アポロンの地獄 (1967) イタリア

[1207] 能舞台を連想させるわがパゾリーニの名作

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『アポロンの地獄』1967年/イタリア/104分
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:フランコ・チッティ、シルヴァーナ・マンガーノ、
アリダ・ヴァリ、ラウラ・ベッティ

サイトが見れないとき唯一救われたのはDVD映画漬けの日々を送れたこと。
1ケ月間にゆうに100本は超えたかな。映画狂の私にとっては
ある意味至福の時間だった。ん? PC君、遠慮なく壊れてくれだって?(笑)

紹介したい作品が富士山を形成してるが、とりあえずコレ。
わが愛するパゾリーニの『アポロンの地獄』💛

じつは以前からもう一度観たくて観たくてしようがなかったのだが、
近所のレンタル屋はおろかサイトレンタルを探してもナシ。
アマゾンで買うには高くて金ないし。で、ずっと泣いてたら
「わが愛する映画の友=ますだけいこさん」から、
いま「GYAO!」で『アポロンの地獄』や『8 1/2』などが無料で観れるわよ
と連絡を貰い、「わあっ~」「ぎゃあ~」と慌てて
パンツ一丁のまま「GYAO!」に走り込んだのだった。
『8 1/2』もどこを探してもなかったもんだからさ。
いやあ、ほんと、ますださんは私の神様だべ💛

え、そこでなに読んでんの? 
え、こんなもの読んでないですぐに「GYAO!」に走らんと。
大丈夫だって、パンツ一丁でも。あ、財布も要らんべ。
サイトの「GYAO!」、しかも無料なんだから。
ほら、無料々々!画像も文句ないよ💛

さて、物語は誰でも知っているように、
あのソフォクレスのギリシャ悲劇『オイディプス王』 

誰でも知っているように、と書いたけど大丈夫かなあ(笑) 

はじめて観たのは学生時代で、
アントンオーニやフェリーニに匹敵するほど強烈な印象が刻まれた。
パゾリーニは溝口健二が好きで、
『雨月物語』の影響かなんて言うひともいたほどだが、
いま改めて観るとほとんど能舞台だよな。
まあ、溝口にも能舞台の影響がある訳だけど。

以下、写真に沿ってストーリー、コメントを書きますが、
ストーリーは今後私がよく利用している映画サイト「Movie Walker」等を
借りることにします。

多少わかりやすいように修正したりするが、
いままでみたくイチイチ考えながら書いてると時間かかりすぎて。
許してちょうだい…。あ、ありがと💛

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時はまず現代…。

一人の若くて美しい女(C・マンガーノ)が、男の児を生む。
が、軍人の父親あどけないその赤ん坊の顔をみて不吉な予感にとらわれる。
「この子は、私の愛する女の愛を奪うだろう」と…。

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不安に慄く父親は、ある夜ベッドを抜け出し、幼い子の部屋へ入り、
その両足を掴むと…。

ギョッ、なんだかいきなり80年代以降の日本の話みたいだべ(笑)

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舞台はいっきに古代ギリシャに飛ぶ。

一人の男が、太陽に焼けただれた赤土の山中に、赤ん坊を捨てにくる。
泣き叫ぶ赤ん坊をさすがに殺すことはできず、男はそのまま立ち去る。

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別の男がその子を拾い、コリントスの王・ポリュボスに渡す。
王と王妃メローペ(A・バリ)は神に授かった子として大事に育てられ、
子はたくましい若者エディポ(F・チッティ)に成長する。

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エディポはある日、友だちと争い、お前は本当の子でないとののしられ、
父母に事実を問いただす。

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彼は両親の王と王妃に否定されたが、事実を知りたい、
アポロンの神殿へ行って神託を聞こうと、旅に出る。

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神殿へ到着すると、神託に思いもかけぬ恐しい言葉を告げられる。
「お前は父を殺すだろう。そして母と情を通じるであろう。
お前の運勢は呪われている」と。

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ポリュボスとメローペを実の父母と信じていたエディポは、
コリントスにはもう帰らぬ決心をして長い絶望の旅を始める。

この映画を初めて観たときにまず衝撃を受けたのは、
アポロンの神殿が一本の木だったこと。二股の木という意味深な💛 
おまけに古代ギリシャの都市は小さな農村。

ハリウッドにありがちな巨大な神殿と都市を想像してたもんだからさ、観る前。
で、私は「いい~!こっちの方が古代だよな~!」とコロッと参っちゃったのだ。
そのこといまだによく憶えてる(^^♪

