原爆の子_2 (1952) 日本

[1171]この原爆映画の美しさ、哀しさは何処から来るのか

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この映画を初めて観たのは小学生の頃だった。
巡回映画だったか、自宅庭での青空映画館だったか、
あるいは街の映画館だったのかもう記憶にない。
憶えているのは、この回想シーンを観た時、
何が何だかよく分からず、頭が真っ白になったまま
ただボーッと観ていた事だ。

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後年観た時は、
丸木位里・俊夫妻の原爆の図を連想したものだが、
いま改めて観て感じるのは、
悲惨な被爆者たちの像には違いないのだが、
酷く「美しい」という事である。

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何故そう感じるのか。
被爆した姿であるにも拘わらず、
人々が何処か凛として人間の尊厳を保っているかのように
描写されているからではないか。

実はこの被爆回想シーンだけでなく、
この映画全体にそれを感じるのだが、
そうした美しさを放っているためにより凄まじい原爆の残酷さ、
戦争の悲惨さが胸に迫って来て、深い悲しみに襲われるのだと思う。

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孝子は幼稚園時代の友人・森川夏江の家へ向かう。
途中、相生橋の袂で貧しい一人の被爆者男を見かける。
かつて孝子の家で働いていた岩吉だった。

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岩吉はピカでもうほとんど目が見えず、
焼け跡の粗末な小屋に住み、物乞いをして暮らしていた。
隣に住む屑拾いの婆さん・おとよ(北林谷栄)の世話になりながら。

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一人息子は南方で戦死、その嫁は被爆死。
7歳になる孫・太郎が一人残されていたが、
共に暮らす事は叶わず孤児収容所に預けていた。

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翌日、孝子は岩吉爺さんと太郎の様子を見に行く。
太郎の声。
「ぼくのおかあさんはぴかどんの日にしんだ。
おとうさんはせんそうでしんだ。
ぼくはおじいさんとふたりになった。
おじいさんはぴかどんでめくらになってはたらけん。
八月六日がくるとぼくは
おとうさんやおかあさんのおはかへいく」

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太郎を演じている伊東隆くんの朗読や、
乙羽信子のナレーションは本当に素晴らしく、美しい。
演技もだが、余計な気分など入れず、
書かれている事をただきちんと、
素直に観ている者に伝えようとしているからだ。
余計な事をやる事が演技だと信じているいまの俳優は、
要求されても絶対出来ない。

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孝子は岩吉に、太郎を島へ引き取って育てたいと申し出る。
岩吉は感謝しながらも断る、
太郎がいなくなったら私は生き甲斐を失ってしまう、と。
孝子は岩吉も一緒に島へ来ればいいと言うのだが。

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孝子は友人の森川夏江(斎藤美和)を訪ねる。
夏江は結婚しているのだが、ピカで子を産めない体になり、
近く貰いっ子をするのだと喜んでいた。
夫を演じているのは下元勉。

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夏江は幼稚園時代のアルバムを引っ張り出し、
孝子と当時を懐かしむ。

この映画のリズムは酷くゆったりとしている。
科白も驚くほどゆっくりだし、科白の間合いも十分に取っている。
そのため人間の命がゆっくりとたゆうとうているかのような
印象を強く抱かされる。
当然、観ていると人間の命がいやが上にも愛おしくなってくる。
本当に素晴らしい演出である。

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翌日、二人は幼稚園の跡地に立つ。
夏江は仕事へ行き、孝子は生き残った子を訪ねる。

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芳夫が走り、通りで靴磨きをやっている兄・三平に
父親が死にそうだと知らせる。
二人は家へ向かって走り始める。

途中、芳夫は母親に知らせていない事を思いだし、
母親の元へ走るのだが、この二人が全力で街中、
焼け跡を走る姿がこれまた素晴らしく美しくて、
私はほとんど卒倒しそうになる。
物語的には感動してる場合ではないのだが、
この子たちの走りにはいまやお目にかかれないからだ(^^♪
演じている二人は当時の地元の少年だ。

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芳夫は建築現場で働いている母親に知らせる。
ちなみにここは当時建設中だった広島平和記念資料館だ。

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現在の広島平和記念資料館。開館は1955年。

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孝子は三平の家を訪れる。
家族は被爆した父親の死を看取り、悲嘆に暮れていた。

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親戚に知らせようと玄関を出る三平に孝子が声をかける。
幼稚園の時の先生よ、憶えてるかと。

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三平はただ一言、
「うん、憶えとる」と言い残し、知らせに走った。
この表情もとても芝居だとは思えない、それも子供の。

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孝子は次に、教会に預けられている山岸敏子を訪ねる。
教会員(小夜福子)は言う。
「良いところへ来て下さいました。
あの子は原爆症でもういつ死ぬかわからないのです。
どうぞ会ってあげてくださいませ」と。

