原爆の子_1 (1952) 日本

[1171]この原爆映画の美しさ、哀しさは何処から来るのか

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原爆投下から7年後の1957年に作られた、
近代映画協会と劇団民芸の共同製作作品。
1952年4月28日に占領が終わり、GHQの検閲がなくなる。
結果、初めて正面から被爆の実態を描く作品となった。

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新藤兼人は同じ頃に撮影されていた映画「ひろしま」を
監督する筈だったが、製作総指揮の日教組と意見が合わず、
「ひろしま」を降板し、この作品を撮ったと言われている。

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乙羽信子の主演は「好意的主演」と言われているが、
自分から新藤監督に協力を申し出たという事なのか。
そうだろうと推測しているが、新藤さんにお会いした時、
詳細を聞いておけば良かったなあと今になって後悔する(^^♪

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石川孝子(乙羽信子)は原爆が投下された当時、
広島に住み、自分は生き残ったものの家族を亡くした。

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いまは瀬戸内の小さな島で叔父・叔母と暮らし、
小学校の先生をしている。

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夏休み、彼女は広島へ帰ろうと思った。
被爆当時、広島で幼稚園の先生をしていたのだが、
その後の園児たちの消息を知りたかったのだ。

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その叔父さん(寺島雄作)と、叔母さん(英百合子)。

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孝子は朝の船で広島へ向かった。

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同乗している島民の馬喰(東野英治郎)が、
「石川先生、どこへ行きんさるかのう」と声を掛けてきた。
孝子が広島ですと答えると、

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すかさず船長(殿山泰司)が「石川先生」と言う。
「家へいんでたんまりおっぱいを飲んで戻りんさい」と(^^♪

映画が始まってまだ7分強だが、
この映画が途方もない傑作である事がすでに分かる。
先に紹介した「私は貝になりたい」と較べると分かるが、
映像は素晴らしいし、俳優はいいし、
演出も本当に見事だからである。

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被爆を描こうとしているのに
決して声高に何かを訴えようともせず、
ただひたすら何処までも穏やかで静かなのである。
瀬戸内の海のように。まるでここ(島)が
孝子の、私たちの「帰れる場所」であるかのように。

そして穏やかで静かな癖に、
俳優、スタッフがこの映画に命を賭けている事が、
観ている側にピシリとまっすぐに伝わってくる。
私はこの時点でもう涙が零れてしまう(^^♪

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孝子の声が流れてくる。
「皆さん、ここは広島です。
1945年8月6日、
この街の上空に原始爆弾が投下されました」

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「美しい広島の川は、
今日もあの日と同じように美しく流れています」
川は太田川である。

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「美しい広島の空は、
今日もあの日と同じように美しく広がっています」

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「あの日の広島の子供たちは、
すくすくと伸びてこんなに大きくなりました」

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「あの日の焼けただれた土の上には、
家が建ち、草が生え、再び街が生まれました」

カメラは1952年当時の子供たちの様子と、
街の様子を次々と捉えていく。
それだけでもこの作品は必見の価値がある(^^♪

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孝子は実家のあった瓦礫の上に立ち、辺りを眺め、

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そうして原爆で死んだ両親と妹に手を合わせる。
(家族の正式の墓は島にある)

孝子の脳裏からあの日の事が消えた事はない。

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8月6日の朝。
仕事へ出かける孝子の父親と、送り出す母親。

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幼稚園へ出かける孝子と、
「行ってらっしゃい」と送り出す岩吉爺さん(滝沢修)。
岩吉は長年孝子の家で働いている人物である。

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孝子の妹(中央)は学校へ。

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職場の父親。

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川で遊ぶ街の子供たち。

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午前8時15分、B-29が上空に現れ、原爆を投下。

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ピカ。

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ドン。

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動かなくなった母親に縋りついて赤ちゃんが泣き叫ぶ。

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キノコ雲。

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キノコ雲に目をやるお婆ちゃん。

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孝子の声。
「あの日、この銀行の石段に腰かけて
物思いに沈んでいた名も知れぬ人は、
強烈な放射線に焼きつけられて、未だにここで考えています」

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爆心地。

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孝子は爆心地から約200mほど離れた原爆ドームへと
足を運ぶ。

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元は広島県物産陳列館で、
原爆投下当時は広島県産業奨励館と呼ばれていたという。


※「原爆の子_1」
※「原爆の子_2」
※」原爆の子_3」

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■100分 日本 ドラマ
監督 新藤兼人
脚本 新藤兼人
原作 長田新篇
製作 吉村公三郎
共同製作 山田典吾
撮影 伊藤武夫
美術 丸茂孝
音楽 伊福部昭

■100分 日本 ドラマ
監督 新藤兼人
脚本 新藤兼人
原作 長田新篇
製作 吉村公三郎
共同製作 山田典吾
撮影 伊藤武夫
美術 丸茂孝
音楽 伊福部昭

出演
乙羽信子…石川孝子 
滝沢修…岩吉爺さん 
伊東隆…太郎  
北林谷栄…おとよ婆さん 
斎藤美和…森川夏江
下元勉…夏江の夫
宇野重吉…孝司
奈良岡朋子…咲江
清水将夫…石川利明  
細川ちか子…石川せつ
東野英治郎…馬喰
殿山泰司…船長
小夜福子…教会員 
寺島雄作…木島浩造
英百合子…木島おいね
大滝秀治
芦田伸介
多々良純
山内明
垂水悟郎
柳谷寛
富田浩太郎
松下達夫
日野道夫
伊達信
庄司永健
高野由美
佐々木すみ江
原ひさ子
田中敬子

長田新により編まれた作文集『原爆の子―広島の少年少女のうったえ』を元に、新藤兼人が脚本・監督を担当した作品。被爆から七年後に製作された本作は、原爆を取り上げた最初の日本映画と言われる。
広島の幼稚園で働いていて被爆した石川孝子は、瀬戸内海の小さな島で教員をしていた。原爆投下から七年後の夏、孝子は広島を訪ね、かつて石川家の使用人だった岩吉と再会する。岩吉は被爆し失明、浮浪者同然の生活をしていた。孝子は幼稚園の同僚の夏江から園児たちの住所を聞き、子供たちを訪問して行った。生き残った三人の教え子たちはみな中学生になっていた。三平は原爆症で父を亡くし、敏子は原爆症で病床に臥せ、そして平太は両親を亡くし兄姉と暮らしていた。

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