エディポは岐路に立つと、クルクルと目を瞑って道を選ぶ。
つまり「偶然」に賭けようとするんだけど、じつはその偶然は
必然=宿命の道であることに気づかない。
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この映画、時々、こうやって初期映画みたく字幕が挿入される。
なんか嬉しいよねえ♫

これは放浪の旅の途中に挟まれるんだけど、
普通の「エディプス王」と違って、
若者エディポのいわば青春劇として描かれている。

だけでなく、そのエディポだけいかにも
現代風な若者として描かれているので、いま見てもめちゃ斬新だよ。

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旅の途中に出くわす一風景。
こういう風景があちこちに挟まれてて、オラ狂喜乱舞💛 

先に一言っておくと、古代ギリシャはいわばアニミズムの時代なんだけど、
このアニミズムの時代が、後にやってくるキリスト教の時代に比して、
めちゃ大きな世界であることを痛烈に感じさせてくれるんだよね。
そう描かれている。

物語的には悲劇なんだけど、
そこがめちゃもう解放感を与えてくれて嬉しくなっちゃうんだよね

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テーベの町の近くまできたとき、エディポは5人の兵士と従僕を従えた
テーベの王・ライオスの一行と出会う。

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エディポは、ライオス王に乞食あつかいされて
「ギャ~!」と、いかにも今時の若者みたいな悲鳴を上げて(笑)、
5人の兵士とライオス王を殺害する。
一人、王のそばに乗っていた老従僕だけが難を避けようと逃走する。

エディポには知るべくもないが、神託の予言は実現した。
そう。彼はこのライオス王の子だったのだ。

その昔、ライオスは預言者に「この子は、お前の愛する女の愛を奪うだろう。
お前を殺し、お前の持てるすべてを奪うであろう」と予言されちゃったもんだから、
家来にわが子(エディポ)を捨てろ、殺せ、と命じていたんだよね。

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テーベに到着したエディポは、
村の衆が(笑)続々と村を逃げてくる光景に出会う。
伝令の若者に聞くと、暗黒の国からきたスフィンクスが、
人々を恐怖と災いのどん底に突きおとしていると教えられ、
そのスフィンクスのところへ案内される。

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これまた予想を見事に覆したオラがスフィンクス。感動するよねえ💛 

スフィンクスが予言を垂れようとすると、
「うるさい!聞きたくねえ!」と、エディポは殺害する。

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一瞬にしてテーベの民の救世主となったエディポは、
ライオス王の后イオカステの元へと案内される。

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スフィンクスを退治した者は后を妻とし、
テーベの王になれるという布告が出ていたのだ。

美しき后を演じているのはむろん、冒頭の現代で
軍人の妻を演じていたシルヴァーナ・マンガーノ 。
ルキノ・ヴィスコンティの常連だよね(^^♪ 
ああ、美しきことは良いことかな💛(笑)

エディポは予言通り、
自分の産みの母=イオカステの夫となり、テーベの王となった!

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それから間もなくテーベに無残な疫病が流行しはじめた。

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テーベの村の衆は字幕通り(笑)、
われらが救世主・エディポ(=ソフォクレス)に疫病を何とかしてくれ
と訴え出た。

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エディポは心から歎ずる。疫病が入り込んだ原因は何か、
もしかしてトランプとかいうバカ男のせいではないかと思うのだが(爆)、
クレオン(先王イオカステの弟)をアポロンの神殿へ行かせたので
もう少し待ってくれ、と。

この村くらい小さな国だと、治世も村人たちと密着してていいよねえ💛 
全国家、このくらいに戻せ! と私は言いたい(^^♪

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クレオンが帰国する。
エディポは言う、「お告げを聞かせてくれ」と。
あ、書かなくても字幕出てるわ。
「GYAO!」の無料動画を録画したやつだもんな(笑)

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弟クレオンは言う。「神託によれば、これは天の怒りで、
その怒りをとくためには、ライオス王の殺害者をのぞかなければならぬ
ということだった」と。

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映画ではもうちょっと後のことだけど、
村人たちが疫病に倒れた人々を火葬するシーン。
なんだかもうイチイチ映像が素晴らしいんだよねえ

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エディポはただちに犯人を探すべく、
盲目の予言者・ティレシアスを召して詰問する。
と、その口から、「犯人はあなた自身である」
「あなたはテーバイで生まれたのだ」と予想だにしなかったことを
告げられる。

