原爆の子_3 (1952) 日本

[1171]この原爆映画の美しさ、哀しさは何処から来るのか

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孝子はもう一度頼む、
太郎を私に島で育てさせて欲しい、と。
岩吉はどうぞそれだけはご勘弁をとまた断った。
孝子は岩吉の気持ちも良く理解できたので、
ではそのうち気が向いたら手紙をください、
いつでも迎えに来ますと言い、岩吉に別れを告げる。

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外で二人の話を聞いていたおとよ婆さんは、
孝子が帰ると岩吉に言う。
太郎を島へやったほうが良い、
わしらはいつまでも生きていられる歳ではないのだから、と。
岩吉は、いつまでも生きてやる、
世間の人たちにこの姿を見てもらうために、と言うのだが。

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おとよ婆さんは
すぐに孝子の後を追いかけて声を掛ける、
岩さんが決心しました、太郎を呼んで来ます、と。

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戻って来た太郎に岩吉は言う。
この人と瀬戸内の島へ行って暮らさないか、と。
太郎はお爺ちゃんと一緒でないと嫌だと返す。
岩吉は、お爺ちゃんも後で行くからと
説得しようとするのだが、

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太郎は「うそだ」と言い、外へ飛び出し激しく泣く。
岩吉は堪らず太郎を胸に掻き抱き、
もう何処にもやりはしないからと謝り、涙を零す。

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孝子は言葉もなくひとり辞す。

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岩吉は相生橋の袂に座り、
通りかかった学生に手紙を書いて欲しいと頼む。

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夜、岩吉はよく勉強するご褒美だと言い、
太郎に買ってきた真新しいクツを渡す。

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久しぶりに一緒に食べるのだからと
二人してご馳走を食べる。

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そうして食べ終わると太郎に、
すまないが昼間のお嬢さんに手紙を渡してきてくれと言い、
孝子の泊まっている家を教え、手紙を渡す。

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太郎は真新しいクツを穿き、「行って来る」と届けに走る。
それがお爺ちゃんとの別れになるとも知らずに。

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岩吉は内側から小屋に鍵を掛け、
ひとり酒を食らい、呟く。
「これでええ。戦争じゃのう。ばかたれ。
ピカ…、ピカ…、フン、うじ虫じゃ」と、
自分の臓物を吐き出すかのように。

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太郎は夏江の家にいる孝子に手紙を届ける。
「太郎のことを頼みます。岩吉」
孝子は岩吉の心を察し、
帰ろうとする太郎を夏江と一緒に引き止める。

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岩吉の小屋から火が出た。
気づいたおとよ婆さんは火の中に飛び込む。
岩吉を引きずり出すと自分の小屋へ運び込み、
医師を呼び、孝子の元へ知らせに走る。

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孝子は太郎を背負い小屋へ走る。

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「太郎、元気でのう。
お嬢さん、わしのこの体はのう、病院に寄付してつかあさい。
冬になりゃ火傷の痕が針刺すように痛うなるこの体、
皆によう見て貰ろうてつかあさい」
岩吉はそう言い残して息を引き取った。

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この言葉を聞いた者は、
鉄の骨組みが剥き出しになって今なお残るこの原爆ドームは、
被爆した人たちの体そのものなのだと知る筈だ。

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夏江は孝子と太郎を港で見送る。
夏江が太郎に「元気で行きんしゃい」と声を掛けると、
太郎は「うん。お爺ちゃんと一緒に行くんだ」と
岩吉の遺骨箱を見せる。

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不意に飛行機の飛ぶ音が遠くに聞こえた。

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孝子と夏江は条件反射のように上空を仰ぎ、
暑い夏の日の白い雲の間に飛行機を探す。
あの日のように。

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船長が「船を出すよ」と声を掛けた。
孝子は太郎は夏江に別れを告げ、船に乗る。

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そうして走る船の上からいつまでも
遠ざかる故郷・広島に目をやった…。

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この映画は声低く、単純明快に作られている。
にも拘わらずこれ以上には無理だと思うほど、
「ヒロシマ」を深く伝えている。

私は改めてピカソの言葉を思い出す。
「この歳になってようやく子供の絵が描けるようになった」
という言葉を。
子供たちに観て欲しいという思いがあって
こうした映画の撮り方をしたのかも知れないが、
この映画はまさにピカソのその域に達している気がする。

その事はすでに少し触れたように、この映画が
悲惨なヒロシマ、被爆者たちの像を描いているにも拘わらず、
「美しい」「きれい」だという事からもわかる。
子供の心のように無垢なのだ。
無垢であるが故に人類が犯した最大の悪の、汚れの極限が
視えてくる構造になっているのだ。

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その事は俳優についての視点からも言える。
出演している俳優は劇団民芸が主体なのだが、
本当に素晴らしい演技だと思う。

