だけが民子を不愍に思った。
やがて授業中に電報で呼び戻された政夫は、民子の死を知った。彼女の祖父の話によると、民子は政夫の手紙を抱きしめながら息を引きとったという。政夫の名は一言もいわずに。渡し船をおりた翁は民子が好きだった野菊の花を摘んで、墓前に供えるのであった。

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