この盲目の予言者は、古代日本の巫女をすぐに連想させるよね。
恐山のイタコとか。

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エディポの中に、自分がアポロンの神殿で受けた予言が蘇り、
后イオカステに先王・ライオスとのことを聞く。
イオカステは、生まれた子をライオス王が予言に怯えて捨てたこと、
ライオス王が殺害されたときの様子などを、聞かれるままに語る。
湧いてくる不安と闘いながら。

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エディポは寝室で恐怖のあまり「ぎゃあ~!」と悲鳴を上げる。
「私の父はコリントス王のポリュボスだ!母はメロペだ!」と、
目いっぱい今時の若者のように(^^♪

ここ、いいよお、父親殺害のシーンの「ぎゃあ~!」のとき同様に💛

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エディポは后・イオカステにライオス王の死を知らせたという
羊飼いに会いに向かう。イオカステの話が真実かどうか知るために。

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その羊飼いは、幼いエディポを山中に捨てた男でもあり、
エディポはそこで自分のすべてを知る。

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予想だにしなかった事実に、イオカステは首を吊る。

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そうしてエディポは、「もはや何も見たくない、知りたくない」と
自らの手で両眼をえぐり、あの伝令の若者とあてのない放浪の旅に出た…。

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再び現代…。

盲目の一人の若者が、笛を吹き、「アンジェロ!」と呼んだ。

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近くで遊んでいた若者アンジェロは、笛を吹く若者に肩を貸し、
一緒に街をさまよい歩いた。古代のあのエディポと伝令の若者のように。
実際、二人の顔は、あの古代の若者二人にそっくりであった。

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エディポを思わせる盲目の若者は呟いた。
「人生は始まった所で終わるのだ」と…。

この言葉、いま観るとどことなく故・吉本隆明の言葉を思い出させるなあ。
吉本さん、こう言ってたんだよね。
「こう言うと宿命論みたいで嫌なんだけど、
その人間の核は母体の中ですでに決定されてしまうんじゃないか」って。

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映画は、空に伸びる木々と、大地に生えた草を映し出して終わる。
この草は若者が先に言った「人生の始まり」を表しているのかな?

いずれにしろこの作品は、
フロイトが言ってる「父親殺し」なんてすでにとうの昔の「エディプス王」に
書かれている事なんだよ。男はみんな父親を殺して母親と愛し合いたいんだよ。
男の選ぶ女がどこかで母親に似てるのは、あるいは母親と正反対なのは、
母親が基準になってるからなんだよ。

でもエディプス王みたいなことやってたら、いずれ人類は滅亡する。
だから近親相姦をタブーにしたんだ。
でもタブーになればなるほど、無意識に父親殺しをやりたくなってしまうんだよな、
この青年みたいに。

ま、俺が同性愛者になっちゃったのも、そこらへんの問題だよな。
え? ラストの笛を吹く青年と肩を貸しながら一緒にさまよってる青年の姿は、
じゃあもしかして俺の姿じゃないのかって? 
それについては想像に任せるよ。

……、てな事でこの映画を造ったのかも知れないね、
私の大好きなパゾリーニは(笑)💛

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しかし物語の面白さもさることながら、とにかく映像美術に痺れるなあ。
ある意味、単純明快なカメラワークなんだけど、
対象をちょっと突き放すかのような距離の取り方がもの凄くいいんだよね。

そのあたりは溝口健二より遥かに木下恵介に近くて、
そう言ってよければ同性愛者独特の資質がよく表れている
と言っていいのかも…。

もうひとつ。初めに言ったように、強烈に「能舞台」を感じる。
音楽の使い方も相まって。
特に前半、放浪のシーンが多いんだけど、こういうシーン観てると
「あ、橋掛かり使ってる!」って感じ(^^♪ 
で、定住シーンになったりすると、そこは本舞台って感じ? 
参った!💛

ほら、みんな、そんなとこで風呂入ってないで「GYAO!」に走らんと! 
走らせるために急いでUPしたんだから!(笑)


《お知らせ》
驚いた。画像の容量を見たら、いつのまにか1Gほど容量が増えていたのだ!
理由はわからない。ビッグローブ側が無料HPの容量を増やしたのか?
あるいはもしかしてこれまで私が書いてUPした時の画像が消えたのか、
消されたのか? だとするとちょっと悲しいが…。
いずれにしろ、という訳で時々また映画をUPすることにしました。
フェイスブックに書いたものをこっちにコピーする、というやり方になるが。
ご了解の上、今後ともどうぞよろしくお願いします💛

あ、コメントも書き込めるように解除しましたが、
異様なものはドンドン削除します。
このトシになって気持ち悪いのはもうウンザリなので(^^♪



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