テーマ:若松孝二

キャタピラー_2 (2010) 日本

[1168]若松孝二が若松映画を捨ててまで撮り急いだ理由は何か 1970年代の初め頃だったと思うが、 私の敬愛する作家・古井由吉は言った。 素人でもいかにも小説らしい小説を書く時代になったので、 作家の私はいかに小説らしくないもの(非小説)を書くかに 奮闘努力をしなければならなくなった、と(^^♪ わ…
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キャタピラー_1 (2010) 日本

[1168]若松孝二が若松映画を捨ててまで撮り急いだ理由は何か 若松孝二は 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」の後、 この「キャタピラー」を初め四本の映画を遺して逝った。 残されたその四本の映画について書いたものかどうか 私は迷っていた。 すでに若松映画とは言い難い映画だったからだ。 いつだった…
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復讐鬼 (1969) 日本

[1066]村の男たちに輪姦された妹の悲鳴は刃と化して兄の体に突き刺さった 3月17日、若松孝二監督の3回忌。 ポレポレ東中野で監督の特集をやっていて、 足立正生、篠原勝之、四方田犬彦、 所縁の3人がトークショーもやるというので久しぶりに東中野へ。 東中野は私には思い出の場所。 詳細な記憶はもう不鮮明…
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現代好色伝 テロルの季節 (1969) 日本

[854]テロリスト彦弥が美しいのは自分をただ「ブツ」として差し出しているからだ ★★★★★☆ 全共闘運動がピークに達した1969年、 若松孝二監督はなんと6本もの映画を撮っている。 このエネルギーは、 当時の学生運動の総エネルギーにゆうに匹敵する と言っていいかもしれない。(笑) 舞台は、1969年の…
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ゆけゆけ二度目の処女 (1969) 日本

[853]1960年後半の日本の「風景」をマンション屋上に映しこんだ私の若松映画 ★★★★★★ 追悼の意を込めて 若松孝二監督の作品を何本か観た。 私が持っているのは、ずいぶん以前、 VHSビデオを自分でDVDに落としたものなので画質がよくない。 が、いつもそのDVDを観ているので愛着がある。 東京の副都心…
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追悼 若松孝二監督

新宿でタクシーにはねられた 若松孝二監督が17日夜、亡くなったそうです。 最初のニュースでは意識もあり、 大丈夫そうだったので、 すこしホッとしていたのですが…。 大好きな監督だったのでほんとうに残念です。 心からお悔やみ申し上げます。 若松さん、 いつも勇気を …
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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 (2007)

若松孝二が内部から描いてみせた連合赤軍のあさま山荘へと至った道 (2008/04/20にUPした記事に加筆、修正したもの) ドキュメントを撮るようにして撮られたこの映画を、 私はとてもじゃないが客観的に観ることはできない。 「大学紛争の中での遠山美枝子(坂井真紀)と 重信房子(伴杏里)の出会い」 …
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17歳の風景 (2005)

[023] 少年は何を見たのか……。 佑くんが中学生のころ。 おやじの柄本明が、 「あまり成績いくないし、勉強もしないし、 大変だぞ、おまえ、将来どうするつもりなんだ?」 と聞いたら、佑くん、 「いいもん、おれには映画があるもん」 とボソッと答えたらしい。 これ、柄本に直接聞かされた話。 柄…
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若松孝二__監督

■若松孝二 わかまつ こうじ 1936年4月1日 - 2012年10月17日 76歳没 日本の映画監督、映画プロデューサー、脚本家。 宮城県出身。本名は伊藤孝(いとう たかし)。 宮城県遠田郡涌谷町出身。 農業高校二年時中退、家出し上京。 職人見習いや新聞配達、ヤクザの下働きなどを経験。 1957年、チンピラ同…
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