どうしてこんなに素晴らしい演技が出来るのか。
一言でいえば、彼等が戦前から戦後にかけて
プロレタリア演劇を目指し、労働者階級の側に立ち、
搾取・抑圧する階級と闘ってきたからである。
戦争とも。

時に慰問団として掻き出される事があったとは言え、
そうした闘いの延長や体験を下に
カメラの前に立っているからである。

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だがここに登場している子供たちは、
その素晴らしい大人の俳優たちを遙かに凌いでいる。

どんなに素晴らしい俳優であれ、どこかで芝居を、
言葉を変えれば「うそ」をやらざるを得ない。
避ける事は出来ない。大人である限り。

だがここに登場する子供たちにはそのうそがない。
この現実を生きるのと同じように、
物語(虚構)をそのまま自分の現実として生きているのである。

まだ現実に、社会に、あるいは人との関係に
子供たちがそう汚されていないからだと言えるが、
ピカソが「子供のように」と言ったのは、
演劇で言えばそういう事だという事になる。

こ映画の基底を支えているのは、
その意味ではこの地元の俳優でもないこの子供たちなのだ
と言っても良いだろう。

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どうして今更ながらにそんな事に拘るのか?
言うまでなくピカソが言ったように私も50歳を過ぎたあたりから、
この子供たちのやっているような芝居をしたいと
思い続けてきたからである。

歌手の遠藤賢治さんは私の舞台を観ると、
いつも「本当にきれいです。ありがとう」の一言を残してくれる。
私の狙いを真に理解してくれていると数少ないお客さんだと
心から礼を言いたくなるのだが、
それでもまだエンケンさん(遠藤賢治)には及ばない。
この子たちに、この映画に及ばないと恥ずかしくなるからである。

そうしていま芝居を観る度に
その「薄汚さ」に打ちのめされて死にたくなるからである。
残念ながらうそではない。

私は汚いものは観たくない。
きれいなものしか観たくない。
とめどなく薄汚くなって行くこの現実を前にして。

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新藤兼人はこの「原爆の子」の後、
やはり被爆を扱った「第五福竜丸」(1959)を撮り、
そして翌60年の安闘争の年、
日本映画の最高峰とも言える「裸の島」を撮った。
同じく故郷の瀬戸内海の小島を舞台に。

その「裸の島」は原爆映画を撮った監督が、
核戦争で地球が死滅した後、
人間がゼロから世界を作り上げてくいく様を描きたい
と思って創った映画だと私はいまだに妄想している。

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余談ながら付記しておく。

アングラ演劇の台頭の中で彼等は、「新劇」は停滞、後退し、
やがて千田是也は「新劇」の名を自ら捨てた訳だが、
停滞と後退を余儀なくされたのは必ずしも
アングラの旗手たちにその表現を批判されたからではなく、
高度経済成長時代の中で新劇が次第に闘いの相手を
見失って行ったからである。

むろん小劇場が、劇そのものが
いまや胡散霧消してしまったのもその為である。

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この日本の凄まじい文化の後退は戦争をもたらす、
と言ったら人は私を笑うだろうか。

広島と長崎に黙祷…。


※「原爆の子_1」
※「原爆の子_2」
※」原爆の子_3」


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■100分 日本 ドラマ
監督 新藤兼人
脚本 新藤兼人
原作 長田新篇
製作 吉村公三郎
共同製作 山田典吾
撮影 伊藤武夫
美術 丸茂孝
音楽 伊福部昭

出演
乙羽信子…石川孝子 
滝沢修…岩吉爺さん 
伊東隆…太郎  
北林谷栄…おとよ婆さん 
斎藤美和…森川夏江
下元勉…夏江の夫
宇野重吉…孝司
奈良岡朋子…咲江
清水将夫…石川利明  
細川ちか子…石川せつ
東野英治郎…馬喰
殿山泰司…船長
小夜福子…教会員 
寺島雄作…木島浩造
英百合子…木島おいね
大滝秀治
芦田伸介
多々良純
山内明
垂水悟郎
柳谷寛
富田浩太郎
松下達夫
日野道夫
伊達信
庄司永健
高野由美
佐々木すみ江
原ひさ子
田中敬子

長田新により編まれた作文集『原爆の子―広島の少年少女のうったえ』を元に、新藤兼人が脚本・監督を担当した作品。被爆から七年後に製作された本作は、原爆を取り上げた最初の日本映画と言われる。
広島の幼稚園で働いていて被爆した石川孝子は、瀬戸内海の小さな島で教員をしていた。原爆投下から七年後の夏、孝子は広島を訪ね、かつて石川家の使用人だった岩吉と再会する。岩吉は被爆し失明、浮浪者同然の生活をしていた。孝子は幼稚園の同僚の夏江から園児たちの住所を聞き、子供たちを訪問して行った。生き残った三人の教え子たちはみな中学生になっていた。三平は原爆症で父を亡くし、敏子は原爆症で病床に臥せ、そして平太は両親を亡くし兄姉と暮らしていた。

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