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敏子の伏せっている部屋へ入る。

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敏子は孝子先生だと分かると、仄かに笑む。
そして孝子の言葉に返す。
「あの日、私はここの牧師さんに拾われたんです。
父と母は死んだので、二人の為にお祈りをしようと思い
ここへ置いてもらうことにしたんです。
でも今では原爆で死んだ沢山の人たちの為にお祈りしています。
こうして寝ていても、いつまでも平和が続きますようにと、
毎日神様にお願いしています」。

そうして孝子にねだる。
先生がいつも歌っていた赤いお船の歌をうたって、
もう一度聴きたい、と。

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♬お母様 泣かずにねんね致しましょう
 赤いお船で父様の 帰るあしたを楽しみに

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「ヒロシマは怒りの街、ナガサキは祈りの街」と良く言われる。
だが私にはそのイメージはない。
かつて私の出会った長崎の被爆者・斎藤さん、
広島の被爆者・渡辺さんご夫婦も、この少女敏子のように
いつも静かな笑みと、悲しみ、祈りを湛えていらしたからだ。

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その夜、孝子は二の腕に触れ夏江に言う。
「私の腕にもガラスの欠片が入っている。
触るとコリコリ音がする。
でもこれだけはいつまでも残しておきたい。
八月六日を忘れないように」と。

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翌日、孝子は三人目の平太に会いに行く。

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平太は先生に会うと笑顔が溢れた。
平太はピカで両親を亡くし、兄二人・姉との四人で暮らしていた。
そしてその夜はたまたまその姉の嫁入りの日だった。

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戦争中、姉・咲江(奈良岡朋子)には恋人がいたが出兵。
咲江もピカで家の下敷きになり、足が不自由になる。

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だが兄・孝司(宇野重吉)の心配を余所に、
復員した恋人が訪ねてきて、約束したように君と結婚したい、
経済的な事情を整えるまでしばらく待って欲しい
と言ってきたのだった。

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ようやくその日が訪れた。
兄弟家族は孝子を交え、最後の乾杯をし、

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その夜、咲江は兄・孝司に伴われて彼の元へと
嫁入りをして行く。

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平太はすぐ上の兄、
孝子先生と一緒にその姉の後ろ姿を見送る。

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近所の子供たちの花火遊びの花火が
まるで咲江の嫁入りと幸福を祝福するかのよう…。
あゝ、こんなに暖かで美しい嫁入りも
本当に稀だなあと、私はまた涙が溢れそうになる。

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翌日、孝子は平太に別れを告げると、
その足で再び岩吉への小屋へと向かった。


※「原爆の子_1」
※「原爆の子_2」
※」原爆の子_3」


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■100分 日本 ドラマ
監督 新藤兼人
脚本 新藤兼人
原作 長田新篇
製作 吉村公三郎
共同製作 山田典吾
撮影 伊藤武夫
美術 丸茂孝
音楽 伊福部昭

出演
乙羽信子…石川孝子 
滝沢修…岩吉爺さん 
伊東隆…太郎  
北林谷栄…おとよ婆さん 
斎藤美和…森川夏江
下元勉…夏江の夫
宇野重吉…孝司
奈良岡朋子…咲江
清水将夫…石川利明  
細川ちか子…石川せつ
東野英治郎…馬喰
殿山泰司…船長
小夜福子…教会員 
寺島雄作…木島浩造
英百合子…木島おいね
大滝秀治
芦田伸介
多々良純
山内明
垂水悟郎
柳谷寛
富田浩太郎
松下達夫
日野道夫
伊達信
庄司永健
高野由美
佐々木すみ江
原ひさ子
田中敬子

長田新により編まれた作文集『原爆の子―広島の少年少女のうったえ』を元に、新藤兼人が脚本・監督を担当した作品。被爆から七年後に製作された本作は、原爆を取り上げた最初の日本映画と言われる。
広島の幼稚園で働いていて被爆した石川孝子は、瀬戸内海の小さな島で教員をしていた。原爆投下から七年後の夏、孝子は広島を訪ね、かつて石川家の使用人だった岩吉と再会する。岩吉は被爆し失明、浮浪者同然の生活をしていた。孝子は幼稚園の同僚の夏江から園児たちの住所を聞き、子供たちを訪問して行った。生き残った三人の教え子たちはみな中学生になっていた。三平は原爆症で父を亡くし、敏子は原爆症で病床に臥せ、そして平太は両親を亡くし兄姉と暮らしていた。

この記事へのコメント

オスカーザグラウチ
2016年10月26日 11:36
主人公が訪ねた教会にいた少女のモデルは佐々木貞子さんではと思います。また私は広島県に旅行した時、彼女のモデルの像を見たとき何かのオブジェかと思いました。
てつ
2016年10月26日 13:23
あ、佐々木貞子さんですか! 全然考えてませんでした。ありがとうございます。

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