テーマ:新藤兼人

愛妻物語 (1951) 日本

[1193]新藤兼人、乙羽信子、殿山泰司の生涯を決定した新藤兼人の監督デビュー作(^^♪ 1950年(昭和25年)、新藤兼人は松竹を退社し、 吉村公三郎、殿山泰司らと独立プロダクションの先駈けとなる 近代映画協会を設立。 で、良く知られているようにこの「愛妻物語」を書き、 初めて自らメガホンを手にしたのである。…
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雲がちぎれる時_3 (1961) 日本

[1180]戦争の傷跡と戦中の「美しかった時間」を抱えた市枝と三崎の行く先は 病院のベッドで加江子が目を覚ます。 付き添う窪津が目に入り三崎の事を尋ねる。 「大丈夫だ」と窪津は嘘を突く。 「私たち結婚するんです」 と加江子は微笑んで報告する。 1ケ月後、窪津の運転するバスに乗り、 伊豆田峠の新道…
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雲がちぎれる時_2 (1961) 日本

[1180]戦争の傷跡と戦中の「美しかった時間」を抱えた市枝と三崎の行く先は うわっ、来た❢ 止めろ、馬鹿、危ねえじゃないか❢ うわっ❢ 殺す気か❢ 誰か警官呼べ、警官を❢ うわっうわっうわっ❢ そうな…
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雲がちぎれる時_1 (1961) 日本

[1180]戦争の傷跡と戦中の「美しかった時間」を抱えた市枝と三崎の行く先は YouTube名作の旅(^^♪ 何だか凄い映画を観てしまった。 新藤兼人監督、五所平之助監督の 「雲がちぎれる時」(1961年)という映画だ。 原作は田宮虎彦の小説 「赤い椿の花」。 出演は我らが佐田啓二、有馬稲子、倍賞千恵子、…
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原爆の子_3 (1952) 日本

[1171]この原爆映画の美しさ、哀しさは何処から来るのか 孝子はもう一度頼む、 太郎を私に島で育てさせて欲しい、と。 岩吉はどうぞそれだけはご勘弁をとまた断った。 孝子は岩吉の気持ちも良く理解できたので、 ではそのうち気が向いたら手紙をください、 いつでも迎えに来ますと言い、岩吉に別れを告げる。 …
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原爆の子_2 (1952) 日本

[1171]この原爆映画の美しさ、哀しさは何処から来るのか この映画を初めて観たのは小学生の頃だった。 巡回映画だったか、自宅庭での青空映画館だったか、 あるいは街の映画館だったのかもう記憶にない。 憶えているのは、この回想シーンを観た時、 何が何だかよく分からず、頭が真っ白になったまま ただボーッと観て…
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原爆の子_1 (1952) 日本

[1171]この原爆映画の美しさ、哀しさは何処から来るのか 原爆投下から7年後の1957年に作られた、 近代映画協会と劇団民芸の共同製作作品。 1952年4月28日に占領が終わり、GHQの検閲がなくなる。 結果、初めて正面から被爆の実態を描く作品となった。 新藤兼人は同じ頃に撮影されていた映画「ひろ…
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絞殺 (1979) 日本

[1102]開成高校生殺害事件を下敷きに 核家族の崩壊を描いた新藤兼人の記憶すべき作品 「犯罪フィールドノート」と称して 実際に起きた事件を下敷きに作品を書き始めてから すでに40年近くの時間が流れた。 ちなみに書き始めは、友人の流山児祥がやっていた演劇団に書いた 「犬の町」という作品だ。 警官が女子大…
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墨東綺譚_3 (1992) 日本

[1093]荷風文学を見事に映像化した新藤兼人監督にただ感謝あるのみ(^^♪ 永井はひとり偏奇館に暮らし、日記を書き続けた。 「昭和20年(1945年)1月18日、晴れ、無事。 木炭の配給なきため近隣いずくも取り壊し家屋の古板を 広い来たりて飯を炊き終えり」 そうして心で呟いた。「お雪、如何せしや」 …
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墨東綺譚_2 (1992) 日本

[1093]荷風文学を見事に映像化した新藤兼人監督にただ感謝あるのみ(^^♪ 日中戦争が始まった昭和12年(1937)7月のある夜、 永井はいつものようにお雪を訪れた。 お雪は歯痛で寝ていたが、永井が来ると留守番をさせ 歯医者へ行った。 そこへまさが血相を変えて飛び込んできて言った。 息子が出…
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墨東綺譚_1 (1992) 日本

[1093]荷風文学を見事に映像化した新藤兼人監督にただ感謝あるのみ(^^♪ 文学作品を原本にした映画は観るとたいていがっかりするが、 時に新たな感動で涙が溢れてくる作品がある。 永井荷風の作品をもとに新藤兼人監督が撮ったこの作品も 数少ないその1本だ(^^♪ 荷風は大正9年(1920)より麻布の「偏奇…
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心 (1973) ATG

[851]新藤兼人にこんな愚作を撮らせてしまった1973年という時代と若者 ★☆☆☆☆☆ 12月公演「こゝろ」に向けて稽古をやっている。 もちろん漱石の「こゝろ」の舞台化である。 中学生の頃からずっと漱石を読みつづけている。 主題もむろんのことだが、 漱石の文章が好きで好きでしょうがないのである。 これほど…
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裸の島 (1960)

[481]裸の島とは人間に与えられた「すべて」の喩だ…? 新藤兼人監督の最高傑作。 まちがいなく邦画史上に輝く名作…。 主演は、大好きな乙羽信子と殿山泰司。 コンビを組むともう痺れっぱなしになります…(笑)。 はじめて観たのは学生のころ…? もしかしたら封切時(高校生のころ)に観てるかもしれない。 …
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新藤兼人__監督

■新藤 兼人 しんどう かねと 1912年(明治45年)4月22日 - 2012年(平成24年)5月29日 日本の映画監督、脚本家。本名は新藤 兼登(読み方同じ)。 日本のインディペンデント映画の先駆者である。近代映画協会会長。 映画界に入るまで 1912年(明治45年)、広島県佐伯郡石内村(現・広